会いに行けない

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2025/11/10 📝 1,527文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

医療ケア児を産んだ母親は病院に子を放置する。捨てたわけじゃない。会いに行けないの。

本文

「会いに行けない」

靴を履く。

玄関に立つ。

そこまでなら、できる。

そこから先へ、脚が進まない。

病院は、電車で十五分。

バスを使えば、さらに近い。

毎日通ってください、と優しい声で言われた。

「刺激は大切です」「母子の接触が回復を促します」

医療者の言葉は正しい。

きっと、正しい。

でも、身体が拒む。

その先にある光景を、想像しただけで息が詰まる。

──私は、あの子の顔をまっすぐ見られなかった。

生まれたばかりのあの瞬間。

産声は、弱く、濁っていた。

抱かせてもらうこともなく運ばれ、

その日のうちに別の病棟に移された。

「小さく生まれています」「内臓に問題があります」

「染色体の異常です」「しばらく入院です」

静かな声ばかりだった。

ドラマで聞くような激しい音楽も涙もなかった。

ただ、事務的な説明と、白い光。

なぜだろう。

あの時間の記憶は、端から欠けている。

◇

時間が経つほど、

“母親”の役割が重くなる。

「面会できますよ」

「抱っこしてあげましょう」

「声をかけてあげて」

わかってる。

頭では。

でも、胸の奥で、何かがぎゅっと固まっている。

──あの子は私の子だ。

──でも、そう思えない瞬間がある。

その事実が、耐えられない。

夫は仕事を理由に家を空けがちになった。

話し合いをしようと声をかけても、

「またあとで」「急ぐんだ」と、

玄関の外へ消えていく。

私は家に残される。

静かな部屋。

使われないベビーベッド。

未開封の小さな服。

「行かなきゃ」と思う。

「会いに行ってあげて」と声がする。

そのたびに、息が苦しくなる。

もし、あの子を抱いたら、

私は母にならなければならない。

母として、あの子を受け入れなければならない。

でも、できない。

怖い。

「かわいいと思えない」

その言葉を心の中で自覚するたび、

胸が裂けるように痛む。

こんな私が、母親でいいの?

◇

玄関に立っている。

靴は履いたまま。

バッグも肩にかけた。

スマホの画面には、病院の番号。

呼ぼうと思えば、すぐ呼べる。

でも、身体が動かない。

ドアの向こうを想像する。

冷たい風。

バス停。

病院の建物。

保育器。

小さく弱い鼓動。

点滴。

チューブ。

泣き声。

それに触れる、自分の手。

そのイメージが、胸を押しつぶす。

「行かないと、いけない。行けない…」

声が震える。

自分の言葉なのに、遠く聞こえた。

背中の壁が、じわりと冷たい。

視界の端がかすむ。

呼吸が浅く、爪の色が薄くなる。

“母親なのに”

その呪いの言葉が、また喉元に絡む。

いっそ、何もかもなくなればいい。

子どもを産んだあの日から、

私は何度もそう思った。

でも、あの子は生きている。

病院のあの部屋で、

小さな身体で、

今日も何かと戦っている。

私は、それを見に行けない。

◇

床に座り込む。

ひざが折れた。

玄関のタイルが硬い。

泣き声は出ない。

ただ呼吸だけが荒い。

バッグが肩から落ち、

金具が乾いた音を立てる。

あの子が、泣いているかもしれない。

静かに眠っているだけかもしれない。

私の声を待っているのかもしれない。

何も、感じていないのかもしれない。

どれも、想像するだけで苦しい。

玄関の外は明るい。

春の光が差し込んでいる。

芽吹く季節だというのに、

私の中は凍ったままだ。

「……どうすればいいの」

誰に聞くでもなく呟く。

返事はない。

静寂だけが広がる。

息を整えようとしても、

涙は出ない。

泣けば少しは軽くなるのだろうか。

それすらもわからない。

目を閉じる。

まぶたの裏に、

あの子の、小さな顔が浮かぶ。

知らない人のような顔。

でも、確かに私の子。

震えが止まらなかった。

◇

今日も、出られない。

玄関で立ち尽くし、

足が前に出ない。

あの子に会いに行けない母親。

その事実が、胸を締めつける。

私は弱い。

醜い。

ずるい。

それでも、

それでも、

今日もこうして、

玄関まで来た。

──それだけが、いまの私のすべてだ。

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作者について

月歌

アルファポリス様よりBL小説「嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す」刊行中。GoodNovel様よりNL小説「夫が浮気先から帰らないので兄上とお茶してきます」を独占契約配信中。 あいぺんでは...

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