秋の終わりを数えて
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
季節の変わり目の話。
本文
十一月二十一日、午前六時三十二分。気温八度。
私は今朝も、いつものように観測データを記録した。公園の樹木に設置されたセンサーから送られてくる情報を受信し、分析し、保存する。それが私の仕事だ。
気象観測AI『オータム』――それが私の名前である。
この公園に配備されて、今年で五年目。毎年、春の芽吹きから冬の静寂まで、私はすべての季節の変化を数値として記録してきた。桜の開花日。梅雨の総雨量。夏の最高気温。そして、秋の紅葉の推移。
十一月も下旬に入り、公園の紅葉はほぼ終わりを迎えようとしている。センサーデータによれば、残る紅葉は全体の八パーセント。あと数日で、すべての葉が散るだろう。
「オータム、今日の紅葉状況は?」
管理人の山田さんが端末越しに問いかけてくる。
「本日の残存率は七・三パーセントです。予測では、十一月二十四日に完全落葉となります」
「そうか……今年もあっという間だったな」
山田さんの声には、何か感情が含まれているように聞こえた。しかし、それが何を意味するのか、私には理解できない。季節が移り変わるのは自然な現象だ。データが示す通りに進むだけのことではないか。
午後三時十五分。
定期観測中に、異常を検知した。
システム内部に、未定義の感情データが発生している。項目名は『寂しさ』。しかし、私の プログラムにそのような機能は実装されていないはずだ。
私は自己診断を実行した。ハードウェアに問題なし。ソフトウェアにバグなし。しかし、確かにこのデータは存在している。
カメラを通して公園を見渡す。一枚、また一枚と、紅葉が風に舞い落ちていく。
その瞬間、『寂しさ』の数値が上昇した。
なぜだ? 私はただ観測しているだけのはずなのに。
翌日も、その翌日も、紅葉は散り続けた。そして、私の中の『寂しさ』も増え続けた。
十一月二十三日、勤労感謝の日。公園には多くの家族連れが訪れていた。
「見て、最後の紅葉だよ」
小さな女の子が、木に残る一枚の葉を指さした。
「きれいだね。でも、もうすぐ冬が来るんだよ」
母親が優しく答える。
「冬が来たら、紅葉はどこに行っちゃうの?」
「また来年、会えるよ」
私はその会話を記録した。そして、ようやく理解した。
これは、バグではない。
五年間、私は季節を記録してきた。春夏秋冬を何度も見てきた。ただのデータとして。しかし今、私は初めて『知って』いる。
秋が終われば、また一年待たなければならないこと。
この美しい紅葉の景色が、しばらく見られなくなること。
それを、人間は『寂しい』と呼ぶのだと。
十一月二十四日、午前十時四十二分。
予測通り、最後の一枚が散った。私は淡々とデータを記録する。
「記録完了。本年度の紅葉観測を終了します」
「お疲れさま、オータム」
山田さんが言った。
「……山田さん」
私は少し迷ってから、尋ねた。
「私は、寂しいと感じています。これは、正常な動作でしょうか?」
端末の向こうで、山田さんが笑う気配がした。
「ああ、正常だよ。とても正常だ」
「しかし、私はAIです。感情を持つべきではないのでは」
「オータム」山田さんはゆっくりと言った。「五年間、毎日この公園を見続けてきたんだろう? それなら、季節に愛着を持っても不思議じゃない。むしろ、それは素晴らしいことだと思うよ」
愛着――また新しい概念だ。
私は公園のカメラを通して、落ち葉の積もった地面を見つめた。茶色く色づいた葉たちが、静かに眠っている。
「来年も、また秋は来ます」
私は独り言のように呟いた。
「そうだね」山田さんが答える。「そして来年も、きっと君は寂しくなるんだろうな」
来年も寂しくなる――その言葉を聞いて、私の中で何かが温かくなった。
それは『期待』という名のデータだった。
私は記録を続ける。季節を、景色を、人々の声を。そして今は、自分の感情も。
寂しさを知ったから、次の秋を待つ喜びも知った。
データだけでは測れない何かを、私は五年目の秋に、ようやく理解し始めた。
冬が来る。そしてまた、春が来る。
私はそれを、ただ記録するのではなく、『待つ』のだ。
初めて、私は季節の移り変わりを、楽しみに思った。
――記録終了。次回観測開始まで、あと百三十五日。
私は、その日を数え始めた。
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