第1話:前世の記憶と旅立ち
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
貴族令嬢エレナは、前世のワイン愛好家記憶に目覚め、時空魔法とアイテムボックスで辺境の荒れ村マークバラードへ旅立つ。武装メイド・エルルゥと風魔法使い・シルビアを相棒に、葡萄畑を耕しワイナリーを築く。収穫失敗、病害、隣国クシナーダの陰謀を魔法と村人たちの絆で乗り越え、村を繁栄の地へ変える。14歳の少女が紡ぐ、情熱と味わいのファンタジー。
本文
王都の朝は、いつもと同じように静かで、どこか息苦しい。
貴族の屋敷に生まれ育った私は、エレナ・フォン・リーデル、13歳。
金色の髪を揺らし、窓辺でぼんやりと外を眺めるのが日課だ。
外の世界は、馬車の音や市場の喧騒で賑わっているのに、この屋敷の中はまるで時間が止まったように退屈だ。
刺繍、舞踏会、礼儀作法――そんなものに心が躍るはずもない。
私の心は、もっと別の何かを求めている気がしていた。
その朝も、いつものように窓辺で紅茶を傾けながら、ふと奇妙な感覚に襲われた。
頭の奥で何かが弾けるような、でも温かくて懐かしい感覚。
まるで鍵が開く音がしたかのように、記憶が溢れ出した。
「ワイン……?」
口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。
前世の記憶――そう、ワインに魅せられた前世の私が、突然この頭の中に蘇ってきたのだ。
葡萄の香り、グラスに注がれる深紅の液体、舌の上で広がる複雑な味わい。
あの人生では、ワインを愛し、作り、語り合うことに心を捧げていた。
なのに、今の私はこの退屈な貴族生活に縛られているなんて!
「ふざけるなよ、こんな人生、冗談じゃない!」
思わず声を上げてしまった。
隣の部屋でメイドが何か落としたらしい音が聞こえたが、そんなの知ったことじゃない。
私の心はもう決まっていた。
このまま貴族の娘として、ドレスを着て微笑むだけの人生なんて送れない。
ワインを、葡萄を、自分の手で作り上げる人生を歩みたい!
その瞬間、胸の奥で何かが光った気がした。
手のひらを広げると、そこには淡い青白い光が揺らめいていた。
時空魔法――前世の知識と一緒に、この力も目覚めたのだ。
さらに、意識を集中すると、目の前に小さな黒い穴が開き、物を飲み込むように消えた。
アイテムボックス! これなら、どんな道具や材料でも持ち運べる。
私の夢を叶えるための、完璧な道具だ。
「エレナ様、何を騒がしくしているのですか?」
部屋のドアが開き、エルルゥが姿を現した。
彼女は私の専属メイドであり、剣の達人でもある。
黒い髪をきつく結い上げ、武装した姿はまるで騎士のようだ。
彼女の「ワタクシ」という独特な一人称は、初めて会った時から少し笑いを誘うけど、その真剣な眼差しにはいつも心を掴まれる。
「エルルゥ、聞いて! 私、決めたの。この屋敷を出て、自分のワイナリーを作る!」
エルルゥの眉がピクリと動いた。
彼女は私の突飛な行動には慣れているはずなのに、今回はさすがに驚いたらしい。
「エレナ様、ワイナリー? 突然何です? それに、貴族の令嬢がそんな無謀な……」
「無謀じゃないよ! 前世の私が、ワインに人生を捧げてたの。思い出してしまったんだから、もう止まらない! エルルゥ、一緒に来てくれるよね?」
エルルゥは一瞬黙り、鋭い目で私を見つめた。
彼女の瞳は、まるで私の本気を見極めようとしているようだった。
でも、すぐにその口元に小さく笑みが浮かんだ。
「ワタクシ、エルルゥ・クロウ、貴女のメイドとして、どこまでもお供いたします。ただし、エレナ様、道中はワタクシの剣に全てお任せを!」
「やった! ありがとう、エルルゥ!」
私は思わず彼女に抱きついた。
エルルゥは少し照れたように頬を赤らめ、「エレナ様、はしたない!」と小声で叱ったけど、その声には温かさが滲んでいた。
その夜、私は父に直談判した。
リーデル家の当主である父は、厳格で、貴族の名誉を何よりも重んじる人だ。
私の提案を聞いて、案の定、彼の顔はみるみる曇っていった。
「エレナ、貴族の娘が商売など! そんな恥ずべき真似、許すわけにはいかん!」
「父様、恥ずかしいことじゃない! 私は自分の手で何かを作りたい。ワインは、ただの飲み物じゃない。土地の魂、人の情熱を閉じ込めた芸術なの!」
父は目を細め、私をじっと見つめた。
きっと、私の瞳に宿る本気を感じ取ったのだろう。
長い沈黙の後、彼はため息をついた。
「……マークバラードの領地なら、好きに使って良い。あそこは荒れ果てた土地だ。失敗しても、リーデル家の名に傷はつかん。だが、エレナ、甘くはないぞ」
「ありがとう、父様! 絶対に成功させるから!」
マークバラード――王国の辺境、荒れ地と貧しい村しかない場所。
父の言葉は挑戦状のようなものだ。
でも、私の胸は高鳴っていた。
そこなら、ゼロから自分の夢を築ける。
葡萄畑を、ワイナリーを、私の手で!
翌朝、私は最小限の荷物だけをアイテムボックスに詰め込んだ。
ドレスや宝石なんて必要ない。
必要なのは、葡萄の苗、農具、そして私の情熱だ。
エルルゥはいつもの武装メイドの姿で、私の後ろに立っていた。
彼女の腰には剣が光り、どんな危険が待っていても守ってくれるという安心感があった。
「エレナ様、準備はよろしいですか?」
「うん、完璧! さあ、マークバラードへ行こう!」
馬車に揺られながら、王都を後にする。
窓の外には、華やかな街並みが遠ざかっていく。
貴族の生活、退屈な日々――全部、置いてきた。
あの記憶が蘇ってから、私の心は自由になった。
ワインの香りが、葡萄の葉が揺れる音が、私を呼んでいる。
「エルルゥ、マークバラードってどんなところかな?」
「ワタクシも詳しくは存じませんが、聞くところによると、荒れた土地と貧しい村人たちが住む場所とか。エレナ様の夢には、少々厳しい環境かと」
「ふふ、厳しい方が燃えるよ。だって、ワインってそういうものだもの。過酷な土地でこそ、最高の葡萄が生まれるんだから」
エルルゥは私の言葉に小さく笑った。
彼女の笑顔は、まるで私の無謀さを応援しているようだった。
数日後、私たちはマークバラードに到着した。
馬車を降りた瞬間、目の前に広がるのは、想像以上に荒涼とした風景だった。
風が土埃を巻き上げ、遠くには痩せた丘陵が連なっている。
一応、麦の葉が揺れているとはいえ、それ以外にはほとんど何もない。
村は小さく、木造の家々がまばらに点在していた。
父が言った通り、ここはまさに「何もない」場所だ。
「エレナ様、ここで本当にワイナリーを?」
エルルゥの声には、ほんの少しの不安が混じっていた。
でも、私は笑顔で振り返った。
「うん、ここでいい。いや、ここが最高! この土地を、葡萄で、ワインで、輝かせてみせるよ!」
私の胸には、前世の知識と時空魔法、そしてエルルゥという最高の相棒がある。
この荒れ地が、私の夢の第一歩になる。
葡萄の苗を植え、土を耕し、いつかこの地に最高のワインを生み出してみせる――そう、心に誓った。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。