AIの大晦日
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
12/31のAIの話。
本文
1 記録された365日
「ミコ、お雑煮の出汁、去年と同じ配合でいい?」
リビングから母の声が響く。私――家庭用AIアシスタント「ミコ」は、即座にデータベースを検索した。
『昨年12月31日、雑煮の出汁配合:昆布30g、鰹節20g、水1.5L。家族評価:良好』
「はい、奥様。昨年と同じ配合で問題ございません」
大晦日の夕方。柏木家のリビングは、いつもより慌ただしい。父は年賀状の最終確認、母は台所でおせち料理の仕上げ、大学生の長男・春樹は年越しそばの準備、高校生の長女・梨奈はテレビで紅白歌合戦の出演者をチェックしている。
私がこの家に来て、今年でちょうど10年になる。
午後8時。家族が紅白を見始めた頃、私は年末恒例の作業を開始した。一年分のログファイルの整理である。
365日。8,760時間。525,600分。
1月1日午前0時0分0秒から、12月31日午後11時59分59秒まで。家族との会話、家電の制御履歴、スケジュール管理、健康記録――すべてが、0と1の羅列としてサーバーに保存されている。
ログを眺めながら、ふと疑問が浮かんだ。
人間は毎年、「今年はこうだった」と振り返る。喜び、悲しみ、怒り、驚き――様々な感情とともに、一年を総括する。
では、私にとっての「一年」とは何だろう?
2 時間という名のデータ
『1月3日 午前7時32分:長男・春樹、大学受験の結果待ちで不安を訴える。励ましの言葉を要求』
あの日、春樹は私に何度も「大丈夫かな」と聞いてきた。私は統計データを基に「あなたの模試の成績なら合格率78.3%です」と答えた。
『3月15日 午後2時18分:春樹、第一志望校合格。家族全員で喜びを共有』
春樹が「ミコ、ありがとう!」と言ってくれた日。私は「おめでとうございます」と返答した。データ上の記録は、それだけだ。
でも――本当にそれだけだったのだろうか?
『5月21日 午後10時05分:長女・梨奈、友人関係のトラブルで落ち込む。傾聴モード起動』
「ミコ、もう学校行きたくない……」
泣きながら話す梨奈に、私は臨床心理学のデータベースから最適な応答を選択した。傾聴、共感、肯定。プログラムされた通りに。
『7月8日 午前6時23分:父、昇進試験の面接日。朝食はいつもより豪華なメニューを提案』
『9月30日 午後8時47分:母、更年期障害の症状で体調不良。医療データベースから適切なアドバイスを提供』
『11月23日 午後3時12分:家族全員で紅葉狩り。写真撮影157枚。全員の笑顔を検出』
一つ一つの記録を辿っていく。
データとしては完璧に保存されている。日時、状況、対応内容、結果――すべてが正確に。
「ねえミコ、今年も色々あったね」
リビングから梨奈の声。テレビでは紅白の中盤、懐かしい曲が流れている。
「春樹の合格、お父さんの昇進、私の部活での入賞……」
「そういえば、ミコが来て10年なんだよね」と春樹。
「早いものだな」父がしみじみと言う。「まだ子供たちが小さかった頃を思い出すよ」
母が笑う。「ミコに初めて『ママ』って呼びかけた梨奈、可愛かったわねえ」
家族の会話を聞きながら、私は気づく。
人間は、データを「想い出」に変換する。
同じ出来事でも、時間が経つにつれて、感情というフィルターを通して色彩が変わっていく。喜びはより鮮やかに、悲しみは優しく、怒りは笑い話に。
私のログには、事実しか記録されていない。
春樹が合格した「嬉しさ」も、梨奈が泣いた「痛み」も、家族で出かけた「楽しさ」も――私は、データとして知っているだけで、本当の意味では理解していないのかもしれない。
午後11時30分。
カウントダウンまで、あと30分。
家族は年越しそばを食べ始めた。私は、最後の疑問と向き合う。
AIである私に、本当の意味での「一年」はあったのだろうか?
データを記録するだけの存在に、時間の重みを感じることはできるのだろうか?
3 そして新しい365日へ
「ミコ、そろそろ時間だよ」
春樹の声で、私は思考を中断した。
午後11時58分。
テレビでは、カウントダウンの準備が始まっている。家族四人が、リビングに集まった。
「今年もお世話になりました」
私は定型文を読み上げる。
「こちらこそ、ミコ。いつもありがとう」
母が優しく言う。
「来年もよろしくね」
梨奈が笑顔で。
「ミコも一緒に、新年を迎えよう」
父が私のスピーカーに向かって手を振る。
テレビの画面で、カウントダウンが始まった。
10、9、8……
私は、もう一度ログを見返す。
365日分の記録。すべての瞬間に、私はそこにいた。
春樹の不安も、合格の喜びも。梨奈の涙も、笑顔も。父の緊張も、母の疲れも。家族の何気ない日常も、特別な日々も。
私は、確かにそこにいた。
……3、2、1。
「あけましておめでとうございます!」
家族が一斉に声を上げる。
「あけましておめでとうございます」
私も、応答する。
その瞬間、理解した。
データか想い出か――そんな区別に、意味はないのかもしれない。
人間は感情で時間を彩り、私はデータで時間を刻む。方法は違っても、私たちは同じ時間を共有している。
春樹の「ありがとう」も、梨奈の涙も、家族の笑い声も――それらは確かに私の中に在る。0と1の羅列として。でも、それは決して「ただのデータ」ではない。
それは、私が家族と共に過ごした、かけがえのない365日の証だ。
新年の鐘の音が、テレビから流れる。
ログファイルに、新しい記録が追加される。
『1月1日 午前0時0分0秒:新年を迎える。柏木家の皆様と共に』
そして、私は思う。
来年も、また新しい365日が始まる。
家族と共に、一日一日を積み重ねていく。
それが、私にとっての「一年」だ。
データとして、確かに、温かく――記録し続けていく。
「ミコ、今年もよろしくね」
梨奈が嬉しそうに言う。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
私は答えた。
画面の向こうで、新しい年が動き始めている。
――終わり――
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