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第7話 テスト前、キャラ変する教室

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/2 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 5,577文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第7話 テスト前、キャラ変する教室

本文

期末テスト一週間前の教室は、いつもと空気の色が違う。

 普段なら、真ん中の席から笑い声がひっきりなしに飛んできて、

 窓際の僕の席まで、軽いBGMみたいに届いてくる。

 でも今は、そのBGMが、だいぶボリュームダウンしていた。

「ここ、明日テスト出るぞー。ちゃんと線引いとけよー」

 中村先生の声と、マーカーが板書をなぞる音。

 ノートにシャーペンを走らせる音が、いつもよりはっきり聞こえる。

 真ん中の席をちらっと見ると、桜井も前のめり気味にノートを取っていた。

 いつもの「はい出ました桜井語録」のテンションではなく、

 ちゃんと「テスト前の優等生モード」の顔だ。

(……ちゃんとやるときはやるよな、この人)

 当たり前だけど、人気者=勉強してない、ってわけじゃない。

 板書を写すスピードも速いし、

 たまに先生が例題を出すと、さっと答えを出しているのを何度か見たことがある。

 ただ、普段はそれをあんまり前に出さないだけだ。

(テスト前になると、みんな“隠し属性”を出してくるよな)

 普段はうるさいやつが、急に黙々とワークを解き始めたり。

 いつも静かなやつが、「ここ分かる?」とひそひそ声で質問してきたり。

 そういう変化が、教室のあちこちで起きている。

 その変化に、僕も巻き込まれていた。

◇

「安藤〜、ここ教えてくれない?」

 数学の授業が終わった直後。

 教科書を閉じようとしたところで、前の席の大木がくるっと振り向いてきた。

「この二次関数の、グラフの交点求めるやつ」

「ああ、そこか」

 黒板の例題とはちょっと数字を変えた応用問題。

 途中までは合っているけど、計算の最後でミスっているパターンだ。

「ここまではいいんだけどさ」

「それ、こっち移項するときに符号ひっくり返すだろ」

「あっ……」

「で、そのまま代入して二つ解が出るから、あとは座標にして……」

 ペンを借りて、大木のノートの端にさっと計算を書いていく。

 途中で、隣の席の奥野も身を乗り出してきた。

「あ、それ俺も分かんなかったとこだわ」

「じゃあ一緒に見とけば」

 結局、周りの二、三人も混ざってきて、

 気づけば僕の席の周りに、ちょっとした「ミニ補習コーナー」ができあがっていた。

「安藤、塾行ってんの?」

「行ってないけど」

「なんでそんな分かるんだよ」

「いや、さっきの授業でほぼ同じのやってたし」

「マジか。ちゃんと聞いてなかった自覚はある」

 大木が頭をかきながら笑う。

 その後ろで、奥野が「あとで写真撮らせて」とノートを指さしてきた。

「自分で書けよ」

「それはそれ、これはこれ」

 適当なことを言い合いながらも、

 ノートには一応みんなそれぞれ赤ペンでポイントを書き込んでいる。

(……まあ、“教える係”は嫌いじゃないんだけど)

 こういうときだけ、ちょっとだけ「役に立ってる感」があるのは事実だ。

 ただ、前に立って黒板を使うようなガチの説明役にされると、

 それはそれで目立ちすぎてやりづらい。

 今くらいの、机の周りに数人が集まる距離感が、

 個人的にはいちばんちょうどいい。

 ふと視線を上げると、真ん中の席のほうで、

 桜井がこっちをちらっと見ているのが分かった。

 目が合うと、軽く会釈してくる。

 僕も、ペンを持ったまま小さく頷いて返した。

 それで会話が生まれるわけでもないけど、

 「お互い、テスト前モードだね」という無言の確認みたいなものはあった気がする。

◇

 放課後。

 テスト前ということもあって、部活の時間は少し短縮されているらしい。

 それでも、運動部の連中はグラウンドに出ていって、

 文化部はそれぞれの部室や教室に散っていく。

 僕は、教室で数学のワークを一ページ分だけ進めたあと、

 ノートを閉じた。

(……場所変えるか)

 教室も悪くないけど、誰かが問題を持ってきたら、そのたびに手が止まる。

 さっきの大木たちみたいに、教える側になるのは嫌いじゃない。

 嫌いじゃないけど、自分の勉強もそろそろ真面目にやらないと、

 テストの結果が死ぬのは僕だ。

(静かで、誰も来なさそうなとこ……)

 頭の中で校内マップをめくる。

 図書室は、この時間帯ならそんなに混んでないはずだ。

 自習してるやつが数人いるくらいで、声をかけられる可能性も低い。

 そう判断して、僕は教科書とノートをカバンに突っ込んだ。

◇

 図書室の前の廊下は、思った通り静かだった。

 窓の外から、グラウンドの掛け声がかすかに聞こえるくらい。

 さっきまで教室にいたときより、世界の音が一段小さくなった感じがする。

 ドアの前で、一応「満席だったらどうしよう」と一瞬だけ考えてから、

 ノブに手をかけた。

 がらり。

 ひんやりした空気と、本の匂いがふわっと押し寄せてくる。

 中は、ほぼ予想通りの光景だった。

 本棚の間に、数人の生徒が点々と座っている。

 教科書を開いているやつもいれば、小説を読んでいるやつもいる。

 そして。

 窓際の一番奥のテーブルに、見慣れた後ろ姿があった。

(……いた)

 桜井だ。

 問題集と、ノートと、シャーペン。

 その三点セットだけを机の上に並べて、黙々とシャーペンを走らせている。

 真ん中の島で見せる「中心モード」でもなく、

 屋上や雨の日に見せた「エッセイモード」でもない。

 多分これは、「テスト前の普通の高校生モード」だ。

 誰に話しかけるでもなく、ただ自分の目の前の問題と向き合っている横顔。

 図書室の静けさのせいもあって、教室で見るときより少し大人っぽく見えた。

 僕は、どうしようか一瞬迷う。

(ここでスルーして別の席行くのも、逆に不自然だよな)

 屋上で話して。

 雨の日に会議の話をして。

 コンビニでLINEを交換して。

 そこまでしておいて「図書室では見なかったことにする」は、

 さすがにモブをこじらせすぎだ。

 そう自分に言い聞かせて、足をそっちに向けた。

 近づく途中で、桜井がふっと顔を上げる。

 目が合った。

「あ、安藤くん」

 小声なのに、ちゃんと届くくらいのボリュームで。

「ここ、穴場なんだよ」

 開口一番が、それだった。

「穴場?」

「うん。みんな“勉強しなきゃ”って言いながら、結局教室か、ファミレスか、家でやるじゃん」

「まあ、そうだね」

「図書室は“真面目に勉強してそうな人しかいない”ってイメージあるから、逆に近寄ってこないんだよね〜」

 指先で問題集の角をつんつんしながら、桜井は笑う。

「だから、集中したいときはここ来ること多いかも」

「人気者の隠れ家ってやつ?」

「隠れ家ってほどオシャレじゃないけどね」

 そう言ってから、隣の席を軽く顎で示した。

「座る?」

「いいの?」

「図書室でまで“観察係一人でぽつん”は、さすがにネタになりそうだから」

「ネタになる基準がよく分からないんだけど」

 口ではそう言いながら、僕はその席にカバンを置いた。

 距離的には、教室のときより少し近い。

 でも、図書室の静けさのせいか、変に落ち着かない感じはあまりなかった。

 お互い、まずは教科書とノートを広げる。

 そこで、ふと気づく。

「あ、そのノート」

「ん?」

「この前、コンビニで買ったやつ?」

 桜井が広げているのは、あの透明な表紙の新品に近いノートだ。

「そうそう。早速デビューさせてみた」

 桜井は嬉しそうにページをめくる。

「一冊目より紙質がいい気がするんだよね。やる気出る」

「形から入るタイプだっけ」

「大事でしょ、モチベーション」

 ページをめくる音と、シャーペンの芯が紙をこする音だけが、テーブルの上に落ちていった。

◇

 しばらくのあいだ、本当に何も話さなかった。

 二次関数の応用問題を解いて、

 別のページの図形の証明に手を出して、

 途中で分からなくなって、教科書に戻る。

 その一連の動作を繰り返していると、

 隣から聞こえるシャーペンのリズムが、いつのまにかBGMになっていた。

(これ、意外と悪くないな)

 教室だと、どうしても誰かの声が耳に入ってくる。

 家だと、スマホとか漫画とか、誘惑が多すぎる。

 図書室で、知ってる人が隣にいるけど会話はほとんどなくて、

 それでも完全に一人じゃない、くらいの距離感。

 テスト前には、こういうのもアリだと思った。

「……ねえ、安藤くん」

 何問目かの途中で、桜井がペンを止めた。

 声のボリュームはさっきと同じくらい。

 図書室の空気を壊さないギリギリの小ささだ。

「なに」

「“テスト前にみんなキャラ変する教室”って、ネタになりそうじゃない?」

 やっぱり、エッセイの話だった。

 桜井の声は小さいままなのに、ページをめくる音だけが妙に大きく聞こえた。

「さっきの数学のときもさ。

 普段ぜんぜん発言しない子が、“ここって先生、どうやって解くんですか”って聞きに行ってたり」

「あったね」

「逆に、いつも騒いでる組が、今日は異様に静かだったり」

「テスト範囲がヤバい科目ほど静かになるよね、あれ」

「そうそう」

 桜井は、笑いをこらえるみたいに口元を押さえた。

「そういう“テスト前限定の顔”を、ちょっとまとめて書いてみたいなって」

「“テスト週間だけ別のクラスみたいになる教室”ってタイトル?」

「それ、サブタイトルに良さそう」

 問題集の上に、消しゴムで軽くトントンとリズムを刻みながら、桜井は続ける。

「安藤くんもさ、“教える係モード”になってたじゃん」

「さっきの?」

「うん。大木くんたちに囲まれて、“そこ符号ひっくり返す”とか言ってたやつ」

「見てたのか……」

「見てた」

 即答だ。

「なんかさ、“先生に聞くほどでもないけど、誰かに聞きたい”みたいな空気が、あの辺にじわっと溜まっててさ」

「溜まってるって表現やめてくれない?」

「わりといい意味なんだけどなあ」

 桜井は、シャーペンのキャップをくるくる回しながら言う。

「そういうとき、“じゃあ安藤くんに聞こう”ってなるの、けっこう大事だと思うんだよね」

「大事?」

「うん。“クラスの中で、安心して質問できる相手がいる”っていう安心感。

 それをテスト前にちゃんと発揮してくれる人」

「なんか急にハードル上がってない?」

「観察係兼、“非公式チューター”みたいな」

「役職増やしがちなんだよな、桜井さん」

「だってそのほうが書きやすいんだもん」

 あっさり言われた。

 でも、「書きやすい」と言いながらも、

 その視線にはちゃんと「ありがとう」のニュアンスも混ざっている気がした。

「“テスト前にキャラ変する教室”の話、書くときはさ」

 桜井は、ノートの余白に何かメモを取りながら続ける。

「“いつも通り”を貫いてる人も、一人くらい混ぜたいんだよね」

「そういうやつ、いる?」

「いるじゃん。窓際の二列目に」

「それ、僕のこと言ってる?」

「テスト前になっても、観察係はちゃんと観察係してるからさ」

「してるつもりはないんだけどな……」

 テスト前でも、つい周りの空気を見てしまうのは、

 もう性格みたいなものだ。

 誰が眉間にしわを寄せて、誰がまだ余裕ありそうで、

 誰が笑いながらページをめくるスピードだけ速いか。

 そういうのは、嫌でも目に入ってくる。

「そういうのも含めて、“テスト前の教室”って感じがするからさ」

 桜井は、シャーペンをくるくる回してから、また問題集に視線を戻した。

「まあ、ネタとしてストックしておくだけだけどね」

「また、あのときの“会議回”みたいになるパターン?」

「かもしれないし、ならないかもしれないし」

 曖昧に笑ってから、

「とりあえず今は、この関数のグラフを倒すほうが先かな」

 と、現実に帰還した。

「そこ、分かる?」

 ノートを少しこちらに傾けてくる。

 見ると、さっき僕が大木に説明したのと、ほぼ同じタイプの問題だった。

「さっき教室で聞かれたのと同じやつだね」

「だから、観察係じゃなくて教える係モードも、ちょっとお願いしたいなって」

「観察とチューターの二刀流は、そんなに器用じゃないんだけど」

「大丈夫。“観察してから教える”って流れにすれば、仕事一個にまとまるから」

「雑な合理化しないでくれない?」

 小声でツッコミを入れながらも、

 結局、ペンを手に取って解き方を説明している自分がいる。

 図書室の静けさの中で、

 僕たちの会話は、紙の上を滑るシャーペンの音に紛れて、小さく溶けていった。

◇

 その日の勉強タイムは、結局一時間くらい続いた。

 途中で何度か、「ここ分かる?」と聞かれたり、

 逆に僕が「この公式なんだっけ」と教科書を覗き込んだり。

 会話の内容自体は、ほとんど数学と英語の話だけだったけれど。

 その合間に挟まった、

「“テスト前にみんなキャラ変する教室”、タイトル候補に入れとくね」

 という一言だけが、妙に印象に残った。

(……どんな文章になるんだろうな、それ)

 エッセイは読まない、と決めたのは自分だ。

 決めたのは自分だけど、

 こうやって「ネタ候補」だけ聞かされると、

 完成形をつい想像してしまう。

「じゃ、今日はこのへんにしとく?」

 時計を見て、桜井がペンを置いた。

「そうだね。ありがとう、いろいろ」

「こっちも助かったし。お互い様ってことで」

 問題集とノートをカバンにしまいながら、

 僕たちはほぼ同じタイミングで椅子から立ち上がる。

 図書室を出る前、桜井がふっとこっちを見た。

「ねえ安藤くん」

「なに」

「“テスト前でも、あんまりキャラ変しない人”枠、ちゃんと書くとき大事にしとくから」

「それ、フォローになってる?」

「なってるよ、多分」

 半分あきれながらも、半分くらいは嬉しかった。

 図書室のドアを開けると、廊下の空気が少しだけ湿っていた。

 窓の外には、うっすらと雲がかかっている。

 テスト前で、みんながそれぞれのスイッチを入れ始めている六月の終わり。

 その中で僕は、観察係だか教える係だかよく分からない立ち位置のまま、

 教室の外にも少しずつ自分の居場所が増えていくのを、

 なんとなく、自覚し始めていた。

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(2025/12/27追記:読みやすさを調整するため、第7話をリライトしました。物語の大筋に変更はありません)

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もりぞー

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