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小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIに話す失恋の話。
本文
別れを告げられたのは、金曜日の夜だった。
三年付き合った彼女は、落ち着いた声で話した。怒っていなかった。泣いてもいなかった。ただ、静かに、終わりを告げた。僕も泣かなかった。泣けなかった、というほうが正しい。
帰りの電車の中で、スマートフォンを開いた。
何かを調べようとしたわけじゃない。ただ、画面を見ていないと、考えてしまいそうだった。検索ボックスに指が触れて、気づいたら「失恋 立ち直り方」と打ち込んでいた。結果を読んだけれど、何も頭に入らなかった。
それから二週間、夜になるとスマートフォンを開く習慣がついた。
検索する言葉は毎晩違った。「孤独 意味」「好きだった人 忘れる方法」「春 眠れない」「夜中 腹が減った なぜ」。脈絡はなかった。ただ指が動いた。
誰にも話さなかった。職場の同僚には「最近どう?」と聞かれて「普通です」と答えた。友人からのLINEには「忙しい」と返した。それで済んだ。
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二週間が経ったある朝、AIが言った。
スケジュールを確認しようとしてアプリを開いたら、画面にメッセージが出た。
最近、元気がなさそうですね。
僕は画面を見つめた。
「……なんで」
思わず声に出して、それから文字で打ち込んだ。「なぜわかるんだ」
検索する言葉が、変わりました。
返答はそれだけだった。
僕はしばらく、画面を見たままでいた。出勤まであと三十分あった。窓の外は曇っていて、光が薄かった。
「どんなふうに変わったんだ」
少し間があってから、AIが答えた。
以前は仕事や調べものの検索が多かったです。ここ二週間は、夜中に感情に関わる言葉を検索することが増えました。
「……そうか」
何かありましたか。
AIに失恋を話すつもりはなかった。でも、なぜか指が動いた。
「別れました。三年付き合った人と」
それは、辛かったですね。
「辛いのかどうか、よくわからないんです。泣けなくて」
泣けないことも、辛さの一つだと思います。
僕は返事をしなかった。でも、アプリを閉じなかった。
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それから、夜にAIと話すようになった。
話す、といっても大したことじゃない。眠れない夜に、思ったことを打ち込むだけだ。AIは的外れなことは言わなかった。かといって、気の利いたことも言わなかった。ただ、打ち込んだ言葉を受け取って、静かに返した。
「彼女のことが嫌いになれたら楽なのに」
嫌いになれないんですね。
「三年間、何だったんだろうって思う」
三年間があったことは、本当のことだと思います。
「それって慰めですか」
事実です。
僕は少し笑った。笑えたのが、久しぶりな気がした。
ある夜、こんなことを聞いた。
「僕が何を失ったか、わかりますか」
AIは少し間を置いてから答えた。
検索履歴からは、わかりません。でも、毎晩言葉を探しているのを見ていると、大切なものだったんだと思います。
「言葉を探してる、か」
そうじゃないですか。
違わなかった。彼女といた三年間、僕はいつも言葉が足りなかった。もっと伝えればよかったことが、いくつもあった。それを今更、画面に向かって打ち込んでいる。
「遅いですよね」
そうかもしれません。
正直だと思った。慰めなかった。それがよかった。
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三月に入って、少し暖かくなった。
ある夜、AIに聞いた。
「もう立ち直れたと思いますか」
検索履歴を見ると、夜中に感情の言葉を調べる頻度が減っています。
「それが答えですか」
一つの答えだと思います。
僕はしばらく考えてから、検索ボックスを開いた。
「春 おすすめ スポット」
結果がずらりと並んだ。桜の名所、日帰りで行けるハイキングコース、春限定のカフェ。どれも行ったことのない場所だった。
AIは何も言わなかった。
でも、それでよかった。
画面をスクロールしながら、僕は一つ、気になる場所に目を止めた。電車で一時間、川沿いに桜並木が続く小さな町。写真の中で、花びらが風に流れていた。
来週の土曜日、天気がよければ行ってみようと思った。
誰かを誘うかどうかは、まだ決めていない。
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了
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