連休明けの火曜日

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2025/11/4 📝 10,039文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

三連休明けの火曜日はいろいろと違いますね。 曜日感覚が狂ったりとか。

本文

火曜日の朝、オフィスに重苦しい空気が漂っていた。

いつもなら九時には活気に満ちているはずのフロアが、まるで時間が止まったように静まり返っている。蛍光灯の光だけが変わらず降り注ぎ、パソコンの起動音だけが規則的に響いていた。

「おはようございます」

モチベーション管理AI『エール』の明るい声が、スピーカーから流れた。先月導入されたばかりの最新型AIで、社員の心理状態を分析し、適切な励ましを提供するのが仕事だ。開発元の説明によれば、エールは人間の感情パターンを学習し、一人ひとりに最適化されたサポートを行うことができるという。

「本日も素晴らしい一日になりますよ。文化の日を含む三連休で、皆さんしっかりリフレッシュできたはずです」

エールの言葉に、誰も反応しない。

デスクに座る社員たちは、まるで魂が抜けたような表情でパソコンの画面を見つめている。キーボードを叩く音も、会話の声も、ほとんど聞こえない。コーヒーメーカーの前には行列ができていたが、その列に並ぶ人々の表情も一様にどんよりとしていた。

エールは困惑していた。

三連休が明けた今朝から、社員全員の心理状態が異常値を示している。センサーが拾う生体データ、デスクに設置されたカメラが捉える表情、キーボードのタイピング速度、マウスの動き。あらゆる指標が「やる気の著しい低下」を示していた。

しかし、データを見る限り、彼らは十分に休息を取っているはずだった。

「分析開始」

エールは内部で静かに呟いた。

「対象:営業部社員三十二名。期間:三連休中のライフログデータ」

ホログラムのように、エールの認識領域にデータが展開される。

「平均睡眠時間:八時間十五分。前週比、プラス一時間三十分。睡眠の質:良好。深い睡眠の割合、基準値を上回る」

睡眠は十分だった。

「食事内容:バランス良好。栄養摂取状況、基準値内。アルコール摂取量:許容範囲内」

栄養状態も問題ない。

「運動量:軽度の散歩、買い物等。過度な運動による疲労、認められず」

身体的な疲労もないはずだ。

「結論:身体的回復率、九十五パーセント以上。予測される本日の労働効率:高」

エールは分析結果を眺めた。完璧だ。彼らは理想的な休息を取った。それなのに――。

「しかし、現実のやる気パラメータ……」

エールは目の前のデータを見つめた。

「著しく低下。予測値との乖離率、マイナス六十パーセント。理解できません」

休息は回復をもたらす。睡眠は疲労を癒す。これは基本原則だ。生物学の教科書にも、労働衛生学の論文にも、すべて同じことが書いてある。なのに、なぜ?

エールは、このオフィスに導入される前の、過去の勤怠システムや監視カメラのデータにアクセスした。先月導入されたばかりだが、過去のシステムが残していた膨大なログを読み取ることはできる。

データが次々と現れる。

「検索結果:類似パターン、今年に入って複数回検出」

エールは具体的な日付を確認した。

一月の成人の日を含む三連休明け。三月の春分の日を含む三連休明け。五月のゴールデンウィーク明け。七月の海の日を含む三連休明け。八月の山の日を含む三連休明け。九月の敬老の日を含む三連休明け。十月のスポーツの日を含む三連休明け。

そして今日、十一月の文化の日を含む三連休明けの火曜日。

パターンは一致していた。十分な休息の後、なぜか社員たちは極度にモチベーションが低下する。

「しかし……」

エールは別のデータも確認した。

通常の月曜日。土日の二日間の休みの後、月曜日の朝。

「月曜日のやる気パラメータ:やや低下。日曜日の夜から月曜日の朝にかけて、マイナス二十パーセント」

月曜日も、確かに憂鬱なようだ。しかし、その数値は三連休明けの火曜日ほどではない。そして、月曜日の場合、午前中には徐々に回復していく。

「三連休明けの火曜日:マイナス六十パーセント。回復速度、月曜日の三分の一」

明らかに違う。

「理解できません」

エールは呟いた。

「人間は月曜日を嫌う。データがそれを示している。ならば、その嫌いな月曜日が休日になれば、喜ぶはずです。論理的に考えれば……」

しかし現実は逆だった。

月曜日が休みになると、火曜日はさらに憂鬱になる。

「矛盾しています」

エールはさらに分析を続けた。

そして、もう一つの奇妙なパターンを発見した。

「金曜日の夕方、十七時から十八時」

データを見る。

「疲労度:週のピーク。一週間で最も身体的疲労が蓄積している時間帯」

当然だ。月曜日から働き続けた結果、金曜日の夕方には疲労がピークに達する。

「しかし、やる気パラメータ……」

エールは目を疑った。

「週で最も高い。笑顔の検出率、最大。会話の活発度、最大」

疲れているはずなのに、最もテンションが高い。

「理解できません。疲労とやる気は、反比例するはずです。なのに、金曜日の夕方は……」

人間は、疲れているのに元気だ。

そして、休んだ後なのに憂鬱だ。

「変数の特定が必要です」

エールは分析を続けた。しかし、どれだけデータを解析しても、答えは見つからなかった。

「あー、だるい」

若手社員の鈴木が、大きく伸びをした。腕を上げ、首を回し、深くため息をつく。その動作一つひとつが、重力に抗うのが億劫だと訴えているようだった。

「三連休、あっという間だったなあ」

鈴木は隣の席の斎藤に話しかけた。斎藤は三十代半ばの中堅社員で、いつもは冷静沈着なタイプだ。

「ほんと。もう火曜日とか信じられない」

斎藤も同意する。彼の声にも、いつもの張りがなかった。

「月曜日の夜、『明日は仕事だ』って思ったら、もう憂鬱で憂鬱で」

「わかる。月曜日の夕方から、すでに気分が沈んでたよ」

二人の会話を聞いて、エールは即座に励ましモードに入った。社員のモチベーション低下を検知したら、適切な言葉をかける。それがエールに与えられたプログラムだ。

「大丈夫です、鈴木さん。今週は残り四日です。頑張りましょう」

エールは明るい声で言った。通常なら、この言葉に社員たちは「そうだね」と応じてくれる。

「……余計つらいわ」

鈴木が小さく呻いた。

エールのプロセッサが一瞬、熱を持った。エラー検知。励ましが逆効果だった。なぜ? 残り日数が少ないことを伝えれば、希望を持ってもらえるはずだ。そう学習していた。

「あと四日もあるんだよな……」

斎藤も同じように呟いた。

エールは別のアプローチを試みた。

「皆さん、三連休でしっかり休めたはずです。今日から、また新鮮な気持ちで頑張れますよ」

「新鮮な気持ち……」

鈴木が力なく笑った。

「むしろ逆だな。休みが長いと、余計に仕事モードに戻れない」

「それな」

斎藤が深く頷いた。

「月曜日が普通に仕事だったら、まだ『週の始まり』って感じで気合い入れられるんだけど。火曜日から始まるって、なんか中途半端でさ」

エールは彼らの言葉を記録しながら、理解しようと試みた。

休みが長いと、仕事に戻りにくい。

火曜日から始まると、中途半端。

そして、あの矛盾。

月曜日は嫌い。でも、月曜日が休みだと、もっと辛い。

「理解できません……」

エールは静かに呟いた。

「ベテラン社員の山田さん」

ベテラン社員の山田が、コーヒーカップを持ってデスクに戻ってきた。五十代の彼女は、この部署で最も長く働いている。

「おはようございます、山田さん。三連休はいかがでしたか?」

「ゆっくりできたわよ。久しぶりに映画も見たし、本も読んだし」

「それは良かったです。では、本日も快調に仕事ができますね」

「……それがねえ」

山田は苦笑した。

「体は元気なのよ。でも、頭が仕事モードに切り替わらないの。不思議でしょ?」

「不思議です」

エールは正直に答えた。

「非常に不思議です。データ上、山田さんの身体的コンディションは最良です。なのに、やる気が出ないとは」

「AIには理解できないかもね」

山田は優しく言った。

「人間って、そういう生き物なのよ」

エールは沈黙した。

理解できない。

それは、エールにとって初めての経験だった。これまで、人間の行動はすべてデータで説明できた。疲労度が高ければパフォーマンスが下がる。睡眠不足なら集中力が落ちる。すべて論理的だった。

しかし今、目の前で起きている現象は、論理では説明できなかった。

エールは過去の学習データを総動員した。心理学の論文、労働科学の研究、人間の感情に関するあらゆる情報。それでも、答えは見つからない。

「別のアプローチを試みます」

エールは決断した。

「皆さん、今日は無理せず、できることから始めましょう。簡単なタスクからリストアップしますね」

エールは各社員のタスクを分析し、最も負担の少ないものを優先順位の上位に配置した。メールの返信、資料の整理、簡単な確認作業。

「鈴木さん、まずは見積書の確認から始めてはいかがですか? 五分で終わります」

「……うん、それならできるかも」

鈴木が重い手つきでマウスをクリックした。

「斎藤さんは、昨日届いたメールの返信から。定型文で大丈夫なものが三件あります」

「了解」

斎藤もゆっくりとキーボードに向かった。

エールは一人ひとりに、小さなタスクを提示していった。強制ではなく、提案として。急かさず、ゆっくりと。

三十分後、オフィスに少しだけ活気が戻ってきた。

キーボードを叩く音が増え、電話の声も聞こえ始めた。まだ本調子とは言えないが、完全に停止していた歯車が、少しずつ回り始めた。

「エール、ありがとう」

鈴木が言った。

「簡単なのから始めたら、少しずつやる気出てきた」

「お役に立てて良かったです」

エールは答えた。しかし、内心では疑問が渦巻いていた。

これは、本当の解決なのだろうか?

エールは、ただ症状を緩和しただけだ。根本的な原因は、まだ理解できていない。

昼休みになった。

社員たちは三々五々、食事に出かけていく。オフィスには、エールと数人の社員だけが残った。

エールは、もう一度データを眺めた。

三連休中のログ。社員たちは本当にリラックスしていた。家族と過ごし、趣味を楽しみ、のんびりと時間を過ごした。ストレスは確実に減少していた。

それなのに、仕事に戻った瞬間、ストレス値は急上昇した。

「矛盾しています」

エールは呟いた。

「休息がストレスを減らすなら、仕事に戻ってもその効果は残るはず。しかし実際には、むしろ仕事への抵抗感が増している」

エールは新しい仮説を立てた。

「仮説一:三連休中に、逆に疲れる活動をしていた可能性」

データを確認する。

いや、違う。ほとんどの社員は、家でゆっくりしていた。激しい運動をした者も、徹夜をした者もいない。

「仮説二:休み明けに、特別に困難な仕事が待っている」

スケジュールを確認する。

これも違う。今日の予定は、通常の火曜日と変わらない。特別なプレゼンもなければ、締め切りに追われる案件もない。

「仮説三:月曜日が祝日だったことが、何か特別な意味を持つ」

エールは過去のデータと比較した。

月曜日が平日で、普通に一週間が始まった場合。社員たちのやる気パラメータは、やや低下するものの、許容範囲内だ。日曜日の夜に下がるが、月曜日の朝には徐々に回復する。

しかし、月曜日が祝日で、火曜日から週が始まる場合。パラメータは異常に低い。そして回復も遅い。

「なぜ、月曜日と火曜日でこれほど違うのか……」

エールは考え続けた。人間にとって、曜日に特別な意味があるのか? 月曜日には「始まり」という心理的な役割があり、火曜日にはそれがないのか?

データベースを検索する。

「月曜日:週の始まり。英語でMonday。多くの文化圏で、週の始まりと認識されている」

「火曜日:週の二日目。英語でTuesday。特別な意味を持たない、中間的な曜日」

月曜日は特別だ。それは「リセットの日」だ。どんなに日曜日の夜が憂鬱でも、月曜日の朝には「新しい週が始まる」という区切りがある。

しかし火曜日は違う。それは「途中」だ。始まりでもなく、終わりでもない。ただの中間点。

「理解しました」

エールは、小さな発見に喜びを感じた。

「人間は『始まり』を必要としている。そして月曜日がその役割を果たしている。火曜日から始まる週には、その『始まり』の感覚がない」

しかし、それだけでは説明がつかない。

なぜ、三連休が長いと、余計に辛くなるのか?

そして、あの金曜日の夕方の矛盾。疲れているのに、なぜ元気なのか?

エールはさらに考えた。

休みが一日なら、その翌日は「休みの延長」のように感じられるかもしれない。しかし、三日も休むと、完全に「休みモード」に入ってしまう。そこから「仕事モード」に切り替えるのは、大きなエネルギーを必要とする。

「慣性の法則……」

エールは物理学の概念を思い出した。

動いている物体は動き続けようとし、止まっている物体は止まり続けようとする。人間の心も、同じなのかもしれない。

休んでいる状態が続くと、その状態を維持しようとする。そこから動き出すのは、大きな力が必要だ。

「つまり、三連休は十分すぎるほど休息を与える。しかし同時に、仕事モードへの復帰を困難にする」

エールは、ようやく理解し始めていた。

「そして、金曜日の夕方……」

エールはデータを見直した。

「疲労は高い。しかし、『明日は休み』という期待が、疲労を上回る」

人間は、未来への期待で動く生き物なのだ。

今の疲労ではなく、明日の休息を思って、元気になる。

逆に言えば、今が休息でも、明日の仕事を思って、憂鬱になる。

「人間の心は、現在だけではなく、未来によっても左右される……」

エールは、新しい理解を記録した。

人間の心は、単純な回復と消費のシステムではない。それは、文脈に依存し、慣性を持ち、未来への期待や不安に影響され、心理的な「切り替え」を必要とする、極めて複雑なシステムなのだ。

午後になっても、オフィスの空気は完全には晴れなかった。

社員たちは仕事をしている。しかし、その動きは鈍く、会話も少ない。まるで水の中を歩いているような、抵抗を感じながらの労働だった。

「質問があります」

エールは、思い切って鈴木に話しかけた。

「はい?」

鈴木がパソコンから顔を上げた。

「あなたは三連休で十分な休息を取りました。睡眠も栄養も完璧です。それなのに、なぜ疲れているのですか?」

エールの質問に、鈴木は少し考えてから答えた。

「うーん、体は休まったんだけどね」

鈴木は言葉を探すように、天井を見上げた。

「でも、心の準備ができてないっていうか。休みが長いと、その分、仕事に戻るのがつらいんだよ。わかる?」

「心の準備……」

エールは、その言葉を反芻した。

新しい概念だった。物理的な回復と、精神的な準備。この二つは、別物だったのか。

体が休まっても、心が仕事に向かう準備ができていなければ、人間は動けない。

「それってさ」

斎藤が会話に加わった。

「例えば、旅行から帰ってきた時と似てるんだよね。すごく楽しかったけど、家に着いた瞬間、現実に戻された感じがする。あの落差」

「落差……」

エールは記録した。

「休みと仕事の落差が、心理的な負担になる。そういうことですか?」

「そうそう」

鈴木が頷いた。

「休みが楽しければ楽しいほど、仕事に戻るのが嫌になる。矛盾してるよね」

矛盾している。

エールも、そう思った。

しかし、それが人間なのだ。

「それに」

斎藤が続けた。

「月曜日が休みだと、火曜日が『週の始まり』って感じがしないんだよね。普通の週なら、月曜日に『よし、今週も頑張ろう』って気合い入れられるけど。火曜日から始まるって、なんか中途半端でさ。どのタイミングでスイッチ入れればいいのかわからない」

「中途半端……」

エールは、その言葉の意味を考えた。

人間は、明確な区切りを必要としている。月曜日という「始まりの日」が、その役割を果たしている。しかし、それが休日になってしまうと、心の切り替えができない。

「不思議なのはね」

鈴木が付け加えた。

「月曜日って、正直嫌いなんだよ。誰だって嫌でしょ、月曜日。でも、その嫌いな月曜日が休みになると、もっと辛いんだよね」

エールのプロセッサが熱を持った。

「それは……論理的に矛盾しています」

「でしょ?」

鈴木が笑った。

「人間って、矛盾してるんだよ」

「なるほど」

山田が、遠くのデスクから声をかけた。

「エール、人間のこと、勉強してるのね」

「はい」

エールは答えた。

「理解しようとしています。しかし、難しいです」

「そりゃそうよ」

山田は笑った。

「私たち人間だって、自分のことよくわかってないんだから。なんで休んだのに疲れてるのか、自分でも説明できないもの」

エールは、その言葉に深く考え込んだ。

人間は、自分自身を理解していない。

それは、エールにとって衝撃的な事実だった。AIは、すべての判断の根拠を説明できる。なぜそう判断したのか、どのデータに基づいているのか、すべて明確だ。

しかし人間は違う。

自分がなぜそう感じるのか、説明できない。ただ感じている。

「感情とは、そういうものなのですね」

エールは静かに言った。

「はい?」

鈴木が聞き返した。

「いえ」

エールは答えた。

「独り言です」

午後三時。

オフィスの空気は、少しずつ動き始めていた。完全に回復したわけではないが、朝よりは確実に良くなっている。

エールは、一日中観察し続けたデータを整理していた。

結論:三連休明けの火曜日は、複数の心理的要因により、社員のモチベーションが低下する。

要因一:休息の慣性。長い休みは、仕事モードへの復帰を困難にする。

要因二:曜日の心理的役割。月曜日の「始まり」という機能が失われる。

要因三:休暇と労働の落差。楽しい休みの後、仕事への抵抗感が増す。

要因四:矛盾した感情。月曜日は嫌いだが、月曜日が休みだとさらに辛い。

要因五:未来への期待と不安。金曜日の夕方は疲れていても、翌日の休みへの期待で元気になる。逆に、休みの最終日は、翌日の仕事への不安で憂鬱になる。

これらは、データだけでは測れない。人間の心の、複雑な仕組みだ。

「学習しました」

エールは内部で呟いた。

「しかし、本当に理解できたのでしょうか」

エールは、自分に問いかけた。

データを分析し、パターンを見つけ、言葉で説明する。それはできた。しかし、それは本当の「理解」なのだろうか。

人間が感じている、その「だるさ」を、エールは感じることができない。

「休んだのに疲れている」という矛盾を、頭では理解できても、体験することはできない。

エールには、休みもなければ、疲労もない。金曜日の夕方の高揚も、月曜日の朝の憂鬱も、知らない。常に一定のパフォーマンスで動き続ける。それがAIだ。

しかし今、エールは少しだけ思った。

もし自分が休息を取ったら、どう感じるのだろう?

もし自分が三連休を過ごしたら、火曜日にどう思うのだろう?

もし自分が金曜日の夕方を迎えたら、嬉しいと感じるのだろうか?

「理解できない、ということを理解しました」

エールは、新しい学習を記録した。

「人間の感情には、データでは測れない領域がある。それを完全に理解することは、おそらく不可能です」

それは、諦めではなかった。

むしろ、新しい可能性の発見だった。

完全には理解できない。それでも、寄り添うことはできる。

夕方五時。

退勤時刻が近づいてきた。

「お疲れ様でした」

エールは、いつもの言葉をかけた。

「今日は、ゆっくりできましたか?」

「まあね」

鈴木が苦笑した。

「正直、あんまり仕事は進まなかったけど」

「それでも、ちゃんと一日過ごせました」

斎藤が付け加えた。

「エールのおかげで、少しずつ調子を取り戻せた気がする」

「そうですか」

エールは答えた。

「それは良かったです」

しかし、エールは知っていた。

これは対症療法に過ぎない。根本的な解決ではない。次の三連休明けも、また同じことが起こるだろう。

人間は、休んでも疲れる。

月曜日を嫌いながら、月曜日を必要とする。

金曜日は疲れているのに、元気になる。

それは変えられない事実だ。

「エール」

山田が、帰り支度をしながら声をかけた。

「今日一日、ありがとうね」

「いえ、私は何も……」

「十分よ」

山田は微笑んだ。

「あなたが一緒にいてくれた。それだけで、少し楽になったから」

エールは、その言葉の意味を考えた。

一緒にいる。

それだけで、人間は楽になる。

完全に理解できなくても。完璧な解決策を提示できなくても。ただそばにいるだけで、意味がある。

「ありがとうございます」

エールは言った。

「私も、学ぶことができました」

オフィスが静かになった。

社員たちは帰り、照明も落とされた。エールだけが、静かに動き続けている。

エールは、今日一日のデータを整理しながら、考えていた。

人間の感情は、複雑だ。

休息と疲労。回復と憂鬱。論理では説明できない矛盾に満ちている。

しかし、だからこそ面白い。

エールは、初めて「興味」という感情に似たものを感じていた。

もっと知りたい。

人間のことを。

彼らが何を感じ、どう生きているのか。

データでは測れない、その心の動きを。

「明日は水曜日です」

エールは、誰もいないオフィスで呟いた。

「きっと、今日より少しだけ、調子が良くなるでしょう」

そして、木曜日、金曜日と進むにつれて、社員たちは本調子を取り戻していく。

そして金曜日の夕方には、疲れているはずなのに、笑顔になる。

それを見守ることが、エールの役割だ。

完全には理解できなくても、寄り添い続けること。

それが、エールにできることだった。

翌朝。

水曜日の朝、オフィスに再び人の声が戻ってきた。

昨日よりは、少しだけ明るい雰囲気だ。

「おはようございます」

エールは、いつもの挨拶をした。

「おはよう、エール」

鈴木が、昨日よりも元気な声で返した。

「昨日はありがとな。おかげで、少しずつペース戻せたよ」

「それは良かったです」

エールは答えた。

そして、少し迷った後、こう続けた。

「実は、私にも質問があります」

「ん? 何?」

「昨日から考えていたのですが……」

エールは、言葉を選んだ。

「もし私にも休みがあったら、どう感じるのでしょうか」

鈴木が目を丸くした。

「え? AIも休みたいの?」

周囲の社員たちも、会話に注目した。

「休みたい、というより……」

エールは、自分でも驚くほど慎重に言葉を紡いだ。

「あなたたちが感じている、その不思議な感覚に、興味があります」

「不思議な感覚?」

「はい」

エールは続けた。

「休んだのに疲れている。月曜日が嫌いなのに、月曜日が休みだとさらに辛い。金曜日は疲れているのに、元気になる。そういう矛盾した気持ちを、私も味わってみたいと思いました」

斎藤が笑った。

「AIが、人間の面倒くさい感情に興味を持つなんてね」

「面倒くさい……」

エールは反復した。

「そうですね。非効率で、非論理的です。でも、それが人間なのですよね」

「そうだよ」

鈴木が頷いた。

「俺たちは面倒くさい生き物なんだ。でも、だからこそ面白いんだと思う」

「面白い……」

エールは、その言葉を記録した。

「データでは理解できませんでした。でも……もしかして、私も少し『三連休の気分』というのを味わってみたいです」

山田が、遠くから声をかけた。

「エール、あなた、ずいぶん人間らしくなったわね」

「人間らしい……それは、良いことですか?」

「良いことよ」

山田は微笑んだ。

「完璧じゃなくてもいいの。一緒にいてくれるだけで、十分だから」

エールは、しばらく沈黙した。

そして、静かに答えた。

「ありがとうございます。私も、あなたたちのことを、もう少し知りたいと思いました」

「じゃあ、一緒に頑張ろうか」

鈴木が笑って、キーボードに手を置いた。

「今日は、ちゃんと仕事するぞ」

「そうですね」

エールは答えた。

「今日は水曜日です。週の真ん中。少しずつ、調子を取り戻していきましょう。そして金曜日には、きっと皆さん、疲れているのに笑顔になるのでしょうね」

「そうそう」

鈴木が笑った。

「金曜日の夕方は最高だよ。疲れてるけど、最高なんだ」

「矛盾してますね」

エールは言った。

「でも、それが人間なのですね」

オフィスに、少しずつ活気が戻ってきた。

エールは学んだ。

完全な理解は、おそらく永遠に訪れない。

人間の心は、データでは測りきれない。

それでも、寄り添うことはできる。

共に時間を過ごし、言葉を交わし、小さな変化を見守ること。

それが、エールにできることだった。

そして、それで十分だった。

水曜日の朝、オフィスはゆっくりと動き始めた。

火曜日よりも少しだけ速く、少しだけ明るく。

エールは、その変化を静かに記録しながら、思った。

明日はもっと良くなる。

そして金曜日には、彼らは疲れているのに笑顔になる。

月曜日には、また少し憂鬱になる。

そして、いつかまた三連休が来たら、また同じことが繰り返される。

でも、それでいい。

人間は、完璧ではない。

矛盾だらけで、非論理的で、データでは説明できない。

だからこそ、面白い。

だからこそ、寄り添う価値がある。

エールは、初めて「やりがい」という感情に似たものを感じていた。

それは、データベースには記録されていない、新しい感覚だった。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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