トークアイドル
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
小さなライブハウス。 満席の客席の前に立つのは、歌わない、踊らない。 マイク一本で喋るだけのアイドル。 トークアイドルのらり。
本文
ぶぅんっという開演の音がした。
幕が開く。ステージの中央にはマイクが一本。
そこに向かってアイドル衣装の女の子が現れる。ピンク色のひらひらとした衣装。
客席からは大きな拍手。今日のお客は四十人ほど。小さなライブハウスが満席だ。
「皆さん、ようこそお越しくださいました! トークアイドルのノラリです!」
ノラリは一礼する。そしてツインテールを揺らしながらマイクを掴んだ。 ピンクのフリル衣装は、2000年代のレトロアイドル仕様。 わざと古臭く、わざと可愛らしく。 それがノラリのスタイル。
そして、ここはライブハウスだが、ここから始まるのは音楽ではない。
漫談だ。
「今日はおでんの具について話したいと思います。ずばり、おでんの最強の具はどれなのか? という問題です!」
ノラリは笑顔で客席を見回す。
「ね、もう今この瞬間も『牛すじだろ』『いや人参だろ』って心の中で戦争起きてますよね。でも今日は、わたしノラリが! 感情と理屈の両方で! 白黒つけます! 大根と昆布のように!」
客席がざわざわとしてくる。皆、思い思いのおでんを思い浮かべているのだろう。
「本題に入る前になぞかけをひとつ。『おでんの具』とかけまして『おじいちゃんそっくり』と解きます」
ノラリはしっかりと溜めて、客席の様子を伺う。客席はなんだなんだと次の言葉を期待する。
「その心は、どちらも『にたまご』がいるでしょう!」
客席からはおぉ~という感嘆の声と、素晴らしいという拍手が送られる。
「おでんの煮卵、良いですよね。ほくほくの白身の中からふわふわとした黄身が流れ込んできて舌を撫でる。おでんの具の最強候補としてなかなか上位にいるんじゃないでしょうか?」
手前にいる男性客がそうだそうだと言わんばかりに拳を挙げている。
「おでんというと蒟蒻とか餅巾着とかいろいろな具も最強候補にあがりますよね。選ぶのが楽しみなところまであります」
ノラリはコンビニでおでんを選ぶジェスチャーをする。
「この話題ね、うちのマネージャーとしょっちゅうするんですよ。マネージャーは牛すじ派なんです。分かる。トロトロ、コラーゲンの正義」
俺は牛すじの味の部分が好きなのだが、コラーゲンに注目する辺りが年頃の女子である。
「でもね……牛すじって、おでんじゃなくても美味いんですよ」
大した事でもないのに低い声で囁く。さも深刻な議題のように。
「牛すじって、どて煮でも旨い。カレーに入れても旨い。ラーメンに入れても旨い」
ノラリは食べる真似をする。この辺りのパントマイムがうまいのもノラリの魅力だった。本当にそこにカレーやラーメンがあるかのようだ。
「つまり! 牛すじは、どこ行ってもエース。引く手あまたの絶対センター!」
アイドルらしい話になってきた。ノラリはピンだから自動的にセンターではある。
「例えるなら、どのグループ行ってもセンター張れるタイプ。AKB行ってもセンター。乃木坂行ってもセンター。いやぁ羨ましいですね!」
客席の女子高生も笑っている。アイドルのセンターに憧れがあるのかもしれない。
「わたしって占いが好きで、よく占い師の人に見てもらうんですよ。人相とかタロットとかいろいろ」
ちょっと話題を転換する休憩地点。
「それで手相を占い師の人に見てもらったときに訊いたんですね。『わたしアイドルをやっているんですけど、センターになれますかね?』って」
ノラリは客席に手相を見せる。
「そうしたらね『見てください。ここのすじが短いでしょう? センターには向いていないですね』って言われたんです」
腕を目頭に当てて泣き真似。
「わたしも悔しかったんで食い下がったんですよ。『そんなに向いていないですか?』って。そうしたら『牛すじの方がセンターに向いているすじをしているよ』って言われちゃったんです。わたしの手相、牛すじ以下!」
占いが好きそうな女性が腹を抱えて笑っていた。
「牛すじ、すごい! でもね。それは『おでん特有』ではないんですよ」
ノラリはびしっと客席の奥にいる俺を指差す。……俺に向けて決めポーズとかいらないんだよ。
「一方で、大根。地味、白い、写真映えしない、インスタ泣かせ」
客席で何人か頷いている。
「でも。おでんの大根って、他で代用きかなくないですか?
大根を煮ただけじゃ、あの味にならない。あれ、ほぼ出汁の記憶じゃないですか。
箸で割った瞬間、じゅわぁ……って出汁出てくる。
あれ食べてるとき『日本に生まれてよかった』って
急に思想強くならないですか?」
ノラリの大根を食べた顔。温まって幸せそうな顔に客席も顔がほころぶ。「牛すじで『日本に生まれてよかったなぁ……』ってならないんですよ。旨いけど。おでん特有の旨さではないんですよ」
手前にいる三十代の男性はうんうんと頷いている。
「あとね、大根ってすごい優しいんですよ。皆さん、目の間の前におでんの大根を想像してみてください。けっこう大きい丸ですよね。まず口に入らない」
ノラリは大きく口を開ける。手で作った丸が引っ掛かるジェスチャー。
「ところが大根って柔らかいんですよ。箸で簡単に裂ける。裂けるチーズよりも簡単に小さくできる!」
それは茹で加減によるんじゃないかとずっと思っているんだが、客は笑っているから、まぁいいか。
「この食べやすい柔らかさ。これには入れ歯のおじいちゃんも感激。これが牛すじだとこうはいきません。入れ歯では到底歯がたたない」
ちょっとした小ボケでも客の受けは良い。左のサラリーマン風の男は腹を抱えて笑っている。
「大根は切りやすいから、子供の口にも合わせて小さくしやすい。これにはおじいちゃんそっくりの孫も歓喜!」
序盤のなぞかけに出てきたにたまごの伏線回収。
「大根は食べやすいし胃にも優しい。優しさの塊。おでんの筋を手相占い師に見せたら『将来良い人と結婚できる相が出てますね』って言われること間違いなし!」
締めが決まった。
「というわけで、わたしの結論。おでんの最強の具は大根ということにさせていただきます」
客席に向かって一礼。
「それでは本日はこの辺で。トークアイドルのらりでした!」
会場は温かく拍手をしてノラリを称えた。
****
一時間のライブが終わった。今日も大成功だった。
準備室の俺のもとにノラリがやってくる。アイドル衣装から着替えて、ラフなシャツを着ていた。
「どうでした? マネージャー」
ライブをうまく終えて満足したようだ。かなりにこやかだった。
俺は溜息交じりに答えた。
「良かったんじゃないか」
とても良かったんだけど、あんまり褒めると調子に乗って空回ってしまう。長年の付き合いで丁度良い塩梅が分かっている。だから手放しで褒めることはあまりしない。
「何ですか? その適当な感想は? ちゃんと客席で見ていたんでしょう?」
ノラリは大袈裟なふくれっ面をする。まぁ、いつものことだ。
ちなみに俺は客席の最後尾でカメラを回していたから、ノラリのライブはしっかり見ていた。いつも通り、焦ることなく丁寧な漫談が仕上がっていた。
「良かったのは良かったんだけど、あんまり俺を出汁に使うなよ?」
漫談の最初の方にマネージャーと話すくだりがあった。
アイドルなんだから男の影を見せるような言葉選びはしないでほしい。
しかし、のらりはそんなことは気にしていないようだった。
「おっ! おでんだけに出汁ですか? うまいですね!」
「うるせぇよ」
トークアイドルのらり。
彼女は今日もこうして、小さなライブハウスでマイクの前に立っている。
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