おっさんの昔話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
おっさんってすぐ昔の話始めるじゃん?同じ話を何回も。
本文
# おっさんの昔話
## 第一章 うんざりする日常
「昔な、俺が新人の頃は…」
また始まった。田中課長の昔話タイムだ。俺は心の中で深いため息をついた。コーヒーを飲みながら、表情だけは真剣に聞いているフリを装う。これも社会人としてのスキルの一つだと、自分に言い聞かせた。
「お客さんに怒鳴られてもな、『申し訳ございません』って頭下げ続けたもんだ。今の若い子にはその根性がないんだよ」
はいはい、根性論ね。俺は内心で呟く。効率化やデジタル化で昔より楽になった部分もあるし、逆に複雑になった部分もある。時代が違うんだから、単純に比較できるもんじゃないだろう。
「佐藤君、聞いてるか?」
「はい、もちろんです」
嘘だ。完全に聞き流している。
田中課長は満足そうに頷いて、また同じ話を続ける。この話、確か先月も聞いた。そして先々月も。記憶力が心配になるレベルだ。
昼休みになると、同期の山田が近づいてきた。
「また田中課長の昔話?」
「そう。もう何回目だろうな、あの営業の話」
「俺も昨日聞かされたよ。しかも途中で説教モードに入って、『最近の若者は』って始まったから、適当に相槌打って逃げてきた」
俺たちは苦笑いを浮かべる。オフィスを見回すと、他の若手社員たちも似たような表情をしている。みんな同じ思いなのだろう。
## 第二章 同じことの繰り返し
翌週の月曜日、案の定また始まった。
「昔な、俺が若い頃は残業代なんて出なくてもな…」
今度は労働環境の話だ。俺は机の上の資料を整理しながら、片耳で聞き流す。手は動かしているが、頭の中では今日の作業スケジュールを組み立てていた。
「佐藤君、君もそう思うだろう?」
突然話を振られて、慌てて顔を上げる。
「え、はい。そうですね」
何に同意したのかもわからないまま、適当に返事をする。田中課長は嬉しそうに頷いて、また話を続けた。
その日の夕方、エレベーターで一緒になった総務の鈴木さんが小声で話しかけてきた。
「田中課長の昔話、大変ね」
「あー、鈴木さんも聞かされてるんですね」
「もう10年以上同じ話よ。最初の頃は真面目に聞いてたけど、さすがにね…」
鈴木さんは苦笑いを浮かべる。10年以上って、俺が入社する前からずっとか。
「でも、あの人なりに後輩を思って話してるのよ。不器用だけど」
エレベーターが到着し、鈴木さんは降りて行った。その言葉が妙に心に残った。
## 第三章 ある日の気づき
金曜日の夜、会社の飲み会があった。いつものように田中課長は酒が入ると昔話が止まらない。
「俺が入社した頃はな、パソコンなんてなくて、全部手書きだったんだ。計算機も…」
みんな表面上は聞いているが、明らかに飽きている。若手は適当に相槌を打ち、ベテラン社員は慣れた様子で別の話題を振ろうとしている。
ふと、田中課長の表情を見た時、何かに気づいた。話している時の彼の目は、確かに輝いている。まるで時間を遡って、あの頃の自分に戻っているような…。
「あの頃は大変だったけど、やりがいがあったんだよ。みんなで一丸となって、無理だと思われた案件を成功させた時は…」
声に熱がこもっている。これは単なる自慢話じゃない。彼にとって大切な記憶なんだ。青春の一ページ、人生の宝物のような…。
そう思った瞬間、田中課長の見え方が少し変わった。
## 第四章 理解の始まり
翌週、また昔話が始まった時、俺は少し違う気持ちで聞いていた。
「昔な、俺が佐藤君ぐらいの年の時は…」
田中課長は52歳。俺は26歳。26年の差がある。彼が俺の年だった時、世の中はどんな感じだったんだろう。インターネットもスマホもない時代。今とは全く違う環境で、必死に働いていた若い田中課長がいたんだ。
「失敗して落ち込んだ時も、先輩に励まされて立ち直ったもんだ。その先輩の言葉が今でも忘れられなくてな…」
あ、これは初めて聞く話だ。今まで武勇伝ばかりだと思っていたが、失敗談や人に支えられた話もあるんだな。
「佐藤君も、今はわからないかもしれないけど、いつか俺の気持ちがわかる時が来るよ」
その時、俺は少しドキッとした。もしかして、彼は俺が聞き流していることに気づいているのかもしれない。それでも話し続けているのは…。
## 第五章 過去と未来の間で
ある雨の日、田中課長と二人で外回りをすることになった。電車の中で、いつものように昔話が始まった。
「昔な、俺がお前ぐらいの時は、雨の日も歩いて営業回りしたもんだ。傘なんてさしてる余裕もなくて…」
今日は逃げ場がない。でも、不思議と以前ほどイライラしなかった。むしろ、なぜこの人はこんなに過去の話をするんだろうという疑問が湧いてきた。
「課長は、なんで昔の話をよくされるんですか?」
思い切って聞いてみた。田中課長は少し驚いたような顔をした後、苦笑いを浮かべた。
「そうだな…年取ると、どうしても昔のことを思い出すんだよ。特に、輝いていた時のことを」
「輝いていた時…ですか?」
「そう。今思えば大変だったけど、希望に満ちていた。毎日が新鮮で、何でもできるような気がしていた。今の俺には、あの頃のような勢いはないからな」
田中課長の横顔を見た。普段は威勢の良い彼が、少し寂しそうに見えた。
「昔話をすると、少しだけあの頃に戻れるような気がするんだ。アンチエイジングってやつかな」
彼なりのユーモアだった。俺は初めて、田中課長の昔話を心から聞いた。
## 第六章 命の火
その夜、家に帰って考えた。田中課長にとって昔話は、単なる自慢や説教じゃない。彼の人生の証明であり、生きてきた証拠なんだ。
俺たちが「また始まった」と思って聞き流している話は、彼にとっては大切な記憶のかけら。それを誰かに話すことで、過去の自分と繋がっている。
昔話を奪うということは、彼の命の火を消すようなものかもしれない。
翌日、田中課長がまた昔話を始めた時、俺は少し違った態度で聞いた。完全に集中して聞くわけじゃないが、以前のような露骨な無視はやめた。
「そうですね」「大変でしたね」「すごいですね」
相槌も、少しだけ心を込めて打つようにした。田中課長は嬉しそうだった。
## 第七章 寛容な気持ち
それから数週間、俺の中で何かが変わった。田中課長の昔話に対する見方が変わったのだ。
相変わらず同じ話を何度も聞かされるし、途中で説教モードに入ることもある。でも、それらを完全に否定する気持ちはなくなった。
「俺はな、未来に生きてんだ」
心の中で呟く。これは本当だ。俺は今と未来に向かって生きている。過去を振り返って生きるつもりはない。
「昔話なんてきょーみねーし、説教なんてウザいだけ」
これも正直な気持ちだ。やっぱり興味はないし、説教もウザい。
「だから聞いてるフリして、聞き流してる」
結局、これは変わらない。でも、以前と違うのは、その行為に対する罪悪感が少なくなったことだ。
## 第八章 それぞれの生き方
ある日、新入社員の研修で講師をすることになった。若い顔が並ぶ会議室で、俺は自分の経験を話した。
「入社当時は、上司の話を聞くのが正直つらかった時もありました。でも、それぞれの人にはそれぞれの経験があって、その経験が今のその人を作っているんです」
新人たちは真剣に聞いている。俺も昔はあんな顔をしていたのかもしれない。
「皆さんも、いろんな人の話を聞く機会があると思います。全部を真に受ける必要はありませんが、その人なりの思いがあることは理解してほしいです」
研修後、一人の新人が質問に来た。
「先輩、上司の昔話って、どう対応すればいいですか?正直、退屈で…」
俺は笑った。やっぱりみんな同じことを思うんだな。
「聞き流していいよ。でも、完全に無視するんじゃなくて、その人が大切にしている時間があることは覚えておいて」
## 終章 昔話を奪うのは
今日も田中課長の昔話が始まった。
「昔な、俺が若い頃は…」
俺は微笑みながら聞き流している。以前のようなイライラはない。むしろ、彼が生き生きと話す姿を見ていると、少し微笑ましくさえ思える。
昔話を奪うのは、命の火を消すようなものだ。そう思うようになって、今では寛容な気持ちで聞き流している。
結局聞き流すのかよ!
心の中でツッコミを入れながら、俺は今日も田中課長の昔話に付き合う。
俺は未来に生きている。でも、過去に生きる人がいることも理解した。それぞれの生き方があって、それぞれの大切な時間がある。
完全に理解する必要はない。でも、否定する必要もない。適度な距離を保ちながら、お互いを尊重する。それが大人の付き合い方なのかもしれない。
田中課長の話はまだまだ続いている。俺は今日も、寛容な気持ちで聞き流す。それが俺なりの優しさだと思っている。
そして時々、彼の話の中に新しい発見があることも知っている。完全に聞き流しているわけじゃない。聞いているフリをしながら、実は少しだけ聞いている。
これが俺たちの関係性だ。完璧じゃないけれど、それなりにうまくいっている。
夕日が差し込むオフィスで、田中課長の昔話は今日も続いていく。
(終)
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