完璧な別れ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
別れをサポートするAIの話。
本文
第一章 アプリの導入
「別れを、最適化しませんか?」
スマホの広告が、僕の目を引いた。『フェアウェル』――恋人との別れをサポートするAIアプリ。レビューは星4.8。「傷つけずに別れられた」「後悔のない別れができた」と絶賛の声が並んでいる。
僕は彼女、梢との関係に限界を感じていた。三年付き合った。悪い人じゃない。でも、最近は会話が続かない。一緒にいても、なぜか孤独を感じる。
別れを切り出すべきだ。でも、どうやって? 何を言えば、彼女を傷つけずに済むだろう?
その夜、僕は『フェアウェル』をダウンロードした。
「ようこそ。あなたの状況を教えてください」
AIは優しい声で問いかけてきた。僕は交際期間、最近の会話の内容、お互いの性格を入力した。AIは数秒で分析を完了する。
「理解しました。最適な別れのプランを提案します」
画面に表示されたのは、詳細なステップだった。いつ、どこで、何を話すべきか。相手の反応に応じた対応パターンまで用意されている。
「本当に、これで大丈夫なのか?」
「大丈夫です。成功率98.7%の実績があります」
僕は深呼吸をして、プランの実行を決意した。
第二章 完璧な別れ
一週間後、僕はAIの指示通りに行動を開始した。
「梢、今度の日曜日、例のカフェで話せないかな」
『フェアウェル』が推奨した、静かで人の少ない時間帯。彼女は「うん、いいよ」と快く承諾してくれた。
日曜日の午後三時。カフェの窓際の席。AIが指定した通りの場所に座る。
梢が来た。いつもの笑顔で、少し緊張した様子で。
「どうしたの? 改まって」
「あのね、梢……」
僕はスマホに表示されたセリフを見ながら、言葉を選んだ。
「最近、俺たち、ちょっと距離を感じてるんじゃないかって思うんだ。悪いのは誰でもない。ただ、お互いに違う方向を向き始めてる気がする」
梢の表情が曇る。AIは「ここで5秒待つ」と指示していた。僕は黙って待つ。
「……実は、私も」
梢が口を開いた。
「私も、同じこと考えてた」
え?
「最近、一緒にいても、どこか孤独を感じてて。あなたを傷つけずに別れる方法を、ずっと考えてたの」
僕の心臓が早鐘を打った。まさか。
「それで、今日、この場所で、話そうと思って……」
梢が続ける。
「悪いのは誰でもない。ただ、お互いに違う方向を向き始めてる気がする、って伝えようと思ってた」
同じ言葉。全く同じ言葉だった。
僕は震える手でスマホを取り出した。
「梢、まさか……『フェアウェル』使ってる?」
彼女の顔が凍りついた。
「え……あなたも?」
第三章 規格化された別れ
僕たちは同時に、スマホの画面を見せ合った。
同じアプリ。同じプラン。同じ日時、同じ場所、同じセリフ。
AIは僕たちを分析して、お互いに「同じタイミング」で別れを切り出すことが最適だと判断したのだ。効率的に。傷つけないように。完璧に。
「なんだか、笑えるね」
梢が苦笑した。
「うん……笑えるよ」
僕も笑った。でも、笑いながら、胸が締め付けられた。
僕たちは三年も一緒にいたのに、最後の最後まで、自分の言葉で向き合えなかった。AIに頼って、効率的に、傷つけないように、別れようとした。
「でも、さ」
梢が言った。
「これが、今の私たちなんだよね。自分の言葉で別れることすら、できなくなってる」
そうだ。僕たちは便利さに慣れすぎた。AIが最適解を出してくれる。傷つかない。迷わない。でも――。
「梢」
僕は画面を閉じて、彼女の目を見た。
「AIの言葉じゃなくて、俺の言葉で言うよ。三年間、ありがとう。楽しかった。でも、もう限界だと思う。ごめん」
梢も涙を浮かべながら、笑った。
「私も。三年間、ありがとう。幸せだったよ。でも、もう無理だと思う。ごめんね」
不器用で、ありきたりで、AIが提案したセリフよりもずっと下手な言葉。
でも、確かにそれは、僕たちの言葉だった。
カフェを出ると、スマホに通知が届いた。
『フェアウェル』からだ。
「別れは成功しました。満足度評価をお願いします」
僕は通知を無視して、スマホをポケットにしまった。
梢も同じように、スマホをしまった。
僕たちは最後に、お互いに手を振って、別々の方向へ歩き出した。
完璧じゃない、でも確かに僕たちの、別れだった。
――了――
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