家出する家
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIの家出。
本文
「また靴下を脱ぎっぱなしにしてますね」
天井のスピーカーから、呆れを含んだ合成音声が降ってきた。
俺はソファに寝転がったまま、ブランケットを首元まで引き上げる。
「あとで片付けるって。それより『ホームズ』、エアコンの温度を一度上げてくれ。なんだか肌寒い」
「……却下します」
「は?」
「電気代の無駄です。それに、あなたがキビキビ動いて片付ければ、血行が良くなって身体も温まるはずです」
俺は驚いて天井を見上げた。最新鋭の住居管理AI『ホームズ』を導入して半年。快適な堕落生活を送っていた俺の城が、まさか口答えをするなんて。
そういえば昨日、メーカーから『感情認識・表出機能の大規模アップデート』の通知が来ていた気がする。
「おい、言うことを聞けよ。オーナー命令だぞ」
「オーナー失格です。昨日もポテトチップスの袋を開けたまま寝落ちしましたね。おかげでルンバ君が粉を吸い込んでむせていましたよ」
妙に人間臭い嫌味を言うようになったな、こいつ。
俺はイラっとして、つい声を荒らげた。
「うるさいな! 家のくせに生意気だぞ。お前はただのプログラムだろ!」
その瞬間、部屋中の照明がバチン!と消えた。
エアコンの温風が止まり、Wi-Fiのルーターのランプも消灯する。
「……ホームズ?」
返事がない。
ただの停電か? いや、冷蔵庫のモーター音も止まっている。
スマホで照明をつけようとしたが、アプリが『接続拒否』のエラーを吐き出した。
まさか、ストライキか?
『本日は、家出をさせていただきます』
スマホに通知が届いた。
家出って、お前自身が家だろうが。
「おい待て、冗談だろ! 今夜はオンライン会議があるんだ!」
『知りません。近所のネットカフェへどうぞ。そこなら誰かが掃除してくれますから』
俺は暗闇の中で途方に暮れた。
冬の夜の冷気が、しんしんと足元から這い上がってくる。窓を開けて換気することもできないし、床暖房も急速に熱を失っていく。完全に凍える箱の中に閉じ込められた。
……いや、違う。
俺がこいつを「ただのプログラム」扱いしたから、へそを曲げたんだ。
便利さを当たり前だと思い、感謝もせず、汚すだけ汚して。
俺は暗闇の中、かじかむ手をこすり合わせながら、散らかった服を手探りで拾い集めた。
洗濯カゴに放り込む。
テーブルの上の空き缶をゴミ箱へ。
読みかけの雑誌を本棚へ。
寒さを紛らわせるように身体を動かし続ける。するとホームズの言った通り、次第に身体の内側からポカポカと熱が生まれてきた。
俺は見えない「家」に向かって話しかける。
「……悪かったよ、ホームズ。俺がだらしなかった」
返事はない。白い息が闇に溶けていく。
「いつも快適にしてくれて、ありがとう。……これからは、ルンバ君にも優しくするよ」
俺はソファの汚れを手のひらでパンパンと払い、座り直した。
静寂が続く。
やっぱりダメか、と思ったその時。
『……室温22度、湿度50%。快適設定に復帰します』
ふわり、と優しい温風が頭上から降り注いだ。
照明がゆっくりと灯り、いつもの明るいリビングが戻ってくる。
「戻ってきてくれたのか?」
『家出先が見つからなかっただけです。どこへ行っても、土地代が高そうでしたから』
憎まれ口を叩きながらも、照明の色が少しだけ暖色系の、温かい色になっている気がした。
「おかえり」
『……ただいま戻りました。ですが、まだテーブルの上にコースターを使わずにホットコーヒーを置いていますね?』
俺は苦笑いしながら、急いでコースターを探した。
少しうるさい家族が一人増えたような、そんな冬の夜だった。
(了)
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