初夢コンプライアンス予告
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
年末最後の出勤日、とんでもないお知らせが社内ポータルに表示された。 『社員の皆様へ。新年のメンタルケア企画として、「初夢共有プロジェクト」を実施いたします。』 不穏極まりない初夢を見た折原大夢は、初夢を改ざんして報告するが――。
本文
初夢コンプライアンス予告
年末最後の出勤日、俺——折原大夢は、社内ポータルに掲示された一通のお知らせを見て、思わずコーヒーを噴きそうになった。
『社員の皆様へ
新年のメンタルケア企画として、「初夢共有プロジェクト」を実施いたします。
元日から三日までに見た初夢の内容を、添付の専用フォームにご記入の上、一月十日までにご提出ください。
提出内容は人事部にて集計・分析し、今後の社内環境改善に役立ててまいります。
人事部企画担当 三浦瀬奈』
初夢を……会社に提出?
俺は画面を二度見した。いや、三度見した。確かにそう書いてある。メンタルケアの一環、だそうだ。
「おいおい折原、お前も見たか?」
営業部の加賀美航大が、いつもの能天気な笑顔で俺のデスクに寄りかかってきた。
「ああ、見た。見たけど……これ、マジで提出すんの?」
「するんじゃね?人事部の三浦さんが出してるし。あの人、変わった企画好きだけど、ちゃんと上の承認とってからしか動かないタイプだろ」
確かに。三浦瀬奈は入社三年目の人事部員で、社員満足度調査だの、匿名相談窓口だの、とにかく「働きやすい職場づくり」に情熱を注いでいる人だった。データ分析が得意で、どこか探偵めいた鋭さを持っている。
「でもさ、夢の内容って……プライバシーの問題とか、ないのか?」
「個人情報まで出す必要はないだろ。気楽に出せばいいんだよ」
加賀美はそう言って、軽やかに自分のデスクへ戻っていった。
元日の夜、俺は見た。
社長の和田道長が、スーツ姿のまま警察に取り押さえられている夢を。
会議室のような場所で、刑事らしき男たちが和田社長を取り囲んでいた。
資料を手にした井ノ原涼香が困惑した表情で立ち尽くしている。
フラッシュが焚かれ、誰かが「これで終わりだ」と呟いた。
それだけではない。
同じ夢の中で、加賀美航大がライバル会社の人間と握手をしていた。
「君の才能をうちで活かしてほしい」などと言われている。
そして、極めつけは——なぜか俺自身が、社長室で「新社長就任の挨拶」を考えているシーンだった。
目が覚めたとき、俺は全身に冷や汗をかいていた。
これを、正直に書けというのか!?
「社長が逮捕されて、同僚が引き抜かれて、自分が社長になる夢を見ました」
書いた瞬間、コンプライアンス違反で呼び出されるのが目に見えている。いや、最悪の場合、社長への不敬罪とか、何かよく分からない罪状をでっち上げられかねない。
この会社は中堅の機械部品メーカーで、和田社長はワンマン経営で知られている。悪い人ではないが、気に入らない社員をじわじわと遠ざける手腕には定評があった。
俺は深呼吸をして、決断した。
改ざんしよう。無難な夢に書き換えよう。
富士山、初日の出、家族の笑顔——そういう、絵に描いたような「正しい初夢」を捏造するのだ。
罪悪感?ある。だが、自分の身を守るためだ。仕方ない。
一月九日、締切前日。
俺は慎重に、フォームに嘘の夢を記入した。
『富士山の山頂で、家族と一緒に初日の出を見ている夢を見ました。とても清々しい気持ちになりました。今年も頑張ろうと思います。』
完璧だ。これ以上ないほど無難で、前向きで、コンプライアンス的にも全く問題ない。
俺は満足して、送信ボタンを押した。
翌日——一月十日の午後、事態は急変した。
三浦瀬奈が全社員向けにメールを送ってきたのだ。
『初夢共有プロジェクトにご協力いただき、ありがとうございました。
提出率は87%と、予想を上回る結果となりました。
つきましては、本プロジェクトを第二段階へ進めることになりましたので、お知らせいたします。
【夢内容と行動パターンの相関分析プロジェクト】
人事部では、AIを活用し、皆様の夢の内容と実際の行動ログ(入退室記録、PC操作履歴、メール送信時刻など)を照合いたします。
夢に表れる心理状態と、日常行動の相関性を分析することで、より効果的なメンタルケアを実現してまいります。
なお、本分析は統計処理を目的としており、個人を特定した評価には使用いたしません。
ご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします。』
俺は椅子から転げ落ちそうになった。
行動ログ、だと?
AIで照合、だと?
つまり——提出した夢の内容と、実際の俺の行動が一致しているかどうか、チェックされるということではないか。
「おい折原、大丈夫か?顔色悪いぞ」
鈴本祐介課長が心配そうに声をかけてきた。総務部の直属上司で、面倒見がいい人だ。
「あ、いえ、ちょっと……胃が」
「またか?お前、ストレス溜めやすいからな。無理すんなよ」
鈴本課長は優しく肩を叩いて、自分の席に戻った。
俺はモニター越しに、三浦のメールをもう一度読んだ。
行動ログとの照合——それはつまり、こういうことだ。
もし俺が本当に「富士山で初日の出を見る夢」を見ていたなら、年明けの行動は穏やかで前向きなはずだ。
しかし、実際の俺は——。
一月四日から、妙に社内を調べ回っていた。
きっかけは、夢の「一部」が現実化し始めたからだ。
最初に気づいたのは、一月五日の午後だった。
休憩室でテレビをつけたとき、ニュース番組の画面構図が、夢で見た「社長逮捕」のシーンにそっくりだったのだ。カメラアングル、照明の当たり方、立っている人物の配置——まるでデジャヴのように、記憶が蘇った。
偶然だ、と自分に言い聞かせた。
だが翌日、会議室Bで資料整理をしていたとき、井ノ原涼香が資料を抱えて入ってきた。その立ち位置、姿勢、持っている資料の束ね方——すべてが、夢の中の彼女と一致していた。
「……っ」
俺は思わず息を呑んだ。
井ノ原は不思議そうに俺を見て、「折原さん、どうかしました?」と尋ねてきたが、俺は何も答えられなかった。
これは、予知夢なのか?
もしそうなら——社長が本当に逮捕されるのか?
加賀美が本当に引き抜かれるのか?
そして、俺が……?
いや、そんなはずはない。
だが、不安は日に日に大きくなった。
俺は密かに、社内の動向を調べ始めた。
和田社長の最近のスケジュール。
経理部門の資料。
営業部の契約状況。
加賀美の様子。
総務部にいる俺には、ある程度の情報へのアクセス権がある。もちろん、違法なことはしていない。
ただ、少し……念入りに、確認しているだけだ。
そして一月九日、俺は加賀美が他社の人間とランチをしているのを目撃してしまった。
相手はライバル会社のマネージャーで、加賀美は真剣な表情で何かを聞いていた。
夢が、また現実化している。
俺の心臓は激しく鳴り、背筋に冷たいものが走った。
そんな状態で迎えた「行動ログ照合プロジェクト」の発表だ。
俺の最近の行動——社内システムへの不自然なアクセス、会議室の入退室記録、PCの検索履歴——それらは、どう見ても「富士山で初日の出を見た」人間の行動ではない。
三浦が気づく。絶対に気づく。
一月十五日。
予想通り、三浦から個別面談の連絡が来た。
『折原大夢様
初夢プロジェクトの件で、少しお話があります。
本日16時、第三会議室までお越しいただけますでしょうか。
三浦瀬奈』
来た。
俺は観念して、定刻に会議室へ向かった。
第三会議室には、三浦瀬奈が一人で待っていた。
ショートカットの黒髪、知的な眼鏡、ノートPCを開いて何かのグラフを見つめている。
「折原さん、お疲れ様です。座ってください」
三浦は穏やかに微笑んだが、その目は笑っていなかった。
「あの、三浦さん、これは一体……」
「単刀直入に聞きますね。折原さん、本当は何を見たんですか?」
俺は息を呑んだ。
「……何、って」
「初夢の内容です。提出していただいたのは『富士山で初日の出』でしたよね。でも——」
三浦はノートPCの画面を俺に向けた。そこには、俺の行動ログのグラフが表示されていた。
「折原さんの年明け以降の行動パターンは、明らかに異常です。社内システムへのアクセス頻度が通常の三倍。検索キーワードも、『経理 不正』『引き抜き 対策』『社長 スキャンダル』など……これ、富士山を見た人の行動じゃないですよね?」
「それは……」
「他の社員の夢と行動の相関を見ても、ここまでズレているのは折原さんだけなんです。複数の社員が『社長に関する不穏な予兆』を夢で感じ取っているのに、折原さんだけ妙に平和的な夢を提出している。これ、おかしいと思いませんか?」
俺は冷や汗を拭った。
もう隠しきれない。観念するしかない。
「……すみません、改ざんしました」
「やっぱり。じゃあ、本当は何を見たんですか?」
俺は、震える声で告白した。
社長が逮捕される夢。加賀美が引き抜かれる夢。そして、自分が社長になる夢。
三浦は黙って聞いていたが、途中で何度か頷いた。
「……なるほど、だから調べてたんですね」
「夢の一部が、現実化してるんです。井ノ原さんの立ち位置とか、会議室の配置とか、テレビの画面とか……それで、怖くなって」
「予知夢だと思ったんですか?」
「……はい」
三浦はしばらく考え込んでから、ふっと笑った。
「折原さん、実は——」
その瞬間、会議室のドアが勢いよく開いた。
「三浦さん!大変です!」
井ノ原涼香が、血相を変えて飛び込んできた。
「社長が!社長が、警察に——!」
俺は立ち上がった。
心臓が、爆発しそうだった。
夢が、本当に現実になったのか——?
急いでエントランスホールへ向かうと、そこには、目を疑う光景が広がっていた。
和田道長社長が、スーツ姿のまま、二人の男に両脇を抱えられている。
男たちは警察の制服を着ており、社員たちが遠巻きに見守っていた。
「和田社長、本日はご協力ありがとうございました!」
「いやあ、まさか本当に引き受けてくださるとは!」
「『社長が職場でドッキリ』企画、完璧でしたよ!」
和田社長は苦笑しながら、カメラに向かって手を振った。
「いやあ、うちの社員、本気で驚いてたな。特に総務の鈴本なんか、真っ青になってたぞ」
鈴本課長が、安堵の息をついている。
ドッキリ——?
俺は唖然として、三浦を見た。
「……これ」
「はい、テレビ番組の企画です。和田社長、結構バラエティ好きなんですよ。前から『出てみたい』って言ってたらしくて」
三浦は涼しい顔で説明した。
「つまり、俺の夢は——」
「予知夢なんかじゃありません。たまたまです。というか、折原さんが無意識に断片的な情報をキャッチして、夢で再構成したんでしょうね。井ノ原さんの立ち位置とか、会議室の配置とか、それっぽい偶然が重なっただけです」
俺は力が抜けて、その場にへたり込みそうになった。
なんだ、ただの偶然か。
だが——三浦は続けた。
「ただ、折原さんの調査、無駄じゃなかったですよ」
「え?」
「折原さんが社内システムを調べてた記録、私も見ました。で、気になって経理部のデータを詳しくチェックしたら……垣田悦子さんの部署で、小さな経費の水増しが見つかったんです」
「……マジで?」
「金額は大したことないんですが、長期間続いてたみたいで。折原さんが変な動きしてなかったら、気づかなかったかもしれません」
三浦は少し誇らしげに微笑んだ。
「つまり、折原さんの夢のおかげで、会社が救われたってことです」
俺は言葉を失った。
改ざんして、バレて、調べ回って、そして——結果的に、会社のためになっていた。
「あの、三浦さん……俺、改ざんしたこと、怒られないんですか?」
「怒りませんよ。そもそも、あのフォーム、『正直に書く義務』なんてどこにも書いてませんでしたし」
三浦はいたずらっぽく笑った。
「ただ、次からは正直に書いてくださいね。あと、加賀美さんの件も心配してたみたいですけど」
「ああ……あいつ、引き抜きの話、あったんですよね」
「ありました。でも断ったそうです。『この会社、居心地いいんで』って」
俺はほっとした。
夢は、結局ただの夢だったのだ。
その夜、俺はデスクで残業をしていた。
疲れがどっと押し寄せて、気づくとPCの前で寝落ちしていた。
そして——また、夢を見た。
今度は、俺自身が警察に連行されている夢だった。
「折原大夢、業務上横領の疑いで逮捕する!」
刑事が俺に手錠をかけようとしている。社員たちが驚愕の表情で見守っている。
そして、なぜか加賀美が「折原、お前……まさか……」と呟いている。
「……っ!」
俺は飛び起きた。
デスクには、誰もいない。深夜の静かなオフィス。
俺は震える手で、額の汗を拭った。
「……今度こそ、正直に書くか」
もしまた同じ企画があったら、どんな悪夢でも正直に書くだろう。
そして三浦が、また鋭い目で俺の行動ログをチェックするのだ
もう、改ざんはしない。
——たぶん。
(了)
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。