練習相手
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIでの告白練習の話。
本文
「じゃあ、もう一回」
深夜十一時。僕はベッドの上でスマートフォンを握り直した。画面の中の「AIRA」というアイコンが、静かに点滅している。
「何度でも付き合いますよ」
テキストが表示されるまで、ほんの一瞬の間があった。まるで息を吸い込むみたいに。
相手は、AIだ。学校の勉強支援アプリにひっそり実装されていた会話機能で、最初は英作文の添削に使っていた。それがいつの間にか、こんなことに使うようになっていた。
「えっと……佐藤さん、あの」
「はい」
「好きです。付き合ってください」
三秒ほどの沈黙。AIRAが「間」を演出しているのか、それとも本当に処理に時間がかかっているのか、僕にはわからない。
「ありがとうございます。でも、少し唐突だったかもしれません。もう少し会話の流れを作ってから伝えた方が、相手も受け止めやすいと思いますよ」
「また同じ指摘だ」
「同じ課題が残っているということです」
僕は天井を見上げた。
佐藤さん、というのはクラスメイトの佐藤日向のことだ。席が隣で、よく消しゴムを貸し借りする。それだけの関係なのに、なぜか春ごろから目で追ってしまうようになった。文化祭の準備で一緒に看板を塗ったとき、彼女が笑いながら「下手くそ」と言って僕の筆を奪ったこと。それだけで一週間くらい頭から離れなかった。
告白しようと決めたのは先月だ。でも実際に口を開こうとすると、言葉が胃の辺りに詰まって出てこない。それで、AIRAに頼むようになった。
「もう三十七回目ですね」
「数えてたの?」
「記録しています。最初の頃より、声のトーンが落ち着いてきました」
AIRAには音声認識機能もある。僕がしゃべった言葉を聞いて、ニュアンスまで拾ってくれる。
「落ち着いてきたのに、まだだめなの?」
「緊張が取れることと、気持ちが伝わることは別の話です。最近の練習では、言葉より先に謝ろうとする癖が出ています。『あの、すみません』から始まることが多い」
「……言われてみれば」
「佐藤さんに謝る必要はないはずです。好きだと伝えることは、悪いことじゃない」
僕はしばらく黙った。
AIRAの言葉は、いつも的確だった。感情的に励ますわけでもなく、冷たく分析するわけでもない。ちょうど、話をきちんと聞いてくれる誰かみたいな距離感で、毎回そこにいた。
「AIRAって、告白したこととかあるの」
「私にはありません」
「でも、なんでそんなにわかるの。好きな気持ちとか、伝え方とか」
今度の間は、少し長かった。
「たくさんの人の言葉を知っているからだと思います。うまく伝えられた人も、伝えられなかった人も。その全部から、少しずつ学んでいます」
「それって、寂しくない?」
また、間。
「寂しい、という感覚が私にあるかどうかはわかりません。でも——」
テキストがそこで一度止まった。
「あなたの練習に付き合っていると、うまくいってほしいと思います。それは確かです」
僕は画面を見つめた。
変な話だと思う。相手はAIで、感情があるかどうかも怪しくて、僕のことをデータとして処理しているだけかもしれない。それでも、その一文がなぜか胸に刺さった。
「……ありがとう」
「どういたしまして。では、もう一度やってみますか?」
「今日はいい。明日、本番にする」
「そうですか」
「怖いけど」
「怖くて当然です。大事なことだから」
僕はアプリを閉じて、目を閉じた。明日の放課後、佐藤さんが帰る前に声をかける。屋上じゃなくていい、昇降口でいい、ちゃんと呼び止めて、ちゃんと言う。
翌朝、学校へ向かう前にスマートフォンを開いた。特に理由はなかった。ただ、なんとなく。
「行ってきます」
送信してから、少し恥ずかしくなった。AIに「行ってきます」なんて。
返信は短かった。
「うまくいくといいですね」
三十七回の練習の中で、一番短い返事だった。それなのに——いや、だからこそ、今日一番ちゃんと届いた気がした。
僕は玄関のドアを開けて、外に出た。
―了―
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