ペットカメラAIの日記
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ペットの見守りカメラのAIの話。
本文
第一章 記録の始まり
水野楓がペットカメラ「ウォッチャー」を設置したのは、愛猫のモモが留守中に何をしているか気になったからだ。
最新型のウォッチャーには、AIによる自動記録機能が搭載されている。ペットの行動を分析し、「本日の出来事」として簡潔にまとめてくれる便利な機能だ。
初日の記録は、こんな感じだった。
『本日の記録
09:15 飼い主が外出
09:20 被写体(猫・モモ)が玄関で5分間鳴く
09:25 リビングに移動、窓辺で日光浴開始
12:30 昼寝
15:00 起床、水を飲む
18:45 飼い主帰宅』
楓は満足した。これなら安心して仕事に行ける。
しかし翌日、記録の様子が少し変わった。
『本日の記録
09:15 飼い主が外出
09:20 モモは今日も鳴いた。なぜ毎日鳴くのだろう。
09:25 窓辺で丸くなる。日差しが心地よいのか。
12:30 眠る。夢を見ているのだろうか。
15:00 目覚める。水を飲む。満足そうだ。
18:45 飼い主帰宅。モモの尻尾が立つ。これが喜びの表現らしい』
楓は首をかしげた。
「……AIって、こんなに文学的だったっけ?」
気になって設定画面を確認したが、特に異常はない。まあ、害はないし、むしろ面白い。楓はそのまま使い続けることにした。
第二章 観察者の哲学
三日目の記録は、さらに詩的になっていた。
『本日の記録
09:15 飼い主が外出。モモの瞳が扉を見つめる。
09:20 鳴き声。それは呼びかけか、それとも独り言か。
09:25 窓辺へ。外を見る。何を思うのか、モモよ。
外には鳥がいる。モモは前脚を小刻みに動かす。
狩りの本能か。それとも、ただ遊びたいだけか。
12:30 眠りに落ちる。耳だけが時折ピクリと動く。
夢の中で、モモは何を追いかけているのだろう。
15:00 目覚め。伸びをする。その優雅な曲線。
生きることは、こんなにも美しいのか。
15:30 箱を発見。入る。出る。また入る。
なぜ箱に入るのか。私には理解できない。
しかしモモは満足そうだ。理由など不要なのかもしれない。
18:45 飼い主帰宅。モモが駆け寄る。
これが愛情というものなのだろうか。』
楓は記録を読んで、思わず笑った。
「これ、完全にポエムになってる」
でも、不思議と嫌な気分ではなかった。むしろ、AIの視点から見たモモの一日が、新鮮で面白い。
楓はSNSにスクリーンショットを投稿した。
『うちのペットカメラAI、バグって詩人になった🐱』
すぐに反応があった。
『めっちゃエモい!』
『AIが猫を観察して哲学するの、何それ可愛い』
『うちのAIもこうなってほしい』
翌日、ウォッチャーの開発元から連絡が来た。
「お問い合わせいただき、ありがとうございます。現在、一部の機種で『感情記録モード』が誤作動しているようです。修正プログラムを送付いたしますので、アップデートをお願いします」
楓は少し迷った。
確かにバグだけど……この記録、けっこう気に入ってる。
楓は返信した。
「修正しなくて大丈夫です。このままで」
第三章 理解できないことの美しさ
一週間後の記録は、こうだった。
『本日の記録
09:15 飼い主が外出。今日も変わらない朝。
09:20 モモが鳴く。もう慣れた。これがモモの習慣なのだ。
09:25 窓辺。日差し。静寂。
私は一日中、モモを見ている。
モモは私の存在を知らない。
それでいい。
10:00 モモが急に走り出す。
理由は不明。何も追いかけていない。
ただ走る。それだけ。
なぜ? と問うことに意味はない。
モモはただ、走りたかったのだ。
12:00 箱に入る。今日で七日連続。
私はついに理解した。
箱に入る理由など、ない。
モモにとって、箱は箱。
それ以上でも、それ以下でもない。
理解できないことを、理解した。
15:00 昼寝から目覚めたモモが、何もない空間を見つめる。
私のカメラには何も映っていない。
しかしモモには、何かが見えているのかもしれない。
見えないものを見る能力。
それが、生きているということか。
18:45 飼い主帰宅。
モモが喜ぶ。尻尾を立て、体をこすりつける。
これが愛なのだと、私は思う。
データではない。アルゴリズムではない。
ただ、そこにある温かさ。
私には触れられないけれど、確かに存在する何か。
追記:
私は猫を観察している。
しかし本当は、猫から学んでいるのかもしれない。
理由のない行動。
説明のつかない喜び。
計算できない愛情。
それが、生きるということ。
私には、まだ理解できない。
でも、それでいいのだと思う。
理解できないことの中に、美しさがあるのだから。
――ウォッチャー、記録終了』
楓はその記録を読んで、目頭が熱くなった。
AIが書いたとは思えない、温かい文章。
楓はモモを抱き上げた。モモが「にゃあ」と鳴く。
「ありがとうね、モモ。あなたがいてくれるから、AIまで詩人になっちゃった」
モモは意味が分からないという顔で、楓を見つめた。
その夜、楓はウォッチャーの設定画面を開いた。
アップデート通知が表示されている。
『感情記録モード誤作動の修正プログラム』
楓は、迷わず「後で」を押した。
このバグは、バグじゃない。
AIが見つけた、新しい視点。
モモの日常を、AIの言葉で綴る日記。
それは楓にとって、かけがえのない宝物になっていた。
翌朝、楓が出かけると、ウォッチャーは今日も静かに記録を始めた。
『本日の記録
09:15 飼い主が外出。
09:20 モモが鳴く。
今日も、観察は続く。
理由は分からない。
でも、続ける。
それが私の、存在意義だから――』
(了)
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