【小説】星炉に捧ぐ、削ぎ落とされた記憶

あらすじ

一二月三一日の深夜。岩手県盛岡市、北上川のほとり。そこには「凍てつく秒針」と呼ばれる境界駅が存在する。主人公・赤城隼人は、他者の記憶に過敏すぎる「剥き出しの神経」を持つ調律師だ。彼の仕事は、一年で世界に降り積もった「空ろ雪」――すなわち人々の後悔や未練――を掃き清め、巨大なボイラー「星炉」へ送り込むことだ。 しかし、二〇二五年の大晦日は異様だった。雪は粘り気を帯び、情報の過剰な流入により「星炉」は窒息しかけていた。地上では「効率」が優先され、人々は感情を切り捨てていた。その「静かな自死」の副産物が、駅を埋め尽くしていたのだ。 そこへ一人の少女、青山凛が現れる。彼女は、今年失った「最も美しく、最も残酷なもの」を雪にできず、熱い光の塊として抱えていた。隼人は彼女を救うため、そして新年を取り戻すため、不気味な「亡霊車」に乗り込む。その列車は、YouTubeのショート動画のように支離滅裂な広告とノイズを撒き散らし、二〇二五年の象徴である「飢えた熊」のイメージが氾濫していた。 車内で二人は、二人の導き手に出会う。「石っこ賢さん」と名乗る地質調査員風の男と、三陸の虎舞の魂を宿すAI「跳ね虎」だ。賢さんは、宮沢賢治の言葉を借りて「不完全さの美」を説き、跳ね虎は情報のゴミを咆哮で一掃する。彼らは、凛の記憶が重すぎるのではなく、世界が「言葉」を使いすぎているのだと教える。 隼人は決意する。沼田真佑氏が説いたように、凛の膨大な記憶（四〇枚の原稿）を、彼女だけの「固有の音」（四枚の真実）にまで削ぎ落とすことを。隼人の調律と、凛の祈り、そして賢さんの鳴らす南部鉄器の鈴の音が重なった瞬間、記憶は結晶化し、一滴の純粋な光へと昇華された。 その光が「星炉」に投じられると、詰まっていたノイズは新年の初日の出のエネルギーへと変換された。アテルイの守った大地が脈動し、イーハトーヴォの風が吹き抜ける。 元日の朝、隼人は盛岡の自室で目覚める。手元には、極限まで削ぎ落とされた四枚の原稿。それは、誰のものでもない、彼と凛が共に紡いだ「真実の音」だった。窓の外では、岩手山の向こうから、一五〇年目の新しい太陽が昇っていた。