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第17話 主役じゃない人の話

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/4 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 4,539文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第17話 主役じゃない人の話

本文

文化祭準備が本格的に動きだしてから、何日かたった。

 クラスのグループラインは、だいたいこんな感じで埋まっている。

『明日 放課後 装飾 来れる人〜』

『土曜の午前、厨房練習。参加希望スタンプで教えて』

『裏パンフ会議、エッセイ組だけ放課後ちょっと残ってもらえると助かる〜』

 その横で、裏パンフ用の有志チャットも動いている。

『表紙案、ラフ描いてみた(野口)』

『エッセイ、300字くらいでもいい?(小林)』

『一言コメントの用紙、いつ配る?(長谷川)』

 シフト表のほうも、だいぶ埋まってきた。

 厨房の枠。

 ホールの枠。

 買い出し組の枠。

 そして、裏パンフの進捗メモ。

(“誰も黒子で終わらない文化祭”とか言った本人がさ)

(いちばん黒子側の仕事増やしてる自覚は、さすがにある)

 シフト表を整えるたびに、「全員の出番」を調整する仕事が増える。

 冊子の構成を詰めるたびに、「全員の一言」を集めるタスクが増える。

 モブ志望の観察係としては、なかなかに矛盾した状況だ。

◇

 その日の放課後。

 文化祭準備で一通りバタバタしたあと、僕はいつも通り帰り支度をして、教室を出た。

 廊下の窓から見える空は、だいぶ赤くなっている。

(今日は、シフト表のたたき台まで作ったし)

(裏パンフのページ構成も、だいたい方向性は決まったし)

 階段を下りかけたところで、ふと足が止まった。

(……あ、やべ)

 頭の中に、一枚の紙のイメージが浮かぶ。

(今日の打ち合わせメモ、机の中に入れっぱなしだ)

 そのまま帰ると、たぶん夜に「明日何決めたんだっけ」ってなるやつだ。

 仕方なく、階段を引き返して三階の教室へ戻る。

 扉を開けると、蛍光灯はまだついていた。

 でも、教室はほとんど無人だ。

 前のほうの机がいくつかくっつけられて、「装飾ゾーン」になっている。

 ペンと画用紙とマスキングテープと、謎のカラーペン。

 その真ん中あたりで、誰かが机に突っ伏していた。

「……営業終了してる?」

 思わず、そうつぶやく。

「……お客さん一人だけ、帰ってきた」

 机に顔を乗せたまま、桜井が片目だけこっちを向けた。

「ご来店ありがとうございます〜、って言う元気は今ちょっと切らしてます」

「店長倒れてるカフェ、だいぶ不安なんだけど」

 とりあえずツッコミだけ入れてから、自分の席に向かう。

 机の中を探ると、折りたたんだA4の紙が出てきた。

 さっきまで黒板に書いていたシフト案と、裏パンフのページ構成が雑にメモしてあるやつだ。

「また装飾?」

 装飾ゾーンのほうを見ながら聞く。

「装飾と、メニュー表と、裏パンフの構成会議と、先生への相談予約と……」

「それ、もう役割“装飾担当”とかじゃなくて、“文化祭マネージャー”じゃない?」

「マネージャーってもっと裏方で静かにしてるイメージなんだけど」

「今のは“全部自分で動いちゃう系マネージャー”って意味ね」

「なるほどね〜」

 桜井が、机に額をくっつけたまま、かすかに笑う。

「人気者も大変だな」

「いやいや、“人気者”ってワード使うのやめて〜」

 机に顔を押しつけたまま、もぞもぞと抗議の声だけ上がる。

「事実だからしょうがない」

「安藤くんもでしょ、最近ずっと動いてるじゃん」

 今度は、顔を上げてこちらを見る。

「裏パンフとシフトと、あと地味に火消し担当」

「火消し担当?」

「表紙のときとかさ。火事になる前に空気冷やしてくれるやつ」

 ああ、と心の中でだけ納得する。

(火種を見つけるのが観察係の仕事だと思ってたけど)

(ここ最近は、“延焼防止係”の時間もけっこう多い気がするな)

「ちょっとこっち来てよ」

 桜井が、隣の椅子をぽんぽんと叩いた。

「このゾーン、片づける前に、頭だけ片づけたい」

「頭だけ片づけるって表現、ちょっと怖いんだけど」

 と言いつつ、僕は装飾テーブルのほうに歩いていって、桜井の斜め向かいの椅子に座った。

 机の上には、手描きのロゴ案や、カフェの内装ラフ、冊子のタイトル候補が散らばっている。

「裏パンフのコンセプト決めた日さ」

 桜井が、ペンを指先でくるくる回しながら口を開く。

「けっこう助かったよ」

「表紙の後ろ姿案?」

「うん。それなかったら、たぶん今頃“桜井表紙案”を断る元気もなくなってた」

「そんなにギリギリだったの?」

「地味にね」

 桜井は、天井を見上げるみたいに椅子にもたれかかった。

「“誰も黒子で終わらない文化祭”ってさ」

「うん」

「あれ聞いたとき、普通に“あ、これ借りよ”って思ったんだけど」

「……借りるって言い方」

「自分で言葉考えるより早いし、って意味じゃなくてね?」

 ペンの先で、自分のノートをちょん、と叩く。

「“あ、わたしもそうしたいな”って感覚に、名前つけてもらった感じ」

 少しだけ、照れくさそうな顔をした。

「いや、あれはその場のノリで出しただけで」

 僕は、頬をかきながら視線をそらす。

「大げさに持ち上げられると、黒歴史側に寄っていくからやめてほしい」

「黒歴史冊子、“観察係名言集”作る?」

「やめてほんとに」

 口ではそう言いながらも、胸のあたりが少しだけくすぐったい。

 静かな教室で、他に誰もいない時間。

 蛍光灯の白い光と、窓の外の夕焼けが混ざった空気の中で、さっきまでの騒がしさが全部遠いものみたいに感じられる。

「なんかさ」

 桜井が、ふっと息を吐いた。

「こうやって静かな教室で喋ってるとさ」

「うん」

「昼間の“わー”ってしてた時間、全部夢だったんじゃないかって思わない?」

「……分かる気がする」

 昼間は、クラスの真ん中でみんなを巻き込んでいる人が。

 夕方になると、急にモノローグ多めの人になる。

 そのギャップが、ちょっとずるいな、と僕は思う。

「裏パンフのエッセイ、書けそう?」

 僕は、机の上のノートを指で示しながら聞いた。

「ネタは死ぬほどあるんだよね」

 桜井が、天井を見たまま答える。

「“今日の男子が調子に乗ってた様子”とか、“まとまらなくて厨房カオス”とか」

「タイトルだけで冊子が一冊埋まりそうなんだけど」

「書こうと思えばいくらでも書けるんだけどさ」

 そこで、少しだけ言い淀んだ。

「ただ、“スポットライト浴びてない側”の話を書きたいネタが、多すぎる感じ」

「スポットライト浴びてない側」

「教室の端っこでお皿洗ってる人とかさ。黙々とポスター塗ってる人とか。

 レジやりたくないから、ひたすら裏で氷だけ入れてくれてる人とか」

 指を折りながら、一人ずつ思い浮かべていくように話す。

「そういう人たちの“今日一番うれしかった瞬間”をちゃんと拾いたいのにさ」

 そこで、少し間があいた。

「最近さ」

「うん」

「自分が“話題の中心”みたいな扱いされてる時間が、一番長いの、なんだかな〜ってなる」

 桜井は、椅子にもたれたまま片手で額を押さえる。

「カフェの準備でも、“とりあえず桜井”。

 冊子のほうでも、“編集長やって”、“表紙どう?”って」

「うん」

「“主役じゃない人”の話書きたいのにさ。

 気づくと自分のほうが“主役枠”に押し込まれてるの、なんか変だよねって」

 教室の蛍光灯の音だけが、しばらく聞こえる。

 すぐに、気の利いた返しは出てこなかった。

(分かるなー、と普通にうなずきたい)

(こっちはこっちで、“モブでいたいのに、観察係ポジションで目立ち始めてる”っていう、別の感じのしんどさがある)

 でも、ここで軽く「分かる、じゃあ交代する?」みたいな冗談に逃げると、たぶん全部薄まってしまう。

 それも、なんか違う気がした。

「……まぁ……ね」

 結局、口から出てきたのは、そのくらいの言葉だった。

「なにその、感想文の“とてもよかったです”レベルのコメント」

 桜井が、苦笑混じりに突っ込んでくる。

「語彙力、がんばって?」

「今、頭の中で下書きしてるから、ちょっと待って」

 息を一つ吐いてから、言葉を選ぶ。

「でもさ」

「うん」

「桜井が“主役じゃない人の話を書きたい”って言ってくれるのはさ」

 天井じゃなくて、こっちをちゃんと向くように目線を戻す。

「当の“主役じゃない人たち”からしたら、けっこう救われる気はするけどね」

「救われる?」

「少なくとも、“また桜井かよ”って空気が出そうになったときにさ。

 自分でブレーキかけようとしてくれる“主役側の人”って、そんなに多くないと思うし」

 そう言ってから、自分でも少し照れくさくなって目をそらす。

「……」

 桜井は、しばらく黙って僕を見ていた。

 やがて、口の端をちょっとだけ上げる。

「……そういう言い方されると、ちょっとだけ頑張ろうかなって気にはなる」

「“ちょっとだけ”ってちゃんと付けるの、らしいね」

「でも、主役枠はマジで誰かとシェアしていきたい」

「主役枠をシェアって表現、なんか新しいな」

「一人で全部背負うのは重いからさ。人数で割りたい」

「割られた分、こっちの仕事増える未来が見えるんだけど」

「それはそれ」

 桜井は、ペンを机の上でくるくる転がした。

「安藤くんはさ、“モブ志望”って言ってるけど」

「うん」

「最近、普通に“クラスの真ん中で一番冷静な人”って見られてない?」

「やめて。その認識拡散されると、仕事増えるやつ」

「もう増えてるじゃん。シフト表も冊子も、あと火消しも」

「否定はできない」

 椅子の背もたれに寄りかかりながら、軽くため息をつく。

「モブでいたいのに、“モブにしてくれない感じ”は、ちょっと分かるかもね」

「モブにしてくれない感じ?」

「黒子でいさせてくれ、って思ってるのにさ」

 黒板のほうに視線を向ける。

 そこには、今日の放課後に書いたメモの名残りがうっすら残っていた。

「気づくと“黒子の動き見てる人たち”の視線が、ちょいちょい飛んでくる感じとか」

「……あー」

 桜井が、少しだけ目を細める。

「それ、今わたしが言った“主役疲れ”の話と、たぶん同じ種類のやつだ」

「立ち位置違うだけで?」

「うん。立ち位置違うだけで、わりと同じ沼にいるんだね、わたしたち」

「同じ沼って表現やめない?」

「沼仲間」

「それはそれでいやだな」

 そんなふうに軽く言い合いながらも、胸のどこかで「たしかに同じかもしれない」と思っている自分がいた。

「じゃあさ」

 桜井が、机の上の紙を一枚手に取った。

 裏パンフの構成案が、箇条書きで書かれている。

「裏パンフの中くらいはさ、“主役じゃない人たち”優先でいい?」

「そっちはむしろ大歓迎」

 それは、観察係としてはむしろ願ったりかなったりだ。

「でも、“主役じゃない人たち”の話を書くときさ」

 紙を指でとん、と叩く。

「観察係さん、ちゃんと見ててね」

「それは、仕事なので」

 気恥ずかしさをごまかすみたいに、わざと少しだけ堅い言い方になる。

「じゃあ、頼りにしてます、観察係さん」

 そう言って、桜井は少しだけ笑った。

 さっきまで机に突っ伏していたときよりも、表情はだいぶ軽くなっている。

◇

 家に帰る道すがら、イヤホンはポケットにしまったままだった。

 いつもなら、適当に音楽を流して教室のざわざわを上書きするのに。

 今日は、夕方の空気と足音だけで十分な気がした。

(“人気者も大変だな”って他人事みたいに言いながら)

(その大変さを、ちょっとだけ一緒に持ててる気がする)

 立ち止まって、スマホを取り出す。

 いつもの観察メモアプリを開いて、一文だけ打ち込んだ。

『主役とモブ。立ち位置違うだけで、わりと同じ沼にいる』

 画面を閉じて、少しだけ笑う。

 そんなことを考えながら、いつもより少しだけゆっくり家までの道を歩いた。

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もりぞー

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