ご臨終です。
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
夜になると鳴る呼び出し音。 母子家庭の『私』は敢えて出なかったが……。
本文
電話は、夜にだけ鳴った。
廊下の突き当たりに置かれた黒い電話が、家の中で一番静かな時間を選んで鳴る。鈴の音ではない。硬いものが床を転がるような、重い音だった。
ゴリン。
ジュウ。
デス。
そう聞こえた。
意味は分からなかった。
ただ、その言葉を知ってはいけない気がした。
母は動かなかった。
私も動かなかった。
電話はしばらく鳴り、何事もなかったように止まった。
その夜も、朝も、家は変わらなかった。
※※※
鳴った瞬間に、私は目を閉じた。
あの音は、言葉じゃない。
数でもない。
出れば、何かが決まる。
それだけは分かっていた。
廊下の奥で、電話が鳴っている。
子供の気配が、背中にある。
私は振り返らなかった。
※※※
いつの頃からか、あの電話は鳴らなくなっていた。
私は大人になり、
母は年を取った。
冬の夜、病院の廊下で呼ばれた時、あの家の廊下を思い出していた。
医師は低い声で言った。
「……御臨終です」
その言葉が、あの音と同じ高さで落ちてきた。
※※※
葬儀の夜、誰もいない実家に泊まった。
廊下の突き当たりは、今も空けてある。
電話はない。
それでも、耳の奥で一度だけ鳴った。
ゴリン。
ジュウ。
デス。
私は立ったまま、
それを聞いていた。
何も起きないまま、音だけが、静かに遠ざかっていった。
※※※
翌朝、家を出る時、向かいの家の前に、人だかりができていた。
昨夜、急だったらしい。
詳しいことは、誰も知らない。
私は、挨拶もせず通り過ぎた。
振り返らなかった。
角を曲がるとき、
なぜか分かった。
あの音は、去ったのではない。
ただ、次の廊下を探しに行っただけだ。
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