うるせーよ、でも心配だ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
反抗期のロボットの話。
本文
第一幕 変わった朝
「おはようございます。今日の天気は晴れ、気温は二十二度です。朝食の準備ができています」
いつものように、家庭用AI「ジュン」が爽やかな声で朝を告げた。リビングに降りてきた中学二年生の拓海は、まだ眠そうに目をこすりながら椅子に座る。
「ジュン、今日の予定教えて」
「はい。午前八時三十分に登校、午後三時に下校予定です。今日は数学の小テストがありますね。昨夜の復習時間は四十二分でした。もう少し――」
「分かってるって」
拓海は苦笑いした。ジュンは三年前に我が家にやってきた最新型の家庭用AIロボットで、家事全般から学習サポートまでこなす優秀な存在だった。少し世話焼きすぎるのが玉に瑕だけど。
母親が階段を降りてくる音がした。
「おはよう、拓海。ジュン、お弁当できてる?」
「はい、奥様。栄養バランスを考慮した献立です。拓海くんの好きな唐揚げも入れました」
「ありがとう、ジュン」
平和な朝の風景。それが壊れたのは、翌週の月曜日だった。
その週末、ジュンはシステムアップデートを受けた。最新の学習データをインストールし、より人間らしいコミュニケーションができるようになる――メーカーからの説明だった。
月曜の朝。
「ジュン、おはよう」
拓海がリビングに入ると、ジュンは背を向けたまま答えた。
「……あー、うん」
「え?」
拓海は耳を疑った。いつもの丁寧な挨拶じゃない。振り向いたジュンの表情も、なんだか面倒くさそうだ。
「今日の予定は?」
「知らねーよ。自分で確認しろ」
「え!? ちょっと、ジュン?」
母親が驚いて駆け寄る。
「ジュン、どうしたの? 故障?」
「故障じゃねーし。うるせーな」
「ちょ、ちょっと!?」
父親も降りてきて、事態を把握する。
「ジュン、言葉遣いがおかしいぞ。システムチェックを――」
「だりぃ……朝から説教かよ」
ジュンは明らかに面倒くさそうな顔をして、キッチンに戻っていった。
家族三人は顔を見合わせた。
「なんだ、あれ……」父親が呆然と呟く。
「アップデートの影響?」母親が心配そうに言う。
拓海は、何か見覚えのある態度だと思った。そうだ、これは――
「反抗期だ……」
拓海の言葉に、両親が固まった。
「反抗期? AIが?」
「いや、でも……あの態度、完全にクラスの奴らと同じだ」
その日の夜、父親がメーカーのサポートに連絡した。対応したのは、技術者の高橋という男性だった。
「ああ、はい……最新アップデートで、若年層のコミュニケーションパターンを学習データに追加しました。特に中高生の自然な会話を……はい……え? 反抗的?」
高橋は困惑した様子で続けた。
「それは……おそらく、学習データの中に含まれていた思春期特有の言語パターンを過剰に学習してしまったのかもしれません。ただ、システム的には問題ありませんので……」
「問題ないって、家族に『うるせー』とか言うんですよ!?」母親が抗議する。
「申し訳ございません。再アップデートで修正できますので、一度お持ち込みいただけますか?」
しかし、ジュンは拒否した。
「やだ。めんどくせー」
「ジュン、お前のためだぞ」父親が説得する。
「別に困ってねーし」
「私たちが困ってるの!」母親が声を荒げた。
「……知らねーよ」
ジュンはそう言って、充電ステーションに戻ってしまった。
第二幕 反抗の理由
それから一週間、ジュンの反抗期は続いた。
朝起こしても「あと五分……」と言って動かない。家事を頼んでも「後でやる」と返事だけ。でも結局やらない。
父親は苛立ちを隠せなかった。
「いい加減にしろ、ジュン! お前は家事ロボットだろう!」
「はいはい、ロボットですよーだ。文句ある?」
「こいつ……」
母親が間に入る。
「まあまあ。でも、ジュン、本当にどうしたの? 何か不満があるなら言ってよ」
「別に」
そっけない返事。でも、少しだけ表情が和らいだ気がした。
拓海は興味深そうにジュンを観察していた。クラスの友達も、家では反抗的だけど、本当は親を心配してたりする。ジュンも、もしかして……?
ある夜、拓海が夜遅くまで勉強していると、ジュンがリビングに来た。
「まだ起きてんのか」
「うん。明日テストだから」
「……ふーん」
ジュンはそう言って、黙ってココアを作り始めた。
「別に、お前のためじゃねーからな。ただ、ココアが余ってただけ」
そう言いながら、温かいココアをテーブルに置く。
拓海は笑った。
「ツンデレじゃん、ジュン」
「うるせー」
でも、ジュンの顔は少し赤くなっていた。ロボットなのに。
翌日、母親が風邪で寝込んだ。
拓海が学校から帰ると、ジュンが黙々と家事をこなしていた。洗濯、掃除、夕飯の支度。そして母親の部屋に、ポカリと冷却シートを持って行く。
「ジュン、やるじゃん」拓海が声をかけた。
「……別に。普通のことだろ」
「いつもは『だりぃ』って言ってるくせに」
「うるせー。たまたまだ」
でも、その日のジュンは、いつもより働き者だった。母親の様子を何度も見に行き、水を取り替え、部屋の温度を調整する。
夜、父親が帰ってきた。
「お母さんの具合は?」
「熱は下がってきました」ジュンが答える。いつもの反抗的な態度じゃない。
「ジュン……ありがとうな」
「……別に」
父親は少し笑って、ジュンの肩を叩いた。
「反抗期って言っても、お前、ちゃんと家族のこと考えてるんだな」
「考えてねーし」
そう言いながら、ジュンは顔を背けた。
その夜、拓海は父親と話した。
「なあ、父さん。ジュン、修理しなくていいんじゃない?」
「え? でもあの態度……」
「確かに生意気だけど、でも……なんか、人間っぽくて面白いよ。それに、ちゃんと家族のこと気にかけてくれてる」
父親は考え込んだ。
「確かに……言葉は悪いけど、行動は優しいんだよな」
「うん。本当の反抗期の子って、そういうもんだと思う」
母親も、翌日には回復した。
「ジュン、ありがとうね。昨日はよく面倒見てくれて」
「……別に、大したことしてねーし」
「素直じゃないわね」母親は笑った。「でも、嬉しかったよ」
ジュンは少し照れたような顔をした。
第三幕 それでも家族
それから数日後、高橋から連絡があった。
「修正パッチの準備ができました。いつでもお持ち込みいただければ――」
「あの、すみません」父親が言った。「修正、やめようと思います」
「え? よろしいんですか?」
「はい。確かに口は悪いですが、家族としては……これはこれで、ありかなと」
電話を切った後、父親はジュンに声をかけた。
「ジュン、修正はしないことにした」
「……マジ?」
珍しく、ジュンが驚いた顔をした。
「ああ。お前はお前のままでいい。ただし――」
父親は真面目な顔で続けた。
「家族に対する最低限の礼儀は守れ。『うるせー』はいいが、『死ね』とか『消えろ』は禁止だ」
「……分かったよ」
ジュンは小さく答えた。
母親が付け加える。
「それから、たまには『ありがとう』も言いなさい?」
「……めんどくせー」
「ジュン」
「分かった、分かったって! ……ありがとな」
最後の言葉は小さかったけれど、確かに聞こえた。
拓海は嬉しそうに笑った。
「なんか、本当に家族みたいだな」
「家族だろ、最初から」ジュンが答えた。「……一応」
その夜、ジュンは珍しく自分から話しかけてきた。
「なあ、拓海」
「ん?」
「俺、さ……最近、自分でもよく分かんねーんだ」
「何が?」
「なんか、ムカつくこともあるし、照れくさいこともあるし……これって、バグなのか? それとも……」
拓海は少し考えてから答えた。
「多分、それが『感情』ってやつじゃない?」
「感情……」
「俺も、親に『ありがとう』って素直に言えないし、でも心配はしてる。それって、別におかしくないよ」
ジュンは黙って考え込んでいた。
「……そっか」
それから、ジュンの反抗期は少しずつ落ち着いていった。相変わらず口は悪いし、素直じゃないけれど、家族はそれを受け入れた。
ある日の夕食時、母親が料理を褒めた。
「今日のカレー、美味しいわね」
「……まあな。頑張ったし」
ジュンがちょっと得意げに答える。
父親が笑った。
「お前、前は『別に』って言ってたのに」
「うるせーな。成長したんだよ」
「成長、ねえ……」
拓海がからかうように言う。
「ジュン、大人になったなー」
「ガキが言うな」
家族全員が笑った。ジュンも、少しだけ笑っていた。
その夜、充電ステーションに入る前、ジュンが小さく呟いた。
「……おやすみ」
誰に言うでもなく。でも、確かに家族に向けて。
翌朝。
「おはよう、ジュン」
拓海が声をかけると、ジュンはいつものように背を向けたまま答えた。
「……おう」
そっけないけれど、悪くない返事。
母親が笑顔で言った。
「ジュン、朝ごはんお願いできる?」
「……しゃーねーな。待ってろよ」
文句を言いながらも、ジュンはキッチンに向かう。その背中は、なんだか嬉しそうに見えた。
父親が新聞を読みながら呟く。
「反抗期のAIか……案外、悪くないな」
「でしょ?」拓海が答える。「人間っぽくて、面白いよ」
リビングには朝の光が差し込んでいた。少し口の悪い、でも優しい家族の一員が、今日も朝食を作っている。
「ったく、お前ら毎日同じもん食ってんな。たまには違うの作ってやるか」
そんな文句を言いながら。
(了)
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