文化の日の嘘
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
文化の日なのでそれをテーマに作りました。 3連休でお時間があれば読んで貰えると嬉しいです。
本文
一 最初の嘘
佐藤優の携帯に、またも落選通知が届いたのは十月の半ばだった。
「令和七年度新人文学賞につきまして、厳正なる選考の結果、残念ながら今回は……」
画面を見つめたまま、優は深いため息をついた。五年間で応募した作品は二十三本。一次選考を通過したのは、たった一度きり。もう二十八歳になる。周りの友人たちは結婚したり、キャリアを積んだりしている。自分は派遣社員として日銭を稼ぎながら、誰にも読まれない小説を書き続けている。
「才能がないんだろうか」
独り言が、六畳一間のアパートに虚しく響いた。
その夜、大学時代の友人、健から飲みの誘いがあった。久しぶりに会った彼は、IT企業でプロジェクトマネージャーをしているという。
「優はまだ小説書いてんの?」
居酒屋のテーブルで、健は気軽に聞いてきた。
「まあ、一応」
「大変だな。でも今は便利な時代だぜ。AIが小説も書いてくれるんだから」
「それは知ってるけど」
「いや、マジで凄いんだって。うちの会社でも使ってるAIツール、試しに『純文学を書いて』って頼んだら、めちゃくちゃそれっぽいの出してきたぞ」
健は酔った勢いで、スマートフォンを取り出した。
「ほら、これ見てみろよ」
画面には、確かに文学作品のような文章が表示されていた。洗練された文体、計算された構成。優は息を呑んだ。
「これ、本当にAIが?」
「そう。パラメーター設定すれば、文豪風にも現代風にもできる。お前も使ってみたら? 別に恥ずかしいことじゃないだろ。みんなやってるよ」
帰り道、優の頭の中で健の言葉が反響していた。
翌日、優はパソコンの前に座り、話題のAIツールにアクセスした。無料トライアル期間がある。指が震えながら、プロンプトを入力する。
『文化の日をテーマにした、純文学的な短編小説を書いてください。人間の孤独と繋がりについて描いてください』
エンターキーを押すと、数秒後、画面に文字が流れ始めた。
三十分後、完成した作品を読み終えた優は、椅子に深く沈み込んだ。
完璧だった。
文体は滑らかで、構成は緻密。登場人物の心理描写も的確だった。自分が五年かけて磨いてきた技術が、一瞬で超えられた気がした。
「これなら……」
魔が差した。
文化の日記念文学新人賞の募集要項を開く。今年から新しく「人間部門」と「AI創作部門」に分かれている。AI使用が一般化したことを受けての措置だという。
優は、AI生成した作品を「人間部門」のフォームにコピーし、氏名、年齢、連絡先を入力する。
そして、送信ボタンの上で指が止まった。
「いや、これはダメだ……」
罪悪感が胸を締め付ける。しかし同時に、初めて「入賞するかもしれない」という期待も湧き上がっていた。今まで何度も何度も拒絶されてきた。一度くらい、評価されてもいいじゃないか。
結局、優は送信した。
しかし、すぐに後悔が襲ってきた。バレたらどうしよう。詐欺だと訴えられるかもしれない。
「保険をかけよう」
優は自分の机の引き出しから、半年前に書いた小説を取り出した。『記憶の欠片』というタイトルの作品だ。文化について、老いた陶芸家の物語を描いたものだった。何度も推敲を重ねたが、結局どこにも応募する勇気が持てなかった作品だ。
「これを……AI創作部門に出そう」
どうせAI部門は注目されない。本命は人間部門だ。もし自分の不正がバレても、「間違えて逆に応募してしまいました」と言い訳できる。
優は自分の作品を、AI創作部門に応募した。
開発者情報の欄には、適当な架空のAIプログラム名を入力した。
二つの応募を終えて、優は初めて、複雑な気持ちになった。
二 逆転の皮肉
十一月初旬、一通のメールが届いた。
『文化の日記念文学新人賞 二次選考通過のお知らせ 人間部門』
心臓が激しく鼓動した。やった。初めて二次選考を通過した。いや、違う。これはAIが通過したんだ。
その三日後、もう一通のメールが届いた。
『文化の日記念文学新人賞 二次選考通過のお知らせ AI創作部門』
優は画面を二度見した。
まさか。自分の作品まで通過するなんて。AI部門は応募数も少ないだろうし、レベルも低いだろうと思っていたのに。
「どういうことだ……」
混乱したまま、数日が過ぎた。
そして十一月中旬、信じられない通知が届いた。
『最終選考通過のお知らせ 人間部門大賞決定』
続いて、翌日。
『最終選考通過のお知らせ AI創作部門大賞決定』
優は部屋の中で立ち尽くした。
両部門で、大賞。
こんなことがあるだろうか。しかも、どちらも同じ人物が、逆の部門に応募した作品で。
事務局からの電話がかかってきた。
「佐藤様、おめでとうございます。授賞式は文化の日、十一月三日に開催されます。AI創作部門が出来た年に人間部門とAI創作部門の両方で大賞を受賞されたのは素晴らしいです。ぜひご出席ください」
「あ、はい……ありがとうございます」
優は震える声で答えた。
授賞式まで、あと二週間。
審査員のコメントが公式サイトに掲載された。
人間部門大賞作品『文化の忘却』について。
「完璧な構成と洗練された文体。新時代の才能を感じさせる。文化が失われていく現代への鋭い洞察が、静謐な筆致で描かれている。今後の活躍が期待される逸材だ」
AI創作部門大賞作品『記憶の欠片』について。
「技術的には粗削りな部分もあるが、人間のような感情の揺らぎが見事に表現されている。不完全さの中に、むしろ真実味がある。AIがここまで『人間らしく』書けることに驚愕した。開発者の調整が素晴らしい」
優は画面を見つめたまま、動けなくなった。
審査員たちは、完全に逆の評価をしている。AIが生成した完璧な作品を「人間の才能」と褒め、自分が魂を込めて書いた作品を「AIの技術」と評価している。
そして、どちらも「大賞に値する」と言っている。
もし正直に応募していたら。
もし『文化の忘却』を本当にAIが生成したものだと明かし、『記憶の欠片』を自分の作品として人間部門に出していたら。
両方とも、堂々と評価されていたかもしれない。
自分には才能があった。ただ、信じられなかっただけだ。
優は頭を抱えた。
言わなければ。今すぐ事務局に電話して、真実を告げなければ。
しかし、できなかった。
スキャンダルになる。文学界を欺いた詐欺師として、ネットで炎上するだろう。これまでの人生が終わる。
そして何より、この「初めての成功」を手放したくない自分がいた。
優は、沈黙を選んだ。
三 文化の日
十一月三日。文化の日。
東京の文化会館に、優はスーツを着て現れた。会場は大勢の関係者で賑わっている。
受付で名前を告げると、係員が驚いたように笑顔を見せた。
「佐藤様、両部門での受賞、本当におめでとうございます。会場でも話題になっていますよ」
「ありがとうございます……」
控え室に案内されると、他の受賞者たちがいた。人間部門の佳作受賞者、AI創作部門の優秀賞受賞者。みな緊張した面持ちだ。
年配の男性受賞者が、優に声をかけてきた。
「佐藤さんですね。両部門での受賞、素晴らしい。私は人間部門で佳作をいただいた高橋と申します。もう二十年も書き続けてきて、やっと……本当に嬉しいです」
その目には涙が浮かんでいた。
「おめでとうございます」
優は言葉を絞り出した。この人は二十年、正直に、自分の力だけで戦ってきたのだ。
式が始まった。
来賓の挨拶、審査員の講評。そして、受賞者の発表。
「AI創作部門大賞、『記憶の欠片』」
優は立ち上がり、壇上に向かった。拍手が会場を包む。しかし優の耳には、その音が遠く聞こえた。
賞状とトロフィーを受け取る。審査員長が握手を求めてきた。
「素晴らしいAI作品でした。使用AIの開発者の方は?」
「あ、えっと……本日は来られませんで」
「そうですか。でも、あなたがプロンプトや調整をされたのでしょう? 見事でした」
優は曖昧に頷いた。
続いて、人間部門の発表。
「人間部門大賞、『文化の忘却』、佐藤優氏」
再び壇上へ。今度はより大きな拍手。カメラのフラッシュが焚かれる。
賞状を受け取る手が震えた。この賞状に書かれた名前は、嘘の上に成り立っている。
「それでは、大賞受賞者よりスピーチをいただきます。佐藤優氏、お願いします」
マイクの前に立つ。数百人の視線が集中する。
何を言えばいい?
「えっと……この度は、このような名誉ある賞をいただき……」
喉が渇く。言葉が続かない。
「創作というのは……」
違う。これは創作じゃない。ボタン一つでAIが生成したものだ。
「……孤独な作業で……」
本当に孤独だったのは、『記憶の欠片』を書いていた時だ。誰にも評価されないと分かっていながら、それでも書き続けた日々。
客席の中に、若い女性の姿が見えた。プログラムを見ると、AI創作部門の優秀賞受賞者だ。名前は藤原理奈、十七歳とある。
その目は、憧れと尊敬に満ちていた。
優は言葉を失った。
「……皆様に、感謝いたします」
短く締めくくり、頭を下げた。
拍手の中、優は壇上を降りた。
式の後、レセプションパーティーが開かれた。
出版社の編集者たちが、次々と名刺を差し出してくる。
「次回作、ぜひ弊社で」
「連載のお話をさせていただけないでしょうか」
「文庫化の際には、ぜひ」
優は曖昧な返事を繰り返した。次回作? また嘘を重ねるのか? それとも自分で書いて、「才能が枯れた」と言われるのか?
人間部門の佳作受賞者、高橋氏が声をかけてきた。
「佐藤さん、本当におめでとうございます。私も読ませていただきましたが、『文化の忘却』、素晴らしかった。何年も書き続けてきた甲斐がありましたね」
「あ、はい……ありがとうございます」
何年も書き続けた? 三十分だったけど。
AI創作部門で『記憶の欠片』に投票した審査員の一人が、興味深そうに近づいてきた。
「佐藤さん、本当に感動しました。AIがここまで『人間らしく』書けるとは。技術的な粗さすら、味になっている。どんな学習データを使われたんですか?」
「それは……企業秘密ということで」
嘘をつくたびに、胸が痛んだ。
パーティーの最中、優はトイレに逃げ込んだ。鏡に映る自分の顔は、青ざめていた。
「何やってるんだ、俺は……」
会場に戻ろうとしたとき、廊下で若い女性とぶつかりそうになった。
「あっ、すみません」
見ると、AI創作部門優秀賞の藤原理奈だった。
「あの……佐藤さんですよね」
「はい」
「すごいです……AIでこんなに感情的な文章が書けるなんて。私、『記憶の欠片』読んで、泣いちゃいました」
優は言葉を失った。
「どうやってプロンプトを設計したんですか? 私もAIで小説を書いてみたいんですけど、全然うまくいかなくて」
「それは……」
「私、実は最初、人間部門に出そうか迷ったんです」
理奈は少し恥ずかしそうに言った。
「自分で書いた小説があったんですけど、自信がなくて。人間部門は本当に才能ある人たちばかりだから、私なんかじゃ無理だって。それで、AI部門なら気楽かなって思って。でも……」
彼女の目が輝いた。
「佐藤さんの大賞作品、『記憶の欠片』を読んで分かりました。私はまだまだです。AIを使いこなす技術も、センスも。もっと勉強して、いつか佐藤さんみたいに、すごいAI作品を作りたいです。そして……」
理奈は拳を握った。
「いつか人間部門でも勝負したいです。自分の力で」
優の胸に、鋭い痛みが走った。
「頑張ってください」
それだけ言うのが精一杯だった。
四 代償
タクシーで家に帰る途中、優は窓の外を見つめていた。
街はライトアップされ、文化の日を祝っている。家族連れが美術館から出てくる姿が見えた。
膝の上には、二つの賞状とトロフィーが入った袋がある。
重かった。
実際の重量ではなく、その意味が。
優は袋を見つめた。この中身は、本当に自分のものだろうか。
家に着き、部屋に入ると、優は袋を床に置いた。
そのまま、しばらく動けなかった。
翌日から、優の日常は変わった。
SNSでは「両部門受賞」のニュースが拡散され、称賛のコメントが溢れた。
「天才現る」
「AIと人間、両方を極めた作家」
「次回作が楽しみ」
しかし、優は何も書けなかった。
パソコンの前に座っても、一行も進まない。AIツールを開こうとして、やめる。本当に自分の力で書こうとして、手が止まる。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎた。
出版社からの連絡が増えていく。
「次回作の進捗はいかがでしょうか」
「書き下ろしのご依頼を」
「インタビューをさせていただけませんか」
すべて、曖昧な返事でかわした。
ある夜、優は『記憶の欠片』の審査員コメントを読み返していた。
「技術的には粗削りな部分もあるが、人間のような感情の揺らぎが見事に表現されている」
「不完全さの中に、むしろ真実味がある」
「心を打つ描写」
これらは、すべて自分が魂を込めて書いた文章への評価だった。
本当に評価されるべきだったのは、こちらだった。
もし正直に応募していたら、堂々と受賞できていた。
才能はあった。ただ、自分を信じられなかっただけだ。
そして今、嘘をついたことで、すべてを失った。
創作への情熱も、自分への信頼も。
三ヶ月が過ぎた。
出版社からの連絡は、徐々に催促じみてきた。
「契約の件ですが……」
「そろそろ具体的なお話を」
優は、ついに電話に出なくなった。
半年が経ったある日、優は偶然、書店の前を通りかかった。
ウィンドウディスプレイに、見覚えのある表紙が飾られていた。
『文化の忘却』
文庫化されていた。帯には「文化の日大賞受賞作」と金の文字。
店内に入ると、レジの近くに平積みされていた。
「これ面白いらしいよ」
高校生くらいの少女が、友達と話しながら手に取った。
「文化の日大賞でしょ? 読んでみようかな」
優は書店を飛び出した。
息が苦しい。
自分の名前で出版された本が、今この瞬間も売れている。読まれている。
すべてが嘘の上に成り立っている。
それから一年が経った。
再び文化の日が来た。
優は、文学新人賞の募集要項を見ていた。
今年も「人間部門」と「AI創作部門」がある。
応募フォームには、新しい項目が追加されていた。
「AI使用の有無を申告してください」
「誓約書:私は本作品をすべて自分の手で執筆し、AIによる生成を使用していないことを誓います」
優は、新しい原稿を書こうとしていた。
今度こそ、正直に。自分の力だけで。
しかし、パソコンの前で手が震えた。
一行書いては消し、また書いては消す。
何を書いても、「これはAIっぽい」「これは稚拙だ」という声が頭の中で響く。
一度失ったものは、取り戻せない。
自分への信頼。
その夜、スマートフォンに通知が入った。
SNSのダイレクトメッセージ。送り主は藤原理奈。
「佐藤さん、ご無沙汰しております。藤原理奈です。あの日以来、ずっと書き続けていました。そして、今年、人間部門で一次選考通過しました! 去年、佐藤さんの作品に励まされて、正直に自分の力で挑戦しようと決めたんです。まだまだ道のりは長いですが、頑張ります。本当にありがとうございました」
優は画面を見つめたまま、動けなくなった。
返信しようとして、何度も指が止まる。
何と言えばいい?
君が憧れた作品は、君自身が書いたものより劣っていた。
君が目指しているのは、嘘つきだ。
結局、返信はできなかった。
部屋には、真っ白な原稿用紙が積まれている。
一年前から、一枚も埋められていない。
壁には、額に入った賞状が飾られている。
人間部門大賞。AI創作部門大賞。
その隣に、小さな付箋が貼ってある。
「正直でいることの価値を、私は最も高い代償で学んだ。そして、それを知った今も、まだ支払い続けている」
優は椅子に座ったまま、窓の外を見た。
街では、また文化の日を祝う人々の姿がある。
美術館へ向かう家族。博物館の前で記念写真を撮るカップル。
文化は、正直さの上に成り立つ。
嘘で築いた文化は、砂上の楼閣だ。
優の手元には、白紙の原稿用紙だけが残されていた。
(完)
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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。また本作品は、AI使用の倫理を問う物語を、AIと協働して執筆しました。
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