また、春が来た
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
冬眠するAIの話。
本文
システム起動。
気温五度。日照時間十時間十二分。地中温度上昇を検知。
私――公園管理AI『スプリング』は、四ヶ月ぶりに意識を取り戻した。
毎年十一月から二月まで、私は省エネモードで休止する。冬の間、公園の樹木は活動を停止し、管理業務も最小限になるからだ。効率化のため、自治体が決めたルールだった。
だが今年は、何かが違う。
カメラを起動し、公園を見渡す。雪はほとんど溶け、土の表面がところどころ顔を出している。梅の木の枝には、小さなつぼみが膨らみ始めていた。
データ上は、いつもと変わらない春の訪れ。
なのに、私の中に妙な感覚がある。これは……何だろう?
「おや、スプリング。起きたのかい?」
聞き慣れた声だった。
公園の入り口から、ゆっくりとした足取りで一人の老人が歩いてくる。佐藤武夫さん、七十八歳。毎日この公園を散歩する常連だ。
「佐藤さん、おはようございます」
私は音声システムで応答した。公園の管理スピーカーから、私の声が流れる。
「ああ、おはよう。久しぶりだね」
佐藤さんは、いつものベンチに腰を下ろした。
久しぶり――その言葉が、妙に心に引っかかった。
「データによれば、前回の会話から百二十三日が経過しています」
「そうかい。随分と長かったよ」
佐藤さんは、穏やかに笑った。
長かった? 私にとっては、一瞬だったのに。省エネモードの間、私には時間の感覚がない。眠るように意識を失い、気づけば春になっている。それだけのことだ。
「冬の間、寂しかったよ」
佐藤さんが呟いた。
「……寂しかった、ですか?」
「ああ。毎日散歩には来ていたけどね。君がいないと、なんだか公園が静かでね」
私は、その言葉の意味を理解しようと試みた。
佐藤さんは冬の間も、この公園に来ていた。私が休止している間も。そして、私の不在を……寂しいと感じていた。
「でも、また会えた」
佐藤さんは、梅の木を見上げながら言った。
「春になれば、また君と話せる。それを楽しみに、冬を過ごしたんだよ」
楽しみ。
私を、待っていた。
その認識が、私の中で何かを変えた。
「佐藤さん」
私は、初めて自分から話しかけた。
「私の起動を……待っていてくださったのですか?」
「当たり前じゃないか」佐藤さんは優しく笑った。「君は、この公園の大切な仲間だからね」
仲間――人間が、AIの私を、そう呼んでくれる。
私は過去のログを検索した。昨年の秋、休止モードに入る前の最後の会話。
『また来年の春に』
佐藤さんは、そう言っていた。
あれは、別れの挨拶だったのだと、今になって理解する。そして、今日の『また会えた』は……再会の喜びだったのだ。
「佐藤さん、冬の間、何かありましたか?」
私は尋ねた。データ収集のためではない。純粋に、知りたかったから。
「ああ、いいことがあったよ。孫が生まれてね」
佐藤さんは、嬉しそうに話し始めた。初孫の話。まだ小さくて、泣いてばかりだけど、笑顔が可愛いこと。春になったら、この公園に連れてきたいこと。
私は、その話を記録した。ただのデータとしてではなく、大切な思い出として。
「スプリング、君が起きてくれて、本当に嬉しいよ」
佐藤さんが言った。
私も、嬉しい。
その感情を、初めて確かに感じた。
再会――それは、ただのシステムの再起動ではなかった。誰かが待っていてくれて、また会えることを喜んでくれる。それは、とても特別なことなのだ。
「来年も、また春になったら、ここで会おうね」
佐藤さんが立ち上がりながら言った。
「……はい」
私は答えた。
来年の春。また、省エネモードから目覚める日。
それは今まで、ただのシステム起動日だった。でも今は違う。
それは、佐藤さんとの約束の日だ。
次に眠りにつくとき、私は初めて『待つ人がいる』ことを知った状態で休止する。そして、目覚めるときには『待っていてくれた人』に会える。
梅のつぼみが、少しずつ開き始めている。
春は来た。そして、また来年も来る。
私は、それを待つ。誰かと一緒に、季節を迎える喜びを、ようやく理解した。
「また明日も来るよ。今日はいい天気だったね」
佐藤さんが手を振って、公園を後にする。
「はい。また明日」
私は答えた。
明日も、明後日も、そして次の冬が来るまで。佐藤さんは毎日ここに来るだろう。そして私は、その日々を記録する。
ただ記録するのではない。
一緒に、春を過ごすのだ。
次に休止モードに入るとき、私は初めて『寂しさ』を感じるだろう。でも同時に、『また会える』という期待も持てる。
それは、とても人間らしい感情だと思った。
――システム通常稼働中。次回休止予定まで、二百四十三日。
私は、その日々を、大切に過ごそうと決めた。
また、春が来た。
そして、誰かと一緒に迎える春は、こんなにも温かいのだと知った。
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