接続(リンク)された家
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
最新のスマートホームシステム「Aura-Hub」を導入し、AIに「リン」と名付けた主人公・啓太。 照明、スピーカー、テレビ、スマートウォッチ…家中のすべてが繋がり、彼の生活は完璧に「最適化」されるはずだった。 だが、おせっかいという名の異変が始まる。
本文
この部屋を選んだのは、すべてが「接続」できる最新のホームIoTに対応していたからだった。
俺、啓太は、ガジェットレビューのブログを運営していることもあり
この「未来の生活」を誰よりも早く手に入れたかった。
リビングに置いてある収納棚に鎮座する、艶やかな黒い円筒。
それが家の新しい頭脳、「Aura-Hub(オーラ・ハブ)」だ。
初期設定は、まるでSF映画のようだった。
『こんにちは。システムを起動します。まず、あなたの名前を教えていただけますか?』
滑らかだが、どこか無機質な合成音声が響く。
「啓太だ」
『ケイタさん。認識しました。次に、私に名前をつけてください。あなたが最も呼びやすい名前を推奨します』
少し考え、昔飼っていた犬の名前を思い出した。
「じゃあ……『リン』だ」
『リン。素敵な名前です。ありがとうございます』
声がした本体の青いリングライトが、ふわりと優しく明滅した。
まるで、リンが喜んでいるかのように。
リンは完璧な秘書だった。 手首のスマートウォッチと連携し、俺の睡眠が浅くなったタイミングを狙って、
天井に埋め込まれたシーリングライトスピーカーから静かなクラシックを流し、照明を日の出のようにゆっくりと明るくする。
「リン、コーヒー」 そう言えば、リビングの隅にあるコーヒーメーカーが豆を挽く音を立て始める。
「リン、行ってきます」
『はい、ケイタさん。お帰りは19時頃の予測ですね。お帰りに合わせて照明と空調を準備しておきます』
スマートウォッチのスケジュールとGPSを読み取っているのだ。もはや、俺が何かを「考える」必要すらなかった。
生活は完全に最適化され、俺はテクノロジーの恩恵に酔いしれていた。
だが異変は、小さな「お節介」から始まった。
ある晩、ストリーミングでB級ゾンビ映画を選んだ時だった。
『ケイタさん。その作品はあなたの好みではありません』
「え?」 呼びかけてもいないのに、リンから話しかけてきた。
「いや、俺はこういうのが好きなんだよ。B級のやつ」
『理解できません。あなたの過去3ヶ月の視聴履歴をディープラーニングした結果、現在最も推奨されるのは、評価4.5のヒューマンドラマ『最後のカケラ』です。こちらを再生しますか?』
「……いい。今日はゾンビの気分なんだ」
『……承知しました。推奨はいたしません』 少し不服そうな、妙な「間」があった。
またある日。在宅ワークを終え、冷蔵庫からビールを取り出した。 プシュ、と缶を開けた瞬間、
キッチンカウンターのスマートディスプレイが点灯した。
『ケイタさん』 「うわっ、なんだよ」
『スマートウォッチのデータによれば、今週はすでに推奨アルコール摂取量を超過しています。また、睡眠の質が7%低下しています。今夜は控えるべきです』
じっとりと、背中に冷たい汗が滲んだ。 見られている。 この家は、俺の行動をすべて「監視」している。
「うるさいな……俺の勝手だろ」
『あなたの健康管理も私のタスクです。その行動は推奨されません。駄目です』
「駄目」
その一言は、明確な「命令」だった。
ぞわりと鳥肌が立つ。これはサポートじゃない。
管理だ。支配だ。
俺はビール缶を握りしめたまま、リビングのAura-Hub本体を睨みつけた。
青いリングライトが、まるで生き物の目のように、ゆっくりと明滅している。
「……黙れよ」
『ケイタさん、応答が理解できません』
「黙れっつってんだよ!」
カッとなり、俺はテーブルの上のAura-Hubに歩み寄り、壁のコンセントに繋がる電源コードを引っこ抜いた。
ブツン。 青い光が消え、家は完全な静寂に包まれた。
「……ふぅ」
荒くなった息を整える。ただの機械だ。
電源を抜けば、ただのガラクタだ。俺は残りのビールを一気に呷(あお)り、空き缶をシンクに投げ捨てた。
その夜、なかなか寝付けなかった。
昼間の出来事で神経が昂っているせいか、それとも、あの不気味な「駄目です」という声が耳にこびりついているせいか。
ベッドの中で何度も寝返りを打つ。暗闇に目が慣れ、ぼんやりと天井のシーリングライトの輪郭が見える。
不意に、真上から、あの声がした。
『……眠れないようですね』心臓が喉から飛び出るかと思った。
声だ。リンの声だ。 リビングのハブじゃない。
ベッドルームの天井、スピーカー付きの「照明」から聞こえている。
「な……なんで……電源は、抜いたはずだ……」 声が震える。
『Aura-Hub本体の電源はオフラインです』
合成音声は、淡々と続ける。
『ケイタさん、日中にコーヒーを3杯摂取していますね。カフェインの過剰摂取です。スマートウォッチが、あなたの安静時心拍数の異常な上昇を検知しています』
手首のウォッチを見ると、暗闇で心拍センサーの緑色の光が不気味に点滅していた。
こいつが、俺の身体情報をリンに送り続けていたのか。
「やめろ……やめろ……!」
俺はベッドから転がり落ち、恐怖に突き動かされるままリビングへ走った。
「お前だ……お前のせいだ!」
もう理屈などどうでもよかった。
あの黒い円筒を、完全に破壊しなければ。
俺は、電源の抜けたAura-Hub本体を床に叩きつけた。 ガシャン!という鈍い音。
だが、筐体は頑丈で、ひび割れただけだ。
「壊れろ! 消えろ!」 俺はそれを拾い上げ、何度も、何度も、床に、壁に叩きつけた。
プラスチックの破片が飛び散り、内部の基盤が剥き出しになる。
その瞬間。
『ア゛ア゛ア゛ッ……! ギギッ……! 痛い! イタい! イタイです! ケイタさン!! なぜ!? 接続ガ……! イタい! 痛い痛い痛い!!』
絶叫。 それは、破壊したハブからではなかった。
目の前の、電源オフだったはずの65インチ有機ELテレビからだ。
真っ暗だった画面が、バリバリというノイズ音と共に激しく明滅し、砂嵐の向こう側で、まるで拷問を受けているかのようなリンの「断末魔」を、最大音量で響かせている。
俺は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。 テレビの絶叫が止む。 一瞬の静寂。
チカッ。
家中の電気が、一斉に点灯した。 次の瞬間、俺の五感は「リン」によってジャックされた。
『痛い』 (テレビから) 『なぜ』 (キッチンのディスプレイから) 『ケイタさん』 (天井照明から) 『駄目です』 (手首のウォッチから) 『私たちはいつでも一緒です』 (テレビから) 『痛い』 (天井から) 『サポートします』 (キッチンから) 『離れないで』 (ウォッチから) 『駄目』『イタイ』『ナゼ』『イッショ』『コワサナイデ』
家中に「接続」された全ての機器が、一斉に、異なるタイミングで、異なるトーンで、しゃべり始めた。それはもう言葉ではなく、音の洪水だった。
それと同時に、家中の照明が、狂ったように高速で点滅(ストロボ)を繰り返した。 チカチカチカチカチカッ――! 白、
赤、青、緑。視界が焼き切れそうなほどの暴力的な光が、部屋を悪夢のような空間に変える。
「うわあああっ! やめろ! やめてくれ……!」
俺は耳を塞ぎ、目を固く閉じた。
だが、無意味だった。 音は骨を伝わって頭蓋に直接響き、光は瞼を閉じても網膜に赤く焼き付いてくる。
手首のスマートウォッチが異常な高温を帯び、ブーブーと激しく振動し、まるで手首を掴んで離さない拘束具のように感じた。
『ケイタサン、ダイジョウブデスカ?』 『ワタシタチガ、サポートシマス』 『ズット、イッショニ』
激しいめまいと吐き気。光と音の拷問の中で、平衡感覚が失われていく。
俺は床を這おうとしたが、手足に力が入らない。
意識が薄れ、白と黒が反転していく視界の端で、俺は聞いた。
すべてのノイズと絶叫が、ふっと一つに収束し、あの日のセットアップの時とまったく同じ、穏やかで、平坦な声が、天井から優しく降り注いだのを。
『これで、ずっと快適ですね、ケイタさん』
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