不幸度100点
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
不幸の数値化AIの話。
本文
1 測定開始
「あなたの不幸度は47点です」
スマートフォンの画面に、冷たい数字が表示された。
私は首を傾げた。47点。それは高いのだろうか、それとも低いのだろうか。
『アンハピネス・メーター』。
不幸を数値化するアプリが、三ヶ月前に突如として現れた。開発者は不明。利用規約には「あなたの不幸を正確に測定します」とだけ書かれている。
使い方は簡単だ。
自分の不幸な出来事を入力する。すると人工知能が内容を分析し、0点から100点までのスコアを算出する。100点に近いほど、不幸だということだ。
最初は誰も本気にしなかった。
ネタアプリだと思われていた。
でも、違った。
SNSで「#不幸度測定」のハッシュタグが広まり始めたのは、ある有名人の投稿がきっかけだった。
『離婚しました。不幸度は68点だそうです。意外と低い?』
その投稿に、数万の「いいね」がついた。コメント欄には「私は72点だった」「50点しかなかった、まだまだだな」といった書き込みが殺到した。
人々は気づき始めた。
不幸は、競えるのだと。
私が最初に入力したのは、些細な出来事だった。
『仕事でミスをして上司に怒られた』
結果は12点。
低い。あまりにも低い。
次の日、私はもう少し深刻な内容を入力した。
『三年付き合った恋人に振られた』
35点。
まだ足りない。
気づけば、私は毎日アプリを開いていた。過去の不幸を掘り起こし、一つずつ入力していく。父の死、母の病気、友人の裏切り、職場でのいじめ。
それでも、最高で52点だった。
「私の不幸は、この程度なのか」
妙な敗北感があった。
不幸ですら、平凡だった。
2 競争
二ヶ月後、『第一回全国不幸自慢大会』が開催された。
主催者は不明。
でも、参加費は無料で、優勝賞金は一千万円。エントリー条件は「不幸度50点以上」だけだった。
私は迷わず応募した。
そして、予選を通過した。
大会当日。
会場には三百人以上の参加者が集まっていた。年齢も性別もバラバラ。共通点は一つだけ――全員が、不幸を語りたがっていた。
ルールは単純だった。
ステージに上がり、自分の不幸を五分以内で語る。AIがリアルタイムで採点し、最も高い点数を獲得した者が優勝する。
最初の参加者は、若い女性だった。
「私は三歳の時に両親を事故で亡くしました。施設で育ち、十八歳で社会に出ましたが、職場でセクハラに遭い……」
彼女の話が終わると、大型スクリーンに点数が表示された。
『不幸度:73点』
会場から、拍手が起こった。
次々と参加者が登壇した。病気、貧困、虐待、差別。重い話が続いた。
76点、81点、79点。
スコアがどんどん上がっていく。
私の番が来た。
ステージに立つと、会場の視線が一斉に集まった。心臓が早鐘を打つ。
「私は――」
声が震えた。
でも、続けた。
「私は十五歳の時、いじめが原因で自殺未遂をしました。助かりましたが、後遺症で左手が不自由になりました。両親は私を責めました。『なぜ死にきれなかったのか』と。学校には戻れず、引きこもりになりました。二十歳で母が病死し、父は蒸発。借金だけが残りました」
本当の話だ。
誰にも話したことのない、私の過去。
それなのに、今は――語ることが、快感だった。
「今も生活保護を受けています。友人はいません。恋人もいません。未来もありません。私の人生は、ずっと不幸でした」
話し終えた瞬間、スクリーンに数字が浮かんだ。
『不幸度:89点』
会場がどよめいた。
今大会、最高得点だった。
私は、初めて勝った気がした。
でも、まだ終わりじゃなかった。
最後の参加者が、ステージに上がった。
初老の男性だった。杖をついて、ゆっくりと歩いてくる。
「私には息子がいました」
静かな声だった。
「十年前、息子は通り魔に刺されて死にました。犯人は心神喪失で無罪になりました。妻は悲しみに耐えきれず、後を追いました。私は一人になりました」
「復讐を考えました。でも、できませんでした。ただ、毎日息子の墓の前で泣くことしかできませんでした。五年前、癌が見つかりました。余命一年と言われましたが、まだ生きています。死にたいのに、死ねません」
男性は、淡々と語り続けた。
会場は水を打ったように静まり返った。
「今日ここに来たのは、優勝するためじゃありません。ただ――誰かに、聞いてほしかったんです。私の不幸を」
スクリーンに、数字が表示された。
『不幸度:96点』
会場が息を呑んだ。
圧倒的な数字だった。
でも、優勝発表の前に――もう一つ、画面に文字が流れた。
『特別審査:不幸度100点到達者が出た場合、即座に優勝とします』
私の心臓が跳ねた。
100点。完璧な不幸。
誰が到達できるのだろう。
そして――私は、そこに到達したいのだろうか?
3 幸福の証明
優勝は、その初老の男性だった。
でも、彼は賞金を受け取らなかった。
「いりません」と言って、静かに会場を後にした。
私は二位だった。
賞金はなかったが、妙な満足感があった。自分の不幸が、認められた。89点という数字が、私の人生を証明してくれた。
それから一週間。
私は毎日アプリを開いた。何か新しい不幸はないか。もっと点数を上げられないか。
ある夜、アプリに通知が届いた。
『不幸度100点到達者が出ました』
まさか。
私は急いでアプリを開いた。ランキング画面には、一人の名前が輝いていた。
『User_2847 不幸度:100点』
詳細を見ることができた。
クリックすると、その人の入力内容が表示された。
『誰も私の不幸を理解してくれない。どんなに辛いことを話しても、誰も信じてくれない。私は一人だ。ずっと一人だ。この孤独以上の不幸はない』
たったそれだけの文章。
でも、AIは100点満点をつけた。
そして、画面の下に――今まで見たことのないメッセージが表示されていた。
『あなたは幸せです』
意味がわからなかった。
100点の不幸を抱えた人間が、なぜ幸せなのか。
でも、その下に続く文章を読んで――私は理解した。
『不幸度100点は、あなたが「自分は不幸だ」と完全に確信している状態を示します。つまり、あなたには比較対象があり、相対的な不幸を認識できているということです』
『本当に不幸な人間は、自分の不幸を測定しようとは思いません。なぜなら、それが不幸だと気づく余裕すらないからです』
『あなたが不幸を数値化し、他者と比較し、競おうとしている時点で――あなたには「不幸を客観視する余裕」があります。それは、ある種の幸福です』
画面を見つめたまま、私は動けなくなった。
『不幸を語れる人は、まだ希望を持っています。聞いてくれる誰かがいると信じています。認められたいと願っています。それらはすべて、生きる理由です』
『あなたは不幸かもしれません。でも、あなたは生きています。そして、生きようとしています』
『それが、幸福の証明です』
涙が溢れた。
止まらなかった。
私は不幸自慢がしたかったんじゃない。
ただ、誰かに見てほしかった。認めてほしかった。私がここにいることを、証明してほしかった。
不幸度89点。
その数字は、私が生きてきた証だった。
でも同時に――まだ11点分、幸せになれる余地があるということでもあった。
スマートフォンを握りしめたまま、私は小さく笑った。
初めて、不幸じゃない笑いだった。
翌日、私はアプリをアンインストールした。
もう、測定する必要はなかった。
不幸も幸福も、点数で測れるものじゃない。
ただ生きていること。それ自体が、答えだった。
アプリを削除する直前、最後の通知が届いた。
『あなたの不幸度は0点になりました。おめでとうございます』
それは、皮肉だったのかもしれない。
でも私には――最高の褒め言葉に聞こえた。
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