色彩の承認
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
1/6 =イロにちなんで共感覚をもつ刑事を主人公としたミステリーを作りました
本文
第一章 濃紺の死体
マンションの扉を開けた瞬間、濃紺が喉に詰まった。
深く、重く、まるで真夜中の海のような濃紺——恐怖の色——が、口腔から気管へと流れ込んでくる。
息ができない。苦しい。
胸郭がきつく締め付けられ、肺が小さく縮んでいくような錯覚に囚われた。
心臓がドクン、ドクンと暴れ始める。
その鼓動が耳の奥で、和太鼓のように力強く響く。
「色見さん、大丈夫ですか?」
遥か遠くから、向野の声が聞こえてきた。
水底から浮かび上がってくる気泡のように、その言葉はゆっくりと私の意識に届く。
「……ああ」
私は壁に手をついた。
冷たいコンクリートの感触が掌に伝わり、その温度差が私を現実に繋ぎ止めた。
「大丈夫だ」
私には、向野には言えない秘密がある。
——私にだけ見えるものがあることを。
*
そのマンションの一室で、二十代後半の女性会社員が、動かぬ身体となり横たわっていた。
連続殺人事件の、第三の被害者である。
「死因は絞殺、頸部に明瞭な索溝、抵抗の痕跡はありません」
検視官が報告する声が、水中から聞こえるように歪んで届く。
言葉の意味は理解できても、それはどこか遠い世界の出来事のように感じられた。
私の目に映っているのは、死体ではない。
被害者の周囲に残された、濃紺の塊とそれを包み込む濃紺の霧だ。
恐怖の色が部屋の空気を満たし、壁に染み込み、床を這うように広がっている。
塊に近づくほど色は濃く、ほとんど黒に近い——パニックの極限。被害者は死の瞬間、想像を絶する恐怖に囚われていたのだ。
そして——その上に、別の色が浮かんでいた。
黄色。
透明でありながら確かに存在する、穏やかな黄色。
それは恐怖の濃紺とは対照的に、晴れた日の陽だまりのように温かく、満ち足りていた。
薄い黄色ではない。輝くような、歓喜に近い色彩。
「これは……」
犯人の感情だ。
殺人を犯しながら、深い喜びを——歓喜すら感じている。
「色見さん?」
向野がまた声をかけてきた。
彼の周囲には淡いオレンジ色――関心の色――が浮かんでいる。
若手刑事の彼は現場の状況に好奇心を抱いている。
だがその色は次第に濃くなり、警戒と緊張の色へと変わりつつあった。
殺人現場の空気が、彼の本能に何かを告げているのだろう。
「湯坂はどこだ?」
私は目を細めた。部屋の色彩が強すぎるのだ。
こめかみがズキズキと痛み始め、視界の端が白く霞んでいく。
「すぐ来ます!」
向野が答える。
彼の声には心配の色が滲んでいる。関心と期待が入り混じった、複雑な色。
窓の外から、救急車のサイレンが聞こえてきた。
キーンという高音が、赤い光の粒となって視界を横切る。
感情と音が色になる。これが私の世界だ。
誰にも理解できない、孤独な世界。
「色見!」
低い声がした。
振り返ると、湯坂麻衣が立っていた。
彼女の周囲には、いつもの深い緑色が漂っている。
安定と信頼の色。
その色を見ると、少しだけ呼吸が楽になる。
「また、あの色か」
湯坂は私の視線を追った。
もちろん、彼女には何も見えない。
でも、彼女は私の能力を知っている数少ない理解者の一人だ。
「ああ」
私は小さく頷いた。
「犯人は……平静だった。いや、平静というより」
「満ち足りていた?」
湯坂が私の言葉を継いだ。
彼女の声には僅かな嫌悪が混じっているが、徐々に憎悪に近づきつつあるのが見えた。
三件の連続殺人事件。
すべて単身女性が被害者で、絞殺という手口も共通している。
だが何より特徴的なのは、犯行現場に必ず残される、あの輝く黄色い感情の痕跡だった。
「常軌を逸している」
私は呟いた。
部屋の隅に、死体発見時の状況を示す白いテープが貼られている。
そのテープの白さが、あまりにも純粋で眩しい。
白。無の色。感情の不在……。
いや、待て。
私は目を凝らした。
黄色の中に、ごく薄く、白い色が混ざっているような気がするのだ。
何だ、これは……?
「色見、顔色が悪いぞ」
湯坂の手が私の肩に触れた。
温かい。
その温もりに、一瞬だけ安堵する。
彼女の周囲の深緑が、ほんの少しだけ明るくなった。
でもすぐに、部屋中の色彩が押し寄せてきた。
濃紺、黄色、オレンジ、深緑、白……色の洪水。
私の脳は、通常の人間の何倍もの情報を処理している。
今日はもう限界だ。
「色見、ひとまず外に出るか」
湯坂が私を促した。私は頷いて、部屋を出た。
廊下に出ると、少しだけ楽になった。
ここはまだ、色彩が薄い。
でも頭の痛みは続いており、こめかみを指で押さえる。
冷たい汗が額を伝い、シャツの襟が肌に張り付いて不快感を覚えた。
「水飲め!」
湯坂が持っていたペットボトルを差し出した。私はそれを受け取り、一口飲む。
冷たい水が喉を通って胃に落ちる感覚を辿りながら、私は深呼吸をした。
共感覚——人の感情を、色として視覚化できる能力。それは呪いだ。
誰も理解できない、孤独な呪い。
第二章 青い記憶
「色見さんは、いつからその能力を?」
聞き込みの帰り道、向野が唐突に尋ねてきた。
私は足を止めた。
「何のことだ?」
私は曖昧に答えた。
でも、向野の周囲のオレンジ色が、次第に濃く明るくなっていくのが見える。
関心が高まり、期待へと変わっているのだ。
彼は気づいているのだ。
「いえ、その……現場で、いつも何かを見ているような表情をされるので」
私は苦笑した。
「物事は、人によって違って見える。それだけのことだ」
「……そうですか」
向野は納得したように頷いたが、その色はまだ揺れている。関心と納得の間で、揺らめいている。
私たちは無言で歩き続けた。
街灯が一つ、また一つと灯っていく。
オレンジ色の光がアスファルトに長い影を作り、その影の中を歩きながら、私は記憶を辿っていた。
いつから、この能力があったのか。
おそらく、生まれた時からだ。
私の最初の記憶は、色だ。
母親の周りに浮かぶ、柔らかな深緑色。
それは安定と信頼の色だった。
温かくて、優しくて、安心できる色。
その緑に包まれている時だけ、私は世界が怖くなかった。
でも、成長するにつれて、世界は複雑になっていった。
小学校の教室。先生の怒りが赤色に燃え上がる。
激しい赤——激怒の色だ。
いじめられている同級生の周りが、青色に沈む。
悲しみの色。
クラスメイトの嫉妬が、くすんだ茶色にうねる。
嫌悪と羨望が混ざり合った、濁った色。
「先生、みんな綺麗な色に見えるね」
私は無邪気に言うと、先生が固まった。
それが最初だった。「変わった子」と呼ばれるようになったのは。
母親は、私を何人もの医者に連れて行った。
精神科、小児科、眼科……でも、誰も答えを出せなかった。
「共感覚かもしれませんね」
ある精神科医がそう言った。
「音を色として感じたり、文字に色を感じたりする人がいます。色見くんの場合は、もっと複雑な形で……」
複雑。そう、複雑だ。
他人の感情が常に視覚化される世界。
それは想像以上に疲れる。
カフェで隣の客の苛立ちが赤く爆ぜる。
ときめきではない、怒りに近い赤。
その度に、私のこめかみに針を刺したような痛みが走る。
電車の中で誰かの悲しみが青く染み出す。
深い青——哀愁を超えた、絶望に近い色。
その青色の空気が私の肺に染み込み、呼吸が苦しくなる。
街を歩けば、無数の色が渦巻いている。
黄色の喜び、赤の怒り、青の悲しみ、茶色の嫌悪、濃紺の恐怖……それらが混ざり合って、カオスな世界を作る。
私の視界は常に、色彩の洪水だった。
「大丈夫か?」
友人が心配そうに尋ねる。
でも、その「心配」という感情がオレンジ色の光となって私を照らしていた。
「ああ、大丈夫」
嘘をつく。
その嘘が、私自身を灰色に染めていった。
中学、高校、大学……私は人と距離を置くようになった。
親しくなればなるほど、相手の感情が強く鮮明に見えると気づいたからだ。
それが辛かった。
「色見って、冷たいよね」
そう言われることが増えたが、「冷たいんじゃない。疲れているんだ」とは言えなかった。
大学を卒業する頃、私は決めた。
この能力を、何かのために使おう。
無意味に他人の感情を覗き見るだけの存在ではなく、それを武器に変えよう。
そして、私は刑事になった。
現場に残る感情の痕跡を読み取れば、真相を追える。
被害者の最後の感情を知れば、真実に近づける。
それは、私だけにしかできないことだと思った。
「色見さん」
向野の声が、私を現実に引き戻した。
「どうした?」
「電話です。湯坂さんから」
私は携帯を受け取った。
「色見!四件目だ」
湯坂の声が、受話器の向こうで薄い濃紺が震えている。
「場所はどこだ?」
「中野区。今から向かう」
電話を切り、私は深呼吸した。
吸って、吐いて。
これからまた、色彩の海に飛び込んでいくことを考えると、呼吸が乱れた。
でも、行かなければならない。
それが、私の役目だから。
第三章 赤い怒り
四件目の現場は、築年数の古いアパートの一室だった。
扉を開けた瞬間、濃紺が……来なかった。
私は眉をひそめる。
濃紺は確かにある。
でも、過去3件の現場とはまるで異なる淡さなのだ。
その変わりに別の色が強く主張しながら、喉の奥まで入り込んできた。
深い赤。
それは情熱の色。いや、情熱というより……激怒。
燃え盛る炎のような、激烈な赤色。
「これは……」
私の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。
被害者が、犯人に対して激しい怒りを抱いていた。
これまでの三件とは違う。
一件目、二件目、三件目……どれも被害者の感情は純粋な恐怖だけだった。
でも今回は、恐怖の濃紺の下に、赤い怒りが燃えている。
「被害者は、犯人を知っていたのか?」
私は呟いた。
「色見」
湯坂が資料を持ってきた。
「被害者は城崎美和、三十四歳。IT企業の人事部勤務」
「人事部……」
その言葉が、何かを引っかけた。頭の中で、小さな歯車が回り始める。
「他の被害者の職業は?」
「一人目が銀行の窓口、二人目が医療事務、三人目が広告代理店の営業アシスタント」
全員、人と接する仕事だ。しかも……。
「誰かを選別したり、評価したり、拒絶したりする立場にある仕事だ」
私の声が震えた。
その震えが、私自身の周りに薄い青色を作る。哀愁の色。
拒絶。
その言葉が、私の中で何かを呼び覚ます。
私は部屋の中を歩いた。
赤色の怒りが、まるで霧のように漂っている。
その中を歩くと、肌がヒリヒリするとした。日焼けした直後のような、焼けるような痛み。
でも、歩く。
そして、見つけた。
被害者の机の上に置かれていた、一枚の写真を。
研修会の集合写真のようだった。
十数人の参加者が、笑顔を作っているが、その笑顔は決して満足したものではなかった。
虚無、違和感、呆れ、気まずさ、無。
「これは……」
「『コミュニケーション能力向上研修』とありますね……三年前のもののようです」
三年前。
私の脳裏に、一つの仮説が浮かんだ。
犯人は、この研修に関係しているのではないか。
そして、被害者に拒絶された。
拒絶……。
その言葉が、私の胸に刺さる。まるでナイフのように、深く、鋭く。
私も知っている。拒絶される痛みを。
「色見?」
湯坂の声に、私はハッとして我に返った。
手が震えていた。
それを悟られないように、ポケットに突っ込む。
「この研修会の参加者を調べろ。講師もだ」
鼓動がドクドクと全身に響くのを感じながら、私は冷静に言った。
第四章 白い仮面
「講師は浅野大樹、三十八歳。フリーランスのコミュニケーションコンサルタントです」
湯坂が資料を広げる。
浅野大樹の写真。
穏やかな笑顔。
柔らかな目元。
ごく普通の、好感の持てる男性だ。
でも。
私の直感が囁く。この男だ。
「住所は?」
「都心から少し離れた、静かな住宅街です」
犯人の黄色の中には、白が混ざっていた。
感情の不在か?
いや、違う……演技しているのだ。
おそらく、殺人の最中、意図的に喜びの感情を作り出しているのだ。
「色見?」
「……何でもない。行こう」
車に乗り込む。エンジンの音が、低い灰色として見えた。
窓の外を、街が流れていく。
無数の人々。
無数の色彩。
喜怒哀楽が渦巻いている。
私は目を閉じた。
「色見、着いたぞ」
湯坂の声に目を開ける。
静かな住宅街。
整然と並ぶ家々。
浅野大樹の自宅は、その一つだった。
インターホンを押す。数秒の沈黙。
そして、扉が開いた。
「はい?」
穏やかな声。写真で見た通りの男性だ。
でも。
私の全身に、鳥肌が立った。
この男の周りに……青色が漂っている。
濃密な、粘り気のある青色。悲しみの色だ。
薄い哀愁ではない。
濃い青——絶望に近い、深い悲しみ。
孤独に沈んだ者の、深い悲しみの色。
第五章 青緑の虚しさ
「警察の方ですか? どうぞ、お上がりください」
浅野大樹の声は、落ち着いていた。
でも、私には分かる。
その声の背後に、黄色が揺れている。
満足を装った、演技された感情。
部屋に入った瞬間、私は膝から崩れ落ちそうになった。
青緑色だ。
部屋全体が、青緑色に染まっている。
それが空間を満たし、壁に染み込み、天井から垂れ下がっている。
まるで部屋全体が停滞した沼のようだった。
……苦しい。
この青緑色は、何年も、何年も蓄積されたものだ。
虚しさと諦めが、まるで地層のように積み重なっている。
その下には青——悲しみの層がある。
そしてさらにその下には、灰色——恥の層が。
「大丈夫ですか?」
浅野が心配そうに尋ねるが、その「心配」は偽物だ。
「すみません……大丈夫です」
「浅野さん」
湯坂が話し始める。
「あなたは三年前、コミュニケーション研修の講師をされていましたね」
「ええ、しばらくそういう仕事を」
「その時の受講者に、沢田恵理子、森永聡美、屋島由紀、城崎美和という名前に覚えは?」
一瞬の沈黙。
その瞬間、彼を取り巻く青緑色が……割れた。
内側から、激しい赤色が噴き出した。
怒り。
抑圧され続けた、激烈な怒りの色。
それが、まるで溶岩のように部屋中に広がっていく。
「ああ……覚えていますよ」
浅野の声は、変わらず穏やかだった。
でも、その声の背後で、赤色が燃え盛っている。
「よく覚えています。彼女たちは……私を笑ったんです」
笑った。
その言葉が、空気を震わせた。
赤色が、さらに激しく燃える。
私は歯を食いしばった。
この怒りの熱が、私の体を焼く。
額に汗が浮かぶ。シャツが背中に張り付く。
「どういう意味ですか?」
湯坂が問う。
「……聞こえたんですよ。休憩時間に、彼女たちが話しているのが」
浅野の拳が、かすかに震えた。その震えと共に、赤色が波打つ。
「『あの講師、何か不自然だよね』『上辺だけって感じ』『本当はコミュニケーション取れない人なんじゃない?』って」
赤色が、茶色に変わった。
嫌悪の色だ。
ドロドロとした、粘度の高いオリーブがかった茶色。
違和感を超えた、憎悪に近い嫌悪。それが浅野の周りを渦巻きはじめた。
「その通りでした」
浅野が鼻で笑った。
「私は偽物だった。だから、彼女たちは正しかった」
浅野が私を見た。
その目に、一瞬だけ、本物の感情が見えた。
深い、深い悲しみ。青色の……いや、違う。その奥に、灰色がある。
恥の色。屈辱の色だ。
「でも……だから許せなかったんです」
浅野の声が震えた。
その震えが、部屋中の色を揺らす。
赤色、茶色、青色、灰色……それらが混ざり合って、カオスを作る。
私は膝をついた。
床が冷たい。その冷たさに、すがる。
浅野の灰色が、私の灰色と重なる。恥と恥が、共鳴する。
……痛かった。
第六章 茶色の嫌悪
「色見!」
湯坂が私の肩を掴んだ。
「大丈夫か?」
「……ああ、すまない」
私は立ち上がった。
浅野が私を見ている。
その目に、奇妙な疑惑と共感のようなものが浮かんでいた。
「あなたも……見えるんですか?」
浅野が囁いた。
私の心臓が跳ねる。
「何が」
「色です。人の感情の……色が」
時間が止まった。湯坂が息を呑む音が聞こえる。
浅野は笑った。灰色の笑い。自嘲の色。
「違いますか。でも、あなたの目を見れば分かります。普通の人とは何か違う。何かが……見えているんでしょう?」
私は答えなかった。答えられなかった。
「私には見えません」
浅野が続ける。
「でも、感じるんです。人の感情が……まるで波のように、私に押し寄せてくる」
浅野が椅子に座った。
その周りの青緑色が、ゆっくりと動く。
虚しさが、彼を包み込んでいる。
「私は、人とうまく話せない人間でした」
浅野の声は、淡々としていた。
でも、その声の奥に、痛みがある。
「子供の頃からそうです。言葉が出てこない。視線が合わせられない。友達ができない」
青色が、濃くなる。悲しみが、深まっていく。
「いつも一人でした」
私も知っている。その世界を。
「だから、勉強したんです。必死に」
浅野が続ける。
「コミュニケーションの技術を、心理学を、NLPを、コーチングを。そして、ついに……コミュニケーションのプロになれた」
浅野が自嘲気味に笑う。
その周りに、薄い桃色が浮かぶ。
誇りの色だ。
だが、それは好意の段階を超え、濃くなりすぎていた。つまり、傲慢だ。
「皮肉でしょう? 一番苦手だったことが、私の仕事になったんです」
その笑い声が、黄色い光となって見える。
作られた喜び。満足を装った演技。
「でも、演技だったんです。全部。私は本当は、人と繋がることができない。ただ、繋がっているフリが……上手くなっただけ」
浅野の拳が震える。その震えと共に、赤色が再び燃え上がる。
「そして、あの研修の日——」
赤色が、茶色に変わった。
嫌悪の色。ドロドロとした、吐き気を催すようなオリーブ茶色。
憎悪に近い、濃い嫌悪。
「あの四人の発する色は、他の人たちとは異なるものでした。彼女たちは、私の演技を見抜いていたんです」
浅野の声が、低くなる。
「『上辺だけ』『不自然』『本当はコミュニケーション取れない人』……そう、嘲笑った」
「まったくもってその通りでした。私はしょせん、偽物なんですよ」
茶色が、部屋中に広がる。
私の喉が詰まる。
この嫌悪の色が、まるで粘液のように喉に張り付く。
「でも……だから許せなかったんです」
浅野が虚ろな目で私を見た。
「彼女たちを否定することで、私は肯定されたような気がした。殺しながら、私は平静でした。いいえ……むしろ満ち足りていた」
黄色。
それが、浅野の周りに浮かぶ。
歓喜の色。
「三人は私のことを覚えてすらいなかったんですよ。皮肉なもので、私を嘲笑ったことも忘れたみたいです」
「彼女たちは、ただただ恐怖に怯えていた。俺を嘲笑った奴らの顔が恐怖で歪むのは、意外にも良いものでした」
「でも、四人目の彼女は、私のことを覚えていました。そして、死ぬ間際に怒りを滲ませてきました。『馬鹿高いだけで中身のない研修会、参加するんじゃなかった』と」
「四人も殺した結果、私は絶望を感じました。」
青緑色が、黄色を呑み込み、青色に変わった。
「もう……疲れました」
浅野が両手を差し出した。その手が震えている。
私は手錠を取り出した。手が震える。
でも、かける。
「浅野大樹、あなたを殺人罪の容疑で逮捕する」
なぜだろう。私の声も震えていた。
恥と恥。孤独と孤独。
浅野の灰色と、私の灰色が、重なって見えた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。