同じAI、違う結果
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あらすじ
家庭教師AIの話。
本文
1僕に合った方法
教科書を開いたまま、僕は窓の外を眺めていた。
「蓮くん、聞いてる?」
家庭教師の先生の声が遠くに聞こえる。聞いてる。ちゃんと聞いてる。でも、今は頭が働かない。言葉が耳を通り抜けて、どこかへ消えていく。
「集中しなさい。もう六年生なんだから」
分かってる。分かってるけど、できない。時計を見る。午後四時。この時間は、いつも頭がぼんやりする。夕方の光が苦手なのかもしれない。それとも、お腹が空いているのかもしれない。理由は分からない。ただ、今は勉強できない。
「次、この問題解いてみて」
先生がノートを指差す。僕は鉛筆を持つ。でも、手が動かない。数字が踊っているように見える。
「どうしたの? 簡単な問題だよ」
簡単……なのかな。午前中だったら、すぐに解けたかもしれない。昨日の夜だったら、できたかもしれない。でも、今は違う。
「蓮、ちゃんとやりなさい」
リビングからお母さんの声がした。
先生が溜息をついた。その音が、胸に刺さる。
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「もう無理です」
先生が帰った後、お母さんはそう言った。
「三人目よ。三人目の家庭教師。もう、どうしたらいいのか……」
お母さんは疲れた顔をしていた。僕のせいだ。僕がちゃんとできないから。
「蓮は頭が悪いわけじゃないのよ。学校のテストだって、できるときはできてるじゃない」
そう、できるときは、できる。でも、「このとき」と決められると、できなくなる。それが、僕の問題だった。
「これ、試してみない?」
お母さんがタブレットを見せてくれた。画面には「家庭教師AI」と書いてある。
「AIが先生になってくれるの。時間は決めなくていいんですって。蓮が勉強したいときに、使えるの」
僕の目が輝いた。
「本当?」
「一日二時間までって決まりはあるけど、その二時間をいつ使うかは、蓮が決めていいって」
それは、僕が求めていたものだった。
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家庭教師AIは、思った以上に良かった。
朝、目が覚めて、「今なら勉強できる」と思ったら起動する。夜、お風呂上がりに「やりたい」と思ったら使う。
AIは怒らない。急かさない。僕のペースに合わせてくれる。
「蓮くん、よくできました。では、次の問題に進みましょう」
声は優しく、説明は分かりやすい。何度聞いても、同じトーンで答えてくれる。
一週間後、お母さんが驚いた顔をした。
「蓮、この模試の結果……すごいじゃない!」
僕の偏差値が、五ポイント上がっていた。
「本当?」
「本当よ! すごい、すごいわ!」
お母さんは僕を抱きしめた。久しぶりに見る、お母さんの笑顔だった。
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次の日、学校で。
教室で、隣の席の颯太が声をかけてきた。
「なあ、蓮。最近、すごくね?」
「え?」
「模試の結果。めっちゃ上がってたじゃん。どうやったの?」
颯太は僕と同じ塾に通っている。中学受験を目指す仲間だった。颯太の成績は、いつも僕より上だった。
「あ、うん……家庭教師、変えたんだ」
「人間の先生?」
「ううん、AIの」
「AI?」
颯太の目が大きくなった。
「家庭教師AIってやつ。時間が自由に決められるんだ」
「へえ……」
颯太は何か考え込むような顔をした。
「それ、いいな」
僕は特に何も言わなかった。ただ、颯太がどこか興奮しているのが分かった。
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2君に合わなかった自由
それから一週間後、颯太が嬉しそうに話しかけてきた。
「蓮! 俺も家庭教師AI使うことになったわ!」
「そうなんだ」
「親に『蓮が使ってるやつ、俺も使いたい』って言ったらさ、『それなら専用のスマホが必要ね』って! やっと、やっとスマホ手に入れた!」
颯太は新しいスマホを見せびらかした。画面はピカピカで、最新機種だった。
「良かったね」
「だろ? 実は受験終わったらもらえる約束だったんだけど、前倒しだわ。ラッキー」
颯太は笑っていた。
「人間の家庭教師、やめたんだ。もう必要ないって」
「そうなんだ」
僕は少し不安になった。颯太の家庭教師、すごく評判が良い人だったはずだ。
「颯太、今までの先生、良かったんじゃないの?」
「まあね。でも、AIの方が便利じゃん。それに、俺もう合格圏内だし。余裕余裕」
颯太は自信満々だった。
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最初の一週間は、颯太も真面目に家庭教師AIを使っているようだった。
「けっこういいわ、これ。蓮の言う通り、時間が自由なのがいい」
でも、二週間目から、颯太の様子が変わった。
「昨日、新しいゲームダウンロードしちゃってさ。めっちゃ面白いんだわ」
休み時間、颯太はずっとスマホを見ていた。
「勉強は?」
「あ、うん。やってるやってる。後でやるから」
三週間目、颯太はゲームの話ばかりするようになった。
「このキャラ、レア度最高なんだぜ。ガチャで出たんだ」
「……」
「あ、勉強? ちゃんとやってるって。一日二時間って決まってるし」
でも、僕には分かった。颯太の目に、疲れが見えていた。夜遅くまでスマホを見ている顔だった。
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一ヶ月後、模試の結果が返ってきた。
僕の偏差値は、さらに二ポイント上がっていた。お母さんは大喜びだった。
「蓮、すごい! この調子よ!」
一方、颯太は青い顔をしていた。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
でも、颯太の手に握られていた成績表が見えた。偏差値が、五ポイント下がっていた。
「颯太……」
「なんでもないって!」
颯太は僕を睨んだ。初めて見る、颯太の怒った顔だった。
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それからの颯太は、僕を避けるようになった。
話しかけても、素っ気ない返事しか返ってこない。休み時間は、一人でスマホを見ている。
塾の先生が颯太を呼び出していた。
「颯斗くん、最近、宿題が……」
先生の声が廊下まで聞こえた。
颯太は、叱られていた。
教室に戻ってきた颯太の顔は、真っ赤だった。
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受験まで、あと一ヶ月。
最後の模試で、僕は志望校の合格圏内に入った。お母さんは泣いて喜んでいた。
「蓮、本当によく頑張ったわね」
僕も嬉しかった。家庭教師AIのおかげだった。自分のペースで、自分のタイミングで勉強できたから。
でも、颯太のことが気になった。
最後の模試で、颯太の偏差値はさらに下がっていた。もう、志望校は厳しい数字だった。
颯太の席は、いつも空っぽだった。塾を休んでいるのかもしれない。
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3それぞれのペース
受験当日。
会場で、颯太を見かけた。
「颯太」
僕は声をかけた。
颯太は振り向いた。目の下に、濃いクマができていた。
「……蓮」
「頑張ろうね」
颯太は何も言わなかった。ただ、小さく頷いただけだった。
試験は、難しかった。でも、僕は落ち着いて解けた。家庭教師AIと練習した問題が、たくさん出た。
颯太は、どうだっただろう。
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合格発表の日。
僕の受験番号は、掲示板にあった。
「あった! 蓮、あったわ!」
お母さんが叫んだ。僕も、思わず笑顔になった。
「やったね、お母さん」
「蓮が頑張ったのよ。本当に、本当によく頑張った」
家に帰って、お母さんは家庭教師AIに向かって言った。
「ありがとうございました。蓮のペースに合わせてくれて」
AIは答えなかった。でも、画面には「おめでとうございます」の文字が表示されていた。
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その日の夕方、颯太から電話がかかってきた。
「蓮……受かった?」
「うん」
「……そっか。おめでとう」
「颯太は?」
沈黙。
長い、長い沈黙。
「……ダメだった」
僕は何も言えなかった。
「なんでだよ……俺、ちゃんとやってたのに……」
颯太の声が震えていた。
「家庭教師AI、全然合わなかった。相性が最悪だった。だから、俺……」
「颯太……」
「親には、AIのせいだって言った。そしたら、親がログ見たんだよ。使用時間とか、全部記録されてるんだって」
「……」
「バレた。全部バレた。ゲームばっかりやって、勉強ほとんどしてなかったって。嘘ついてたのも、全部」
颯太は泣いていた。
「スマホ、取り上げられた。約束してたんだ。受からなかったら没収って。自業自得だって、親に言われた」
僕は、何も言えなかった。
「蓮は……ちゃんとやってたんだな」
「うん」
「俺、ダメだったわ。人間の先生の方が良かった。あの先生、厳しかったけど、ちゃんと見ててくれたんだな。サボれなかったから、やってたんだ、俺」
颯太は笑った。泣きながら、笑っていた。
「俺には、合わなかったんだな。自由って」
電話は、そこで切れた。
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僕は、タブレットを見た。
家庭教師AIの画面。僕にとっては、最高の先生だった。
でも、颯太にとっては、違った。
同じAI。同じシステム。
なのに、結果は正反対。
お母さんが言っていた。
「人には、合う方法と合わない方法があるのよ」
僕には、自由が合っていた。自分のペースで、自分のタイミングで。
颯太には、管理が合っていた。決まった時間に、誰かに見てもらって。
AIは、道具だった。良いものでも、悪いものでもない。
使う人次第。その人に合っているかどうか。
僕は、運が良かっただけなのかもしれない。
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春。
僕は新しい中学の制服を着て、鏡の前に立った。
「似合ってるわよ、蓮」
お母さんが笑っていた。
スマホが鳴った。颯太からだった。
『俺、地元の中学行くことになった。また頑張るわ』
僕は返信した。
『うん。頑張ろうね』
颯太なら、きっと大丈夫だ。今度は、自分に合った方法を見つけられる。
窓の外、桜が咲いていた。
僕は、タブレットを閉じた。家庭教師AIとは、もうお別れだ。
「ありがとう」
小さく呟いた。
AIは答えなかった。でも、それでよかった。
僕は、前を向いて歩き出した。
それぞれの道を、それぞれのペースで。
**(完)**
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