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第10話 夏の夜の下見メンバー

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/2 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 6,138文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第10話 夏の夜の下見メンバー

本文

終業式が終わった後の最後のホームルーム、学校の空気は一言で言うと「だるい」だった。

 担任が「夏休みの課題一覧」を読み上げているあいだも、クラスの半分はもう心ここにあらずという顔をしている。

「はい、国語のワークが一冊、数学がプリント二十枚、英語が……」

「二十枚って聞こえたけど、気のせいだよな……?」

「気のせいじゃないんだな、これが」

 近くの席の大木と奥野が、小声で現実逃避を始めている。

(夏休みって、始まる前がいちばん元気あるよな)

 窓の外は、すでに真夏の日差しだ。

 蝉の鳴き声が、校舎の壁越しにもじんわり届いてくる。

 部活組はこれから合宿だの大会だので予定がぎっしりらしくて、教室のあちこちで

「うちの部、今年は山のほうなんだよね〜」

「合宿の夜の肝試しだけは楽しみ」

 みたいな会話が飛び交っている。

 僕は、配られたプリントの「夏休みの生活目標」の欄を、ペンを止めたままぼんやり眺めていた。

(目標か……とりあえず“宿題を最終日にまとめてやらない”あたり?)

 理想はそうだが、現実は毎年だいたい同じパターンをたどっている自覚はある。

◇

 ホームルームが終わって、教室が一気にざわつき始めたころ。

 鞄に教科書を詰めていると、前のほうの列で桜井と西村が並んで立っているのが見えた。

「夏休み中も、なんだかんだネタはあると思うんだけどさ……」

 桜井が、配られた課題プリントをひらひらさせながらぼそっと言う。

「宿題のほうのネタは要らないんだけどね〜」

 西村が笑いながら返した。

 その会話だけで、「ああ、あのノートの話だな」と察する。

 夏の夜、合宿、宿題、肝試し。

 どれも、あのエッセイと相性が良さそうな単語ばかりだ。

(夏って、観察する側からしたら確かにネタ多そうだよな)

 そんなことを考えながら、僕はプリントを二つ折りにして筆箱の下に押し込んだ。

 観察係としては、きっと忙しい季節になる。

◇

 夏休みに入って数日目の夜。

 宿題を開いたふりをしながら、実際は動画サイトのおすすめを無限にスクロールしていたところで、スマホが小さく震えた。

 画面の上部に、見覚えのある名前が表示される。

 桜井すみれ。

 一瞬だけ、スワイプする親指が止まった。

(……なんだろ)

 変に身構えている自分に気づきつつ、通知をタップする。

 トーク画面には、シンプルな一文が届いていた。

『夏の夜っぽい景色、見に行かない? ネタになるかもだし』

「夏の夜っぽい景色」

 そのフレーズだけで、頭の中に河川敷とか、花火とか、屋台の明かりとか、そういうものが並ぶ。

 ちょっと間を置いてから、続けてメッセージが届いた。

『近くの河川敷、今週末なんか出店出るらしいんだよね。

 ちゃんとした祭りってほどじゃないけど、屋台っぽいのが並ぶやつ』

 間に、花火の絵文字がひとつ挟まっている。

(……ネタの下見、ってことだよな、多分)

 そう自分に言い聞かせながら、返信用のキーボードを開いた。

『いいよ。たぶん家でだらだらしてるだけだし』

 とりあえず無難に返す。

 送信ボタンを押す前に、「たぶん」を消して「どうせ」に変えようとして、やめた。

 数秒後、またすぐに返事が来た。

『じゃあ、千夏も誘ってみるね』

 その一文で、スマホを握っていた指が、ようやく緩んだ。

(……そうだよな。二人きりのわけないよな)

 そんなことを考えた自分に、今度は別の意味で少しだけ驚く。

 続けざまに、もう一通。

『安藤くん側も、誰か呼びたい人いたら呼んでいいよ。

 外部の人いたら、ネタ増えそうじゃない?』

 外部。

 その単語で、自然と一人の顔が浮かぶ。

 田中陸。

 外部相談役、と勝手に任命された幼なじみだ。

『じゃあ、幼なじみ一人誘ってみる』

 と打ち込んで送ると、すぐに

『幼なじみ、いいね。なんか情報量多そう』

 という返事が返ってきた。

 夏の夜っぽい景色。

 ネタ。

 観察係。

 チャットの上に並んだその単語を見ているうちに、少しだけ胸の奥がそわそわしてきた。

(ただのネタ集め、だよな)

 自分にそう言い聞かせながらも、どこかで「ただの」と言い切れない感じが、じわっと残っていた。

◇

 週末の夕方。

 集合場所は、河川敷に一番近い駅前のコンビニの前だった。

 まだ日は沈みきっていないけれど、空はオレンジから群青に変わり始めて、アスファルトの熱だけがまだ残っていた。

 コンビニの前には、すでに一人、壁にもたれかかっているやつがいた。

「おー、湊。ちゃんと来たな」

「来るって言ったからな」

「いや、“当日ドタキャンしそうな顔”してたから」

「どんな顔だよ、それ」

 陸は、いつも通り軽いテンションで手を振ってきた。

 Tシャツに短パン、サンダルという、いかにも夏休み男子高校生という格好だ。

「で、今日は“青春もの的には”なんのイベント?」

「普通の河川敷ピクニックだよ」

「普通のって言葉ほど信用ならないやつないからな」

 くだらない会話をしながらも、僕のどこかは少しだけ緊張していた。

 幼なじみを、今のクラスの輪に混ぜるのは、なんとなく不思議な感じがする。

 そんなことを考えているうちに、横から別の声が飛んできた。

「安藤くん?」

 振り向くと、少し離れたところで桜井と西村が並んで立っていた。

 一瞬、誰か分からなかった。

 桜井は、白いシンプルなワンピースに、薄手のカーディガンを羽織っている。

 普段の制服姿や、ジャージ姿とはシルエットが違う。

 髪も少しだけ巻いているのか、風に揺れる感じが妙に大人びて見えた。

 西村は対照的に、デニムのショートパンツにゆるめのトップスという、ちょいギャル寄りの夏コーデだ。

 髪を後ろでまとめていて、ピアスがきらっと光っている。

「ごめんね、ちょっとコンビニで何買うか相談してた」

 桜井が手を振る。

「あ、いや、今来たとこだから」

 テンプレみたいな返事をした自分に、心の中でツッコミを入れつつ、軽く会釈する。

「どうも、すみれの相方やってる西村です」

 西村が、にっと笑いながら一歩前に出てきた。

「この前、ちょっとだけ視線送ったことあるかな〜って思うけど、覚えてないよね、多分」

「えっと……」

 図書室のあとや、教室でスマホを覗き込んでいたときの、あの「知ってる側」の目線を思い出す。

「千夏、そういう自己紹介ある?」

 桜井が苦笑いをする。

「でも、合ってるでしょ?」

「まあ、合ってるけど」

「そっちの……幼なじみくん?」

 西村の視線が、隣の陸に向く。

「あ、えっと。田中です」

 陸は、少しだけ姿勢を正してから言った。

「田中陸。別の高校で、湊の幼なじみ。

 で、最近は勝手に“外部相談役”やってます」

「外部相談役?」

 桜井が、目を丸くする。

「観察係の外側に、さらにそんな役職まであるんだ?」

「世界観、だいぶカオスになってきたね〜」

 西村がくすっと笑った。

「幼なじみって聞くと、それだけでいろいろ想像しちゃうよね〜」

「変な想像はしなくていいから」

 僕が慌てて割って入ると、桜井が小さくため息をつきつつ、少し笑った。

「とりあえず、“観察係”と“外部相談役”と“相方”で、役職表はだいぶカラフルになってきたね」

「どんなクラスだよ、それ」

 ぼそっとツッコむと、西村が「すみれ、そうやって何でも名前つけたがるからね〜」と肩をすくめた。

「だって、そのほうが書きやすいんだもん」

 桜井は、笑ってそう言った。

◇

 ひと通り挨拶を済ませてから、四人でコンビニに入った。

「とりあえず飲み物と、なんかつまめるやつ買う?」

「レジャーシートは、うちが持ってきたから大丈夫」

 西村が、肩にかけていたトートバッグをぽんぽん叩く。

「コンビニで買うと、お菓子の選択肢が無限で迷うんだよな〜」

「そこは観察係に決めてもらう?」

「観察係の仕事範囲、そっちじゃないと思う」

 とは言いつつ、棚の前で「皆が食べそうなやつ」をつい考えてしまうあたり、職業病みたいになってきている。

 結局、それぞれ好きなものを適当にカゴに放り込み、河川敷へ向かった。

◇

 河川敷には、すでにいくつかの屋台っぽいテントが並んでいた。

 かき氷、焼きそば、フランクフルト、射的もどきのゲームコーナー。

 ちゃんとした夏祭りほど混んではいないけれど、家族連れや中学生、高校生のグループがちらほら。

 川沿いの土手の上には、レジャーシートや折りたたみチェアを広げている人たちがいて、それぞれ思い思いに座っている。

「ちゃんと“夏の夜っぽい景色”だね、これ」

 桜井が、川沿いの夕焼けを見ながら言った。

 空の色は、さっきよりさらに濃くなっていて、遠くのほうで誰かが小さな花火をしているのが見える。

「ここらへん、たまにこういう出店イベントやるんだよね〜」

 西村が、周りを見渡しながら説明してくれる。

「本番の花火大会ほどじゃないけど、軽く雰囲気味わうにはちょうどいいっていう」

「下見にはちょうどいいってことだね」

 桜井が、意味ありげに「下見」という単語を強調した。

 エッセイの下見なのか、夏そのものの下見なのか、そこはあいまいなままだ。

◇

 土手の少し高くなっているところに、四人分のレジャーシートを広げた。

 コンビニで買ったおにぎりやサンドイッチ、からあげ、ポテトチップスを真ん中に並べる。

 屋台でも、それぞれフランクフルトやかき氷を買ってきたので、シートの上はあっという間にカラフルな食べ物で埋まった。

「これさ、明日の体重計るのこわいやつじゃん」

 西村が、からあげをつまみながら言った。

「大丈夫。夏は食べてもゼロカロリーってことで」

 陸の雑な理論に、桜井が吹き出す。

「それ信じてると痛い目見るやつだろ……」

 僕がぼそっと言うと、また笑いが起きた。

 そんな中で、桜井はペットボトルのお茶を一口飲んでから、周りを見回した。

「ねえ、安藤くん」

「なに?」

「こうやって見るとさ……ネタだらけじゃない?」

 桜井の視線の先を、つられて追う。

「ネタだらけって?」

「ほら、あそこ」

 少し離れた川沿いの階段に、スマホを両手で構えている男子二人組がいる。

「“とりあえず花火の写真撮っとくけど、後で見返すことはほぼない人たち”」

「……ああ、いるな、そういうの」

「その隣のカップルは?」

「どれ」

「あの、屋台の列でずっとしゃべってる二人」

 視線の先には、並びながら笑っている男女がいた。

「“屋台の列に並んでる時間も込みで楽しめる人たち”」

「ポジティブだな、だいぶ」

「いや、楽しめないとあれしんどいから」

 さらに視線を動かす。

 家族連れで来ている小さな子どもが、はしゃぎすぎて転んで泣いている。

「“夏の夜のテンションを持て余すちびっこたち”」

「それはそのまま日記に書けそう」

「で、その横でタオル持って走ってるお母さんが、“本日の影のMVP”」

「分かる」

 思わず相づちを打ってしまう。

 ラベリングの仕方が、妙にしっくりくるから困る。

「すみれ、完全にエッセイモード入ってるね〜」

 横で聞いていた西村が、ふっと笑った。

「夏はネタの宝庫だから」

「宿題の進捗は?」

「聞かないで」

 即答だった。

◇

 しばらくは四人で、出店の話や部活の話、どうでもいい動画の話なんかをしていた。

 そんな会話に混ざりながら、僕はときどき川の流れを眺めていた。

 風が少し出てきて、昼間の蒸し暑さがだいぶ和らいでいる。

 ふと、桜井がこちらを向いた。

「ねえ、安藤くん」

「なに」

「こういうときさ」

 桜井は、土手の少し下のほうを顎で示した。

 そこには、同じくらいの年齢のグループがいくつかシートを広げていて、その中の一つの端っこで、男子が一人、スマホをいじっていた。

 グループの輪から半歩だけ外れて、画面をじっと見つめている。

「“こういうとき、端っこでずっとスマホいじってる人”ってさ」

「うん」

「だいたい、今日ここに来る前から“端っこでスマホいじってる自分”を想像してるんだよね、多分」

「…………」

「“どうせ自分はそうなるし”“そのポジションが一番居心地いいし”って、なんとなく分かってる感じ」

 桜井の言葉に、胸のあたりがちょっとだけチクっとした。

(それ完全に、過去の自分だよな)

 入学したてのころ。

 中学のときの行事。

 端っこでスマホをいじりながら、「まあ自分はこういう立ち位置だし」と思っていた時間のことを、つい思い出す。

「でもさ」

 桜井は、少しだけ笑いながら続けた。

「そういう人も、“誘われたから来てる”んだよね、ちゃんと」

「たしかに」

「“どうせ端っこでスマホだしな〜”って言いながら、なんだかんだ来てるの、ちょっと好き」

「褒めてるんだか、いじってるんだか」

「半々くらいかな」

 そのやりとりに、西村がすかさず割り込んでくる。

「はい出ました、“半分いじり、半分本音褒め”」

「千夏、言い方」

「でもさ、すみれ」

 西村は、チップスの袋を軽く揺らしながら言った。

「今日の観察係、端っこでスマホいじってないじゃん」

「たしかに」

 桜井の視線が、自然とこっちに向く。

「こういうとき、本来なら“端っこでスマホ”候補だった人が、レジャーシートのど真ん中で普通に会話してるの、けっこうレアだよね〜」

「レアって言うな」

「あー、それは物語的においしいやつだな」

 陸が、妙に納得した声を出す。

「お前はすぐ物語にしようとするな」

「いや、だってさ」

 陸は、ペットボトルを指でくるくる回しながら言った。

「こういうとき、“端っこスマホ”だったやつが、気づいたら真ん中に座ってて、そのことに自分で気づいてないの、だいたい主役側のフラグだから」

「主役側じゃないから」

「モブ志望なのは知ってるけど、外部相談役としては“もうちょい自分の立ち位置見直したほうがいいんじゃね?”とは思う」

「外部相談役、仕事しすぎだろ」

 四人分のツッコミと笑い声が、川の音に混ざって流れていく。

 その中で、桜井はふっと視線を下ろした。

「……まあ、今日は観察係も、“端っこスマホ枠”から一日だけ出向ってことで」

「出向って表現やめて」

「ちゃんと戻れるように、送り出し元のポジションは取っておくから大丈夫」

「戻る前提なんだ」

 そんな会話をしながらも、心のどこかで「今日は端っこじゃないんだな」という実感が、じわじわ広がっていくのを感じていた。

◇

 しばらくして、空がだいぶ暗くなってきた。

 河川敷の出店にも、ぽつぽつと灯りがともり始める。

 遠くのほうで、小さな花火の音が鳴った。

「そろそろ、ちゃんと飲み物追加しとかない?」

 西村が、空になりかけたペットボトルを持ち上げた。

 そして、ちらりと陸を見る。

 陸が一瞬だけきょとんとして──すぐに、ニヤリと笑って頷いた。

「たしかに。氷も溶けてきたし」

 陸が同意する。

「じゃあ、うちと田中くんで行ってくるわ」

「え、二人で?」

「四人で行ったらシート誰が見てるの。荷物番必要でしょ」

 西村は、さも正論です、という顔で言った。

 でもその目は、明らかに楽しんでいる。

「すみれ、何飲む?」

「お茶系。甘くないやつ」

「観察係は?」

「じゃあ同じので」

 自分で言った瞬間、「同じ」という言葉に微妙なニュアンスを感じてしまって、少しだけ視線をそらす。

「了解〜。じゃあ行こ、田中くん」

「お、おう。西村さん、判断が早いね」

「外部相談役なら、これくらい空気読めないと」

 すれ違いざま、西村が小声でそう言うのが聞こえた気がした。

 屋台の灯りのほうに向かっていく二人の背中を見送りながら、ふと気づく。

 川の音と、遠くの喧騒。

 近くを通り過ぎる人たちの話し声。

 その真ん中で、レジャーシートの上には──

 僕と桜井だけが残っていた。

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もりぞー

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