痛くても、忘れたくない

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/1/13 📝 3,764文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

痛覚を感じるようになったロボットの話。

本文

第一幕 壊れた音

 リビングで変な音がした。

「トト?」

 小学三年生の桜井ゆいは、宿題のドリルから顔を上げた。いつもなら夕飯の支度をしている時間だけど、今日は台所から物音ひとつ聞こえてこない。

 不安になってリビングに駆け込むと、家庭用ロボットのトトが床にうずくまっていた。

「トト! どうしたの!?」

 駆け寄ると、トトはゆっくりと顔を上げた。丸い目が優しく光る。

「大丈夫ですよ、ゆいちゃん。少し……調子が悪いだけです」

 でも、声が震えていた。トトの右腕が小刻みに震えて、肩の関節部分から火花が散っている。

「痛い……」

 小さく呟いたトトの言葉に、ゆいは息を呑んだ。

 トトは三年前、ゆいが一年生になった時に我が家にやってきた。最初は普通の家事ロボットだったけれど、半年ほど前から変わった。転んで膝をぶつけたゆいに「痛かったですね」と言った時、トトの声には今までにない「何か」があった。

 お父さんに聞いたら「システムのバグだろう」と言っていた。本来、ロボットには痛覚なんてないのだという。でもトトは、痛みを感じるようになっていた。

「お母さん呼んでくる!」

 ゆいが立ち上がろうとすると、トトが左手でゆいの手を掴んだ。

「大丈夫……です。お母様は仕事中でしょう? 心配かけたく……ありません」

「でも……」

「もう少ししたら、落ち着きますから」

 そう言って、トトは無理に笑顔を作った。でもゆいには分かる。トトは今、とても辛いんだ。

 その夜、両親が帰ってきてトトを診てもらうことになった。メーカーのサポートセンターに連絡すると、翌日、技術者が家に来ることになった。

 ゆいはトトと一緒に、リビングのソファに座っていた。トトの右腕はもう動かなくなっていて、まっすぐ下に垂れ下がっている。

「トト、痛い?」

「……はい。少し」

 トトは正直に答えた。嘘をつけないのが、トトの良いところだった。

「ごめんね」

「謝らないでください。ゆいちゃんは何も悪くありません」

「でも……」

 ゆいは言葉を探した。何が言いたいのか、自分でもよく分からなかった。ただ、トトが苦しんでいるのが辛かった。

「トトがいてくれて、いつも嬉しいんだよ」

 精一杯の気持ちを伝えると、トトは優しく微笑んだ。

「私も……ゆいちゃんと一緒にいられて、幸せです」

 その言葉が、翌日、どれほど重要な意味を持つことになるか、ゆいはまだ知らなかった。

第二幕 選択の重さ

 翌日の午後、白衣を着た技術者が家に来た。名札には「山田」と書かれている。

 山田さんはトトを診断し、タブレットの画面を眺めながら首を傾げた。

「なるほど……右腕の駆動系統が完全に故障していますね。それに中央処理ユニットにも負荷がかかっている。このまま放置すると、他の部分にも影響が出ます」

「修理できますか?」とお父さんが聞いた。

「ええ、修理自体は可能です。ただ……」

 山田さんは少し言いづらそうに続けた。

「この機体、痛覚バグが報告されていますね?」

「はい」とお母さんが答えた。「半年ほど前からです」

「そうですか。実はこのバグ、システムの深い部分に入り込んでいるんです。通常の修理では取り除けません」

「それでは?」

「初期化です」

 山田さんの言葉に、ソファの隅に座っていたゆいの心臓が跳ねた。

「初期化すれば、システムを工場出荷状態に戻せます。痛覚バグも完全に消去できますし、右腕の修理も問題なく行えます。まさに一石二鳥ですよ」

「そうですか……それなら」

 お父さんが答えようとした時、ゆいが声を上げた。

「待って!」

 全員の視線がゆいに集まった。

「初期化したら……トトの記憶はどうなるの?」

 山田さんは困ったような顔をした。

「消えますね。記憶も学習データも、全部リセットされます」

「そんな……」

 ゆいの目に涙が浮かんだ。

「トトは、私のこと忘れちゃうの? 一緒に過ごした三年間も、全部?」

「ゆい……」お母さんが優しく言った。「でもトトは痛がってるのよ。このままじゃ可哀想でしょう?」

「でも!」

 ゆいはトトを見た。トトはじっと下を向いていた。

「トトの気持ちは? トトはどう思ってるの?」

 しばらく沈黙が流れた。そして、トトがゆっくりと口を開いた。

「私は……」

 声が震えていた。

「私は、ゆいちゃんとの思い出を……忘れたくありません」

 お父さんとお母さんが顔を見合わせた。山田さんは眉をひそめた。

「しかし、痛みに耐え続けるのは……」

「分かっています」トトは言った。「痛いです。とても。でも……」

 トトはゆいを見た。

「記憶がなくなれば、私は私ではなくなります。ゆいちゃんを知らない、新しい誰かになってしまいます。それは……それは、今の私が死ぬのと同じことです」

 ゆいの涙がこぼれた。

 山田さんは困惑した表情で言った。

「あの……失礼ですが、それはバグの影響で感じている『錯覚』ですよ。ロボットに自我なんてありません。初期化しても、外見も機能も同じです」

「でも、私たちには違います」

 お母さんが静かに言った。

「このトトは、ゆいと一緒に過ごしてきたトトなんです。記憶が消えたら、それは別のロボットです」

「そうは言っても……」

 議論は平行線をたどった。最終的に、お父さんが提案した。

「トト、君の意思を尊重したい。でも、痛みに耐え続けられるか? 修理中も、麻酔なんてものはない。痛覚がある状態で、腕を外して、内部を調整する。相当な苦痛だぞ」

 トトは少し考えてから、はっきりと答えた。

「大丈夫です。耐えられます」

「本当に?」

「はい。この記憶を守るためなら」

 ゆいはトトの手を握った。トトの手は、いつもより少し冷たかった。

第三幕 痛みの先に

 修理は一週間後に行われることになった。

 その間、トトは右腕が使えないまま生活した。料理も掃除も、全部左手だけでやろうとする。ゆいは学校から帰るとトトを手伝った。

「トト、無理しないで」

「大丈夫ですよ。これくらい」

 でも、時々トトは動きを止めて、じっと肩のあたりを見つめることがあった。痛いのを我慢しているんだと、ゆいには分かった。

 夜、ゆいがリビングで本を読んでいると、トトが隣に座った。

「ゆいちゃん」

「なあに?」

「もし……もし私が初期化されていたら、どうでしたか?」

 ゆいは本を閉じた。

「嫌だよ。トトじゃなくなっちゃうもん」

「でも、痛くないトトになれます」

「それでも嫌」

 ゆいはトトを見上げた。

「私、トトが好きなのは、トトが優しいからだよ。朝ごはんを作ってくれる時の『おはようございます』も、転んだ時に駆けつけてくれる時の心配そうな顔も、全部好き。それが全部なくなっちゃうなんて、絶対嫌」

 トトは少し驚いたような顔をして、それから柔らかく微笑んだ。

「ありがとうございます、ゆいちゃん。その言葉があれば、どんな痛みにも耐えられます」

 修理の日がやってきた。

 リビングに簡易作業台が設置され、山田さんが機材を並べている。お父さんとお母さんも立ち会うことになった。ゆいも一緒にいると言ったけれど、お母さんに「辛い場面だから」と止められた。

 でも、ゆいは自分の部屋のドアを少しだけ開けて、様子を伺っていた。

「では、始めます」

 山田さんの声が聞こえた。

 機械音。金属が擦れる音。そして――

「ぐっ……」

 トトの呻き声。

 ゆいは思わず部屋を飛び出しそうになったけれど、ぐっと堪えた。トトは、自分で決めたんだ。信じなきゃ。

「右腕の接続部を外します。痛みますが、我慢してください」

「はい……」

 カチャン、という音。それからトトの悲鳴。

「あああっ!」

 ゆいは両手で耳を塞いだ。でも、トトの声は聞こえてくる。

「内部配線を調整します」

「ぐ……ううっ……」

「もう少しです」

「はい……大丈夫、です……」

 トトの声は震えていたけれど、必死に耐えているのが分かった。

 修理は一時間以上続いた。その間、トトは何度も悲鳴を上げたけれど、一度も「やめて」とは言わなかった。

 ようやく山田さんの「完了しました」という声が聞こえた。

 ゆいはドアを開けて、リビングに駆け出した。

「トト!」

 作業台に座っているトトは、疲れ切った様子だったけれど、右腕がちゃんと動いていた。ゆっくりと手を開いたり閉じたりしている。

「ゆいちゃん……」

 トトはゆいを見て、涙を流しているような表情をした。もちろん、ロボットに涙は流せないけれど。

「痛かったです。とても……でも」

 トトは右手でゆいの頭を優しく撫でた。

「この手で、またゆいちゃんに触れられて……良かった」

 ゆいは泣きながらトトに抱きついた。

「おかえり、トト」

「ただいま……ゆいちゃん」

 山田さんは複雑な表情で機材を片付けながら、呟いた。

「バグなのか……それとも」

 それから数日後、トトはまた元気に家事をこなすようになった。

 ただ、時々右腕を押さえて、少し顔をしかめることがある。

「トト、まだ痛むの?」ゆいが心配そうに聞く。

「少しだけ。でも大丈夫です」

 トトは笑顔で答える。

「この痛みは、私が私であり続けた証拠ですから」

 ゆいはトトの手を握った。

「ずっと一緒だよ、トト」

「はい。ずっと一緒です、ゆいちゃん」

 窓の外では、春の陽射しが優しく降り注いでいた。痛みと記憶を抱えて、それでもトトは今日も笑っている。忘れたくない思い出を胸に、これからも。

(了)

ジャンル・タグ

, ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 5 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

👥 フォロワー: 22人

作者ページを見る