愛を、はかる
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
Web小説作家であるあなたは、ある日SNSで交流のある作家 彩華じゅんに呼び出された。 彼女が語り出したのは、歪で不完全な青春の話だった。
本文
Web小説作家の「 」先生、ですよね? 初めまして。私はじゅん、彩華じゅんと申します。
お忙しいところ、お呼び立ていたしまして申し訳ありません。あなたに私の話をぜひ書いて欲しいと思いまして。
え? 自分で書けばいいって? はは、それはそうですね。しかし、それじゃあ意味がなくて。私はどうしてもあなたが良かったんですよ。
ああ、コーヒーを注文しておきました。SNSでお好きだと呟いていらしたので、この店のオリジナルブレンドを。どうぞ。
早速ですが、お話に入らせていただきますね。私が今からするのは、今から16年前にお付き合いをしていた彼女の話です。
あ、顔がひきつりましたね? いえ、お気になさらずに。そういうのが苦手な方もいるのは存じております。
彼女とは、入学した専門学校で出会いました。私はあまり人とコミュニケーションをとるのが得意ではないオタクなのですが、彼女は誰彼構わずガンガン絡んでいく社交性のあるタイプでした。
彼女と私は、好きなアニメや漫画、ハンドメイド趣味や笑いのツボがとても似ていました。 お互いに居心地のよさを感じた私たちは、すぐに仲良くなりました。 彼女は専門学校への入学を期に、沿岸の街から学校のある県庁所在地に引っ越して来ました。
私は彼女が住んでいた一人暮らしのアパートに、他の友人たちとよく遊びに行っていました。
ある時、たまたま私が一人でアパートに行くことがありました。そこで彼女は、自分が同性に惹かれるタイプであることを打ち明けて来ました。
今でこそ既婚者ですが、当時の私はセクシャリティが曖昧でした。好きになるのは同性が多かったので、多分自分もそうだと彼女に話しました。 そこからはあっという間です。
私の言葉を聞いた彼女は、私のことが好きだと言いました。私も彼女のことは憎からず思っていたので、私たちは友達から恋人同士になりました。
すみません、コーヒーのおかわりをいただけますか?
失礼。長く話していると喉が乾いてしまって。どうぞあなたも何か頼んでください。
彼女は母子家庭でしたが、母親との関係があまり良くありませんでした。細かいところは忘れてしまいましたが、所謂過干渉というものが辛いと彼女はよくこぼしていました。
母親がアパートに来る度に情緒不安定になる彼女の話を聞き、時にはカウンセリングに付き添い、私は分からないなりに彼女に寄り添おうとしました。けれど、心に手を触れるのはなかなか難しいもので、私の努力は「余計なお世話」として斜め上に滑り続けるだけでした。
そんなある時です。天然石のアクセサリー作りを得意としていた彼女は、1本のブレスレットを作りました。 彼女はそのブレスレットに、当時ハマっていたアニメのキャラクターの名前を付けました。猫耳のついたイケメンキャラクターだったので、ここでは「猫メン」と呼びましょう。
そして、私にこう言いました。
『タルパって知ってる?』
ああ、ご存知ありませんか? 詳しいところは丁寧に解説してくれているサイトがあるので、後ででもいいです。ググってみてください。
彼女は、ブレスレットに猫メンのタルパを宿らせようとしていました。しかし、出来ませんでした。 どうしてかって?
さあ、本当のところは正直私も分かりません。ただ、彼女は言っていました。
『私はメンタルブロックが強すぎるせいでタルパを動かせられない』
メンタルブロック……ですか?
それもググってみてください。ごめんなさい。本当に説明が苦手なんです。すみません。
彼女は自分ができない代わりに、私にタルパを作ってみるように言いました。 彼女の言うタルパやメンタルブロックがどういうものなのかは理解できていませんでしたが、演劇脚本や小説書きを通じて想像力だけはありましたから。やってみました。
ブレスレットに宿っている猫メンになりきるイメージで、猫メンの言葉を翻訳するようにして彼女に伝えました。彼女は喜びました。 事実、私には猫メンの基礎知識はあれど、キャラを深く掘り下げるだけの解像度を持っていませんでした
なので、なりきりはキャラクターからは完全に離れ、途中から完全に私のオリジナルと化していました。それでも彼女は喜びました。
これは今の私がキャラクターを描く時もそうですが、私はキャラクターのセリフを頭で考えません。頭の中でキャラクターが話したことを書き写しているだけです。同じことを猫メンのタルパでもやりました。
結果、彼女は「彼」に恋をしました。
いや、あれは恋ではなかったかもしれません。「依存」か「崇拝」か、分かりません。今思えばそうだったかもしれないと思うだけで、当時は恋だと思いました
恋人である私の前で、彼女と「彼」は甘言を交わし合いました。
いえ、あれは私の創造物なので、交わし合っていたのは彼女と私だったのかもしれません。彼女の視線が私ではなく私の言葉に向いていることを除けば、私たちは普通の恋人同士だったはずです。そうですよね? 違いますか?
私は彼女のことが、恋人としても友人としても好きでした。
だから最初は嫌……違いますね。恋人の前でそんなことをするなんて、どういうことだと思いました。嫉妬ではないんです。常識としてどうなのかと怒っていたと思います。
本当に好きだったのかって? どうしてそんなことを聞くんです?
怒ってはいましたが、病んでいく一方の彼女が猫メンと話している時だけは楽しそうで、こんな存在でも心の支えになるならばいい、とも思っていました。
猫メンと話すのとは対照的に、彼女の私に対する態度は悪くなっていきました。
子供が母親にするようなわがままを繰り返し、デートで動物園に連れて行ったときには、冬の換毛期でボサボサ状態の動物を見て可哀想になったと機嫌が悪くなる始末でね。ええ、困りましたね。
それでもよかったんです。猫メンがいる限り、彼女は私から離れられないと思っていましたから。
彼女との関係が変わったのは、お付き合いを始めて一年後。そうです。東日本大震災のあった年です。
学校が冬季休業に入って、彼女は沿岸の実家に帰省していました。
行ったことはなかったんですけどね、彼女の実家は海の目の前でした。
何で知ってるかって? 連絡が取れなくなったからです。ネットの地図で住所を検索して、その地区が今どういう状況なのか、調べに調べたからです。
ストーカーって、おっしゃいます? 良かった。さすがに言われませんよね。あの状況じゃ。
私は内陸に住んでいたので、津波の被害こそありませんでした。でも、地震の影響で停電、ガソリンの不足、食料品の買い占めなんかが起きて身動きが取れない状況でした。
実家は農家で、当然のように家庭用の発電機がありました。なので、停電してはいましたがいち早くテレビで何が起きているか知ることができました。
どんな映像が流れていたかは、言いません。「 」さんも見たことありますでしょ?
あれが一日中流れていて、彼女との連絡は一向にとれません。
グーグルのパーソンファインダーに、彼女と、彼女の母親の名前を入れて連絡が来るのを待ちました。避難所の避難者リストを毎日確認しました。まだLINEなんてない頃です。届いているかすら分からないメールの返事が来るのを待ちました。それしか、できませんでした。
彼女と連絡が取れたのは、確か一週間と少し、経った頃だったでしょうか。
何と書いてあったのか、もう覚えてません。でも、メールが来て手が震えたのを覚えています。
彼女が母親と一緒に避難所からアパートに引っ越してくることになって、私は母と一緒に大量の食糧とかタオルとか、生活に必要なものをしこたまもって車を走らせました。
再会した時にどんな話をしたか、彼女たちがどんな顔をしていたか、忘れてしまいました。あまりの連絡の取れなさに、正直彼女は死んだんだと思っていたんです。それが、生きていて、目の前にいて、泣くとかじゃないんです。どう言ったらいいか……名状しがたいなあ。とにかく良かったって、それだけで。ごめんなさい。本当にあんまり覚えてないんです。
震災から半年くらい経った頃、彼女のアパートに泊まりに行った時のことです。すみません。記憶が大分飛んでるんです。
彼女は私に言いました。
『私がいなくなって、泣いた? 』
何を言ってるのか分かりませんでした。
「泣いた」から何? 「泣かなかった」から、何?
その言葉で、何をはかろうとしている?
私の愛を、はかろうとしている?
心の底がスンっと冷えましたね。
その後も彼女とは変わらずお付き合いを続けていましたが、この一言が決定的になって彼女への思いに憎しみの感情が混ざり始めました。
ああ、大丈夫ですよ。だからって殺したりって訳じゃないですから。そんな顔せず。
すみません。コーヒー、もう一杯いただけますか? 砂糖とミルク多めで。この方にも。
すごいですね。結構話したのに、メモの手に余裕がある。さすがはランカー作家さん。
専門学校を卒業するまでの残りの三年、彼女とは関係を続けましたよ。
普通にオタ話をして、笑って、時には恋人らしいこともしながら……ん? そこ突っ込むのは大分ノンデリですけど、大丈夫そ? はは、冗談です。
その間、私と彼女の間にはやっぱり猫メンが挟まっていました。
震災という大きな出来事があって、彼女の猫メンへの依存は前より強まっていました。
私も、彼女が望むままに猫メンを差し出すのをやめませんでした。
学校を卒業してからも関係は続いていて、ある日些細なことでケンカをしました。
どのくらい些細だったのか、それも覚えてません。
だけど、私はそのケンカの後、彼女の電話も、メールも、SNSも全部ブロックしました。
彼女があれだけ依存していた猫メンを自分の頭の中だけのものにして、彼女との関係をきれいさっぱり断ち切りました。
あの後彼女がどうなったのか、今どうしてるのか、知りません。知りたいとも思いません。
未練? ないない。
何でだろう、人に話してみたくなったんです。
どうして自分にって?
それはね、この気色の悪い物語に、あなたの解釈を加えて欲しいんです。
この中途半端な記憶に名前を付けて、あなたの解釈で再翻訳してほしい。
あなたの作品、全部拝読しました。みんなきれいでした。だから、そのきれいな世界の住人に、彼女と猫メンを加えて欲しい。深い意味はないですよ。
私はあなたの作品が好きで、あなたのファンなんです。
はは、困っちゃいますね。本当に困る。
コーヒー、気に入っていただけましたか? ここは焼き菓子も美味しいですよ。パウンドケーキ、お好きだって呟かれてましたよね?
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