探偵少女夢邦ちゃんは恋と謎を解き明かしたい
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
探偵少女の花染夢邦は大嫌いな実家のお爺ちゃんから9歳の自分に婚約者が出来たと話される。 翌日自分のクラスにやってきた少年にいぶかしげなものを感じながらも日常を送っていくとなんとその少年、方丈縁和のことを最愛の姉が好きになってしまったと聞く。 そんな圧倒的な理不尽にさいなまれながらも彼女は姉を守るため、そして両親のような真実の愛を育むために今日も謎を解いていく。
本文
パパとママみたいな真実の愛を育みたい。どんな困難に直面しようとも、互いを愛し尊敬しあい、互いを想いやって生きてきた。あたしもそんな強くて尊い感情を胸に抱きたい――それがあたしの夢だ。
「9歳のあたしに婚約者? SNSに投稿したらバズりそうな話ね。時代錯誤も甚だしい、前時代的な老害の話としてどこぞのサイトに纏められちゃうかも」
畳の匂いは嫌いではない。い草の香りは、ささくれ立ったあたしの心を癒してくれる。壁に掛かった達筆な掛け軸も、床の間に置かれた重厚な甲冑も、触れば簡単に破れそうな薄い障子も――この和室の全てがあたしの好みだ。
ただ一つ、目の前に座る実の祖父を除いては。
あたしは和室の和の雰囲気を切り裂くような視線を放つ。
「あら、おじいちゃんにはSNSなんて難しかったかしら? ごめんなさいね、あたしは今を生きている子供だからついね」
あたしの嫌味にも眉一つ動かさず、祖父――花染國彦は孫に向けるには相応しくない、色のない視線を返してくる。彼は古今東西問わず人類最高の武器である情報を集めることに長けた探偵一家、花染家の現当主だ。
そしてそんなボケ祖父を持ってしまっているあたしは一族で歴代一と謳われる才能を持って生まれてしまった不幸な9歳の少女なのである。
「で、政略結婚ってことでいいかしら? それともあたしとその相手との子供にあたし以上の逸材を期待しているわけ? 世界を牛耳るに相応しい才能と器を持った男の子が生まれるといいわね」
祖父は動じない。実の孫であるあたしが不遜な口調で話しているというのに、少しも表情を変えない。血の繋がりを情ではなく、立場としか考えていないのだ。
「嫌か?」
「嫌じゃない理由を探す方が難しいわ。こちらは恋に恋するお年頃よ。どこの馬の骨とも知れない男とくっつけられるなんて、まっぴらごめんね」
あたしは意図的に子供らしい言葉遣いを混ぜる。もっとも偽らざる本心でもあるのだけど。
「それに、こんなちんちくりんな小学生の婚約者になろうなんて野郎は、気持ちが悪いと思わない?どこの変態紳士なのかしら?」
「それなら安心しろ」
「何が?」
「相手はお前と同い年の男だ」
「……同い年?」
一瞬、思考が止まった。この祖父の眼鏡に適う人間が同年代にいるとは思えなかった。だがすぐに不遜な瞳を浮かべる。
「同い年だろうと何だろうと、あたしの意思は変わらないわ。あたしは自由恋愛しか認めないもの」
「お前には無理だ」
本当に唐突に、絶対零度よりも冷たい視線と口調があたしを貫いた。
「お前は人を愛するなんて無駄なことができない……そんなことは俺以上に、お前自身が分かっているはずだ」
「……うるさいわよ」
言葉が胸に刺さった。どんな刃物より鋭利なくせに痛みがない。その代わり苛立ちがマグマのように湧き上がってくる。
「家族を愛しているふりをするのが限界だ。恋なんてできるはずもない。お前は決して手に入らぬものに焦がれているだけに過ぎない」
「黙れって言ってるのが聞こえないのかしら?それともボケた?良い老人ホームを探してあげた方が良いかしらね。
何にしてもあんたの戯言にも、あたしの意思を無視した婚約にも付き合うつもりはないわ」
「お前にとっても益になる話だぞ。くだらない憧れなど捨てろ」
怒りをぶつけても意味はない。涙ながらに懇願したとしてもやはり意味はないだろう。
だが、意味がないと分かっていてもこれだけは言っておかなければ気が済まない。
「ガキが憧れを持たなくなったらお終いでしょう、耄碌爺」
あたしは立ち上がり、力いっぱい扉を開けた。冷たい廊下の空気が和室の空気を押し流していく。そして、音を鳴り響かせながら閉めた。
「あたしは絶対にパパとママみたいに幸せな家庭を築いてみせる。その暁には、あんたの大事な花染家をぶっ潰してあげるわ」
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廊下を歩いていると、声をかけられた。
「夢邦ちゃん、相変わらず反抗期みたいだね」
振り返ると、伯父の花染幸充が立っていた。薄っぺらい笑顔に、ダンディな髭。高い身長、そして着ているのは仕立ての良いスーツだ。ネクタイだけがやけに鮮やかな朱色で、不規則な間隔で細かな刺繍が施されているのが目に入ってきた。ここまでならなかなかのイケオジとやらに分類されるかもしれないが、花染家の紋章が大きく刺繍されているせいで途端にボロ雑巾を身に纏った犯罪者以下の存在に成り下がる。
「伯父さん……相変わらず、こんなどうしようもない家のことが好きみたいね。花染家の紋章なんて趣味の悪いもの、服につけているなんて」
「趣味が悪いなんて酷いな。僕は結構気に入ってるんだけど。ほら、この花の模様とか、最高にクールだと思わない?」
伯父は笑いながら答える。
「それで? 親父に何を言われたの?」
探りを入れているのかしら?てっきりこの二人は組んでいると思っていたけれど……まあいいわ。
「取り留めもない話よ。それより伯父さん、花染家を愛するのも結構だけど、そんなに執心しないことね」
あたしは宙で手を開き、伯父の胸の紋章の前で強く握る。壊れるほどに強くだ。
「あたしがぶっ潰すんだから。中年になってからの転職は辛いわよ。先のない探偵の仕事なんかより、他のスキルを身につけておくことね。それともプライドを捨てて、同業他社に雇ってもらう方がお好み?」
「まったくもう……僕は好きになってもらいたいんだけどな。どうしてそういうことを言うの?」
「あたしの趣味に合わないのよ、何から何までね」
「君ほど花染家に合っている才能の持ち主はいないのに……残念だよ」
伯父さんは興味なさそうに首を振った。あたしの性格をしっかり分かっているようね。
「人生の先輩としてアドバイスだ。そんな心構えじゃ、いずれ手痛い目に遭うよ」
手痛い目? あんた達と話しているこの時間が十分に苦痛よ。
「まあ、忠告は心の隅に置いておいてあげるわ。そして、そんな伯父さんに可愛い姪っ子から純粋な言葉をあげましょう」
あたしはポケットからイチゴオレを取り出し、喉に通す。
「やれるもんならやってみなさい。現実を直視するのをカッコいいと勘違いしたボケどもにあたしは負けないわよ」
「やれやれ、強情な子だ。君の旦那さんになる人は大変そうだね」
ぼそりと、まるで口からこぼれるような一言だった。
「愛があれば何とでもなるわよ」
「あれば、ね」
はっ。こんなのがママのお兄ちゃんだって言うんだから、DNAって不思議よね。
まあ、あたしとお姉ちゃんの違いの方が、よっぽどおかしいか。
方や天使、片や間抜けな悪魔………どうしてこうなったのかしらね。
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