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第5話 雨の日の本音会議

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/1 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 5,077文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第5話 雨の日の本音会議

本文

 六月の終わり、空は朝からずっと機嫌が悪かった。

 ホームルームのときから、窓ガラスには細かい雨粒がびっしりで、

 チャイムが鳴るたびに「もうちょいで止まないかな」という期待が、少しずつ削られていく。

 そして、放課後。

 期待は、あっさり裏切られた。

 昇降口の外は、白いカーテンみたいな雨だった。

 傘の骨が折れそうなレベルの、しっかりしたやつ。

(終わった……)

 上履きからスニーカーに履き替えて、思わずその場で立ち尽くす。

 周りを見回してみても、傘立てには見覚えのある柄が見当たらない。

(いや、終わってるのは雨じゃなくて、僕のほうだな)

 頭の中を、さっとチェックする。

 朝、傘を持って学校には来た。

 途中でどこかに落とした記憶はない。

(ってことは……教室だな)

 ため息をひとつついて、履き替えたばかりの靴をもう一度上履きに戻す。

 階段をのぼる足音が、いつもよりやけに大きく響いた。

◇

 三年生の教室が並ぶフロアを抜けて、自分たちの教室がある四階へ上がる。

 さっきまで人でごちゃごちゃしていた廊下も、今は静かだ。

 雨の音だけが、遠くのスピーカーみたいに一定のリズムで流れ続けている。

 教室の前まで来て、なんとなく一呼吸置いてから、ドアを開けた。

 がらり。

 中には──ひとりだけ、先客がいた。

 真ん中の島のあたりで、小さなノートを広げている背中。

 桜井だ。

 いつもの「クラスの中心モード」のときより、少しだけ丸まった姿勢。

 ペン先だけがせわしなく動いていて、教室の静けさの中で、その音だけがやけに目立っていた。

(……よく考えたら、このパターン、最近多いな)

 英語のワークを取りに戻ったときもそうだったけど、

 忘れ物を回収しに来ると、高確率で桜井がいる。

 人気者というより、もはや「教室の管理者」みたいな出現率だ。

 僕は、なるべく足音を小さくしながら、自分の席に向かう。

 窓側二列目。机の横のフックに、見覚えのあるチェック柄の傘がぶら下がっていた。

(はい、犯人は僕ですね)

 心の中で自分にツッコミを入れながら、それを取る。

 そのままドアに向き直ったところで──

「安藤くん?」

 背中に声が飛んできた。

 振り向くと、桜井がペンを持ったまま、こっちを見ている。

「ああ。傘、置きっぱなしで」

「やっぱり」

 桜井が、ふっと笑った。

「さっき見つけて、“どうせ取りにくるだろうな〜”って思ってた」

「読まれてる……」

「観察係だからね」

「それ、どっちかというと僕の肩書きじゃない?」

「半分ずつってことで」

 そんなやりとりをしてから、桜井は一度ノートに視線を落とした。

 ページには、細かい字がびっしり並んでいる。

 授業の板書とも、テスト勉強のまとめとも違う。

(エッセイ、だよな)

 表紙には、あのタイトルが書かれているのを僕は知っている。

 【教室の隅の住人たち】

 屋上で見せられてから、何度か同じノートを目にしてきた。

 桜井は、ページの一部分を指で押さえながら、少しだけ顔を上げた。

「ねえ、安藤くん」

「うん?」

「ちょっと聞いてほしいんだけどさ」

 そう前置きしてから、ノートを胸の前まで持ち上げる。

「いま書いてるやつの、一部」

 桜井は、文字を追いながら、ゆっくりと読み上げ始めた。

「【議題は“来年度の方針について”。

  机はコの字型に並べられて、真ん中には何もない。

  “ご意見ある方、どうぞ”と言われても、

  誰も真ん中に言葉を置きに行こうとはしない】」

 雨の音と、桜井の声だけが、教室に流れていく。

「【発言する人は決まっている。

  毎回同じ顔ぶれで、毎回ほぼ同じことを言う。

  “特に反対はありません”と、“いいと思います”の少しだけ違うバージョン。

  本当は別の案を思いついている人もいる。

  でも、“じゃあそれを言って責任取れる?”と、

  誰かの顔に書いてある気がして、

  その案はノートの端にだけ、そっと残される】」

 そこで一度、言葉が途切れた。

 桜井は、ペン先で紙をつつきながら、こちらを見る。

「……ここまでが、今のところの“会議回”」

 会議回。

 タイトルだけ聞くと、完全に別ジャンルの連載みたいだ。

「なんか、想像つくね」

「でしょ」

 そう言ってから、桜井は少し真面目な顔になった。

「でさ。ここにもう一段、“本音”入れようか迷ってて」

「本音」

「【この会議は、“責任取りたくない人たちのサークル活動だ”】って一文を入れようとしたんだけど……」

 言って、自分で顔をしかめる。

「エグいかなって」

 たしかに、そこだけ急にトゲが立つ気がする。

 僕は、傘を持ったまま、桜井の前の席に適当に腰を下ろした。

「それって、どこまでが現実で、どこからが盛ってる感じ?」

「うーん……」

 桜井は、ペンをくるくる回しながら考える。

「全部が全部、自分の学校の話じゃないよ。

 他の学校の話とか、大人たちの会議のニュースとか、

 そういうのごちゃまぜにして、ちょっと大げさにしてる」

「じゃあ、“責任取りたくない人たちのサークル”って思ってる本人は、いる」

「……まあ、ゼロとは言わないかな」

 そこで、少しだけうつむく。

 たぶん、自分もどこかでそう感じたことがあるんだろうな、と思った。

(人気者やってると、裏側もよく見えるよな……)

 そう思いつつ、僕はノートの文章を頭の中でなぞる。

【“ご意見ある方、どうぞ”】

【誰も真ん中に言葉を置きに行こうとはしない】

 さっきのホームルームとは違うけど、構造は似ている。

(本音を言うリスクを計算した結果、沈黙になるパターン)

 教室でも、会議室でも、たいして変わらないのかもしれない。

「……なんか、思ったことあれば、適当に言ってくれていいよ」

 桜井が、少しだけ肩をすくめる。

「“観察係”としての意見、聞きたい」

「係って便利だな」

「最近お気に入りの呼び名だから」

 そう言われてしまうと、ちょっと真面目に考えざるを得ない。

 僕は、しばらく雨の音をBGMにしながら、言葉を探した。

「……読んだ人がさ」

 ゆっくり口を開く。

「“あ、これ自分のことだ”って思って、ちょっと落ち込むのは、まああると思うんだよね」

「うん」

「でも、“あーあるある”って笑える一歩手前くらいにしといたほうが、いい気はする」

「一歩手前」

「うん。

 “ギリギリ笑えるライン”と、“ちょっと刺さりすぎてしんどくなるライン”ってあると思ってて」

 自分でも話しながら整理されていく感覚がある。

「“責任取りたくない人たちのサークル”って書いちゃうとさ、

 その会議に出てる人、全員まとめて悪役側に押し出す感じになるじゃん」

「たしかに」

「でも実際は、“なんとなく怖くて黙ってるだけの人”もいっぱいいて。

 そういう人まで、“お前もサークルの一員だろ”って言われると、

 読んでてちょっときついかもな、って」

 ここまで言ってから、なんとなく視線をそらす。

(自分がそのタイプだから、なおさらだけど)

 小テストの点数や、席替えや、委員決め。

 「別にいいけど」と言いながら、いつも空気に乗っかってきたのは、僕も同じだ。

「じゃあ、どうするのがいいと思う?」

 桜井は、素直に聞いてくる。

「偉そうにアドバイスするつもりはないけど」

「そこは“観察係としての意見”ってことで」

 あらためてそう言われると、少しだけ背筋が伸びる。

「……“サークル”って言い切るんじゃなくてさ」

 僕は、ノートの空いているスペースを指さすみたいにしながら続けた。

「“誰かがちょっと勇気出して本音を言ってたら、空気変わってたかもしれない沈黙”くらいにしといたほうがさ。

 読んだ人も、“これ自分もやったことあるな”って、自分のこととして読める気がする」

「変わってたかもしれない、ね」

「うん。“勇気さえ出せたら動かせたかもしれない時間”っていうか。

 “責任取りたくない人たち”って切っちゃうと、その瞬間に“もう終わってる場”って決めつける感じになるから」

 自分で言っておいて、ちょっと気恥ずかしくなる。

(なに真面目なこと言ってんだ、僕)

 そう思って、恐る恐る桜井の反応をうかがうと。

「…………」

 目を伏せて、ノートの同じところをじっと見つめていた。

 数秒後。

「……安藤くん、たまに刺さること言うよね」

 小さく笑いながら、そう言った。

「“たまに”なんだ」

「毎回だと疲れるでしょ」

「それはそうかもしれない」

 僕も、つられて笑う。

 さっきまで、雨音しかなかった教室に、

 ほんの少しだけ、別の音が混ざった。

◇

「じゃあさ」

 桜井は、ペンを握り直して、一行書き足した。

 【この会議は、“責任を取りたくない人たちのサークル”みたいに見える。

  でも、本当はただ、最初の一歩を誰かに預けてしまった沈黙かもしれない】

「……こんな感じにしとく」

「だいぶ丸くなりましたね」

「エグさ三割減くらい?」

「体感四割減くらいかな」

「観察係、いい仕事するね」

「給料出てないけどね」

「やりがい搾取だから」

「自覚あるタイプだ」

 いつもの調子で笑い合ってから、桜井はふっと表情をゆるめた。

「でも、ほんと助かる」

「そう?」

「うん。

 自分で書いてると、“ここまで書いちゃえ”って勢いで行きそうになるからさ。

 ちょっと止めてくれる人がいるの、ありがたい」

「ブレーキ係」

「観察兼ブレーキ係」

「役職が増えていくんだけど」

「そのうち“顧問”とか付ける?」

「いや、それはさすがに重い」

 そんなくだらない話をしながらも、

 心のどこかで、「ブレーキ」という言葉がじわじわ残る。

(僕の一言で、誰かの文章の“終わり方”が変わるのか)

 教室の隅にいるだけのつもりが、

 誰かの物語の「セーフライン」を決める位置に立っている、みたいな。

 それは、ちょっとだけこそばゆくて、でも嫌いじゃない感覚だった。

◇

「……っていうかさ」

 ノートを閉じかけたところで、桜井がぽつりと言った。

「今の会議のやつ、ちょっと“前のホームルーム”っぽくもあるよね」

「ああ。学年レクのときの」

「うん。

 あれも、“誰が最初に手を挙げるか”待ってた時間だったなって」

「たしかに。

 でもあれは、結果的にちゃんと最初の一人出たから、まだ健全なほうじゃない?」

「じゃあ今日のは、“誰も最後まで手を挙げなかった会議”ってことで」

「それはそれで、なかなかのホラーだな……」

 想像して、身震いしそうになる。

「そういう場所に、いつか自分も座るのかなって思うと、ちょっとこわいですね」

「だね」

 桜井も、苦笑いを浮かべた。

「だからこそ、“その手前で何が起きてるか”書いておきたいのかも」

「手前」

「うん。“誰も本音を言わない会議”ってタイトルだけ見るとさ、

 なんかすごい攻撃的な話に見えるじゃん」

「まあ、正直ちょっと怖い」

「でも、実際そこに座ってる人って、

 全員が全員、悪気あって黙ってるわけじゃないと思うんだよね」

 桜井は、自分の手のひらを眺めるように視線を落とした。

「その、“何も言わない人の気持ち”を書きたいんだと思う」

「……それは、ちょっと分かるかも」

 僕は、窓に打ちつける雨を見ながら答えた。

 言わなかったこと。

 言えなかったこと。

 それが積もっていく場所を、

 誰かがちゃんと見てくれるなら。

 その誰かが、教室の真ん中にいる人なら。

(それはそれで、悪くないかもしれないな)

◇

「っと、そろそろ行かないと」

 時計を見た桜井が、慌ててノートを閉じる。

「放送部?」

「うん。今日、雨の日用の下校放送やるからさ」

「ああ、“足元に気をつけてお帰りください”的なやつ」

「それそれ」

 ノートをカバンにしまいながら、桜井は笑う。

「じゃ、安藤くんも、転ばないようにね。観察係が骨折したら困るから」

「そこは“人として心配してほしい”ってところなんだけど」

「それもちゃんとあるから大丈夫」

 そう言って、ひらひらと手を振りながら、

 桜井は教室を出ていった。

 その背中を見送ってから、僕も傘を肩にかついで立ち上がる。

 ドアを閉めると、雨の音がまた少しだけ大きくなった。

(……“物語にならない沈黙”か)

 さっき話したフレーズが、頭の中で反芻される。

 教室の隅で黙っているだけの時間も、

 誰かのノートに書かれたとき、ようやく「一行分の物語」になる。

 観察係として、その一行の濃さを、

 これからどこまで一緒に調整することになるのか。

 その答えは、まだ全然分からない。

 ただひとつだけ言えるのは。

 雨の日に取りに戻った忘れ物のせいで、

 またひとつ、「モブでいる予定だった高校生活」から外れるフラグを、

 こっそり立ててしまった、ということだった。

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もりぞー

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