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第31話 終業式前後と、「契約更新」

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/7 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 3,426文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第31話 終業式前後と、「契約更新」

本文

終業式が終わって教室に戻ると、最後のホームルームが始まっていた。

「連絡事項読み上げるけど、聞きながら片付けていいぞー」

 先生の投げやりな許可が出た瞬間、待ってましたとばかりに教室は片付いていく音で満たされる。

 掲示板の紙が剥がれる、びり。

 ガムテープが伸びる、べりべり。

 ロッカーの中身が減っていくにつれて、空気まで軽くなっていく。

 みんなのテンションだけ、先に春休みに突入している。

(一応、話も聞いてやれよ)

 黒板の端に貼られていた係の表とか、行事予定とか、いつの間にか見慣れていた紙が次々と消えていく。

 それを見てると、逆に実感が遅れてくる。

 一年、終わるんだな。

 四月のあの「新しい席の匂い」から、ここまで来たのかと思うと、変な感じだ。

 長かったようで、教室の中だけで見れば、あっさりしている。

 山本が、ロッカーの前でガサガサと何かを探していた。

「やばい、俺の消しゴムが一年の闇に飲まれてる」

「一年の闇って何」

 大木が笑いながら返す。

「机とロッカーはブラックホールだからな」

(ほんと、そう)

 僕も自分のロッカーを開けて、奥に押し込まれていたプリントの束を見つけた。

 見なかったことにしたい過去が、わりとある。

(モブは“整理整頓”が下手でも許される……はず)

 そう自分に言い訳しながら、必要そうなものだけを抜き出して、カバンに入れた。

◇

 その流れで、通知表が配られる。

 教室が、その瞬間だけやたら静かになる。

 先生が名前を呼んで、一人ずつ前に行って受け取る。

 その動きが繰り返されるだけなのに、なぜか心臓が少しうるさい。

 前の席の大木が、やけに背筋を伸ばして座っている。

(……大木が緊張してるの、珍しい)

 その背中越しに、教室の真ん中あたりから落ち着きのない気配が伝わってきた。

 足をカタカタさせてるの、たぶん山本だ。

「なあ安藤ー」

 前の席から声だけが飛んでくる。

「なに」

「通知表ってさ、封筒に入ってるよな?」

「入ってるね」

「……見えないよな?」

「見えないよ」

「よかった。見えてたら人生終わってた」

(見えてたら終わる人生って何だ)

 大木が小さく笑って、前を向いたまま肩を揺らす。

 先生が山本の名前を呼ぶ。

 山本が「はいっ」と無駄に良い返事をして前に出ていった。

 受け取って戻ってくるまでが早かった。

 戻ってきた瞬間、山本は席に沈んで、封筒を額に当ててうめいた。

「……生きてる」

「点数じゃなくて生存確認してるの、初めて見た」

 大木が小声で言う。

 山本は封筒を抱えたまま、まだ開けない。

「開けるの、家でにするわ。ここで開けたら場が凍る」

「凍るのは山本だけだろ」

「俺が凍ると、周りも気まずいだろ」

(巻き込むな)

 僕の名前が呼ばれて、前に出る。

 封筒を受け取るときに、先生が小さく言った。

「安藤、一年よく頑張ったな。来年もこの調子でな」

 無難に刺さるタイプの一言だった。

 褒められてるのに、目立たない感じがするやつ。

「はい」

 僕はそれだけ返して席に戻った。

 封筒の中身は、たぶんいつも通りだ。

 悪目立ちしない点数。

 誰かに羨ましがられないし、心配もされない。

(モブのちょうどよさ)

 封筒の角を指で軽くなぞって、安心する。

 この安心感だけは、わりと好きだ。

◇

 ホームルームが終わって、解散の空気になる。

 教室の後ろの扉に、部活へ急ぐ連中や、一刻も早く帰りたい組が殺到する。

 僕はその激流に巻き込まれるのを避けて、わざと席でカバンを整理するフリをした。

 みんながいなくなってから、静かに出ればいい。

 モブの基本スキル、「時間差退室」だ。

 そうやって嵐が過ぎるのを待っていると。

 教室の前の方から歩いてきた誰かが、僕の机の横を通り過ぎた。

 桜井だった。

 彼女は足を止めない。

 僕の方を見もしない。

 ただ、すれ違う一瞬、僕にだけ聞こえる声で呟いた。

「……階段の踊り場で、待ってる」

 それだけ。

 桜井はそのまま、歩くスピードも変えずに教室を出ていった。

 周りの誰も気づいていない。

 ただ近くを通っただけに見えたはずだ。

(……スパイ映画かよ)

 僕は心の中でツッコミを入れつつ、少しだけ間を空けてから席を立った。

 指定された場所に行かないという選択肢は、たぶんない。

◇

 教室を出て、人の波が引いた廊下を歩く。

 特別教室棟へと続く、東側の階段。

 そこの踊り場は、予想通り静かだった。

 部活へ行く生徒はみんな一階へ降りてしまうし、教室に残る生徒もここまで来ない。

 桜井は、手すりに寄りかかって外を見ていた。

 通学カバンを肩にかけ、手には未開封の茶色い封筒を持っている。

 真昼の明るい陽射しが差し込んで、舞っている埃が白く光って見えている。

 僕の足音に気づいて、桜井が振り返った。

「おつかれ。見つからないように来た?」

「来たよ。悪いことしてる気分だ」

「悪いことはしてないよ。業務連絡」

 桜井はくすっと笑って、持っていた封筒を軽く掲げた。

 さっきまで中身を確認しようとしていたのかもしれない。

 彼女は封筒を持つ手を下ろすと、少しだけ言葉を探すみたいに視線を落とした。

「あのさ……来年度も、エッセイ続けてもいいかな?」

 いきなり本題だった。

 でも、桜井の声は、少しだけ自信なさげに揺れていた。

「別に僕が決めることじゃないけど……」

 僕は、なるべく逃げ道が残るように言葉を選んだ。

「書いてて楽しいなら、やめる理由なくない?」

 背中を押すというより、扉の前の荷物をどかす感じ。

 通りたいなら、通っていい。そういうだけ。

 桜井は、大きく息を吐いて、肩の力を抜いた。

 張り詰めていた糸が切れたみたいに、表情が柔らかく崩れる。

「……そっか。楽しい、か」

「たぶん、でいいと思う。断言すると逆にしんどいし」

「それ、分かる。断言すると“やらなきゃ”になる」

 桜井が頷いて、こぼれるように笑った。

 それは学校で見せる「桜井さん」の顔じゃなくて、もっと無防備な顔だった。

「更新落ちるときもあると思うけど、それも込みでいいんじゃない」

「うん……そういう“逃げ”の許可が欲しかったのかも」

(逃げの許可)

 それを人に言えるのって、たぶん強い。

 僕が黙っていると、桜井は封筒の角を指でいじりながら、もう一つだけ言った。

「で、もう一個」

 ここからが本命っぽい。

 桜井は顔を上げて、僕をまっすぐ見た。

「来年度も、観察係よろしくね」

 窓からの光が逆光になって、表情が少し眩しそうに細められる。

 さりげない言葉だけど、その目は逸らさずに僕を見ていた。

 僕の中で、言いかけた言葉があった。

(当たり前だろ)

 たぶん、それが一番素直だ。

 でも、それを言った瞬間、空気が一段だけ固くなる気がした。

 春休みの初日に、心臓の仕事量だけ増やしたくない。

 僕は、飲み込んで、代わりに安全運転の返事を選んだ。

「……業務、更新でお願いします」

 言ってから、自分でも少し笑いそうになる。

 こういう言い方にすると、変に真面目にならずに済む。

 桜井は、一拍だけ止まって、それからぱあっと顔を輝かせた。

「口頭更新だけ?」

 桜井が、右手を差し出してきた。

 小さくて白い手。

 階段の下から、運動部の掛け声が微かに響いてくる。

「……なに」

「ほら、区切り。句点みたいなものだから」

 儀式、と言わずに、句点と言った。

 文章を書く彼女らしい、でも少しだけ言い訳がましい比喩。

 差し出された指先が、わずかに震えているようにも見えた。

 言い換えられた瞬間、僕の返事の置き場がなくなった気がした。

 僕は一瞬だけ迷って、恐る恐る手を伸ばした。

 桜井の手のひらに、僕の手のひらが触れる。

 柔らかい感触と、確かな体温が伝わってくる。

 ぎゅっと握るわけじゃなく、ただ触れて、確かめ合うだけの握手。

 桜井は、恥ずかしそうに視線を少しだけ逸らして、でも手は離さなかった。

「更新完了。ありがとうございます、観察係さん」

 数秒の後、桜井は手を離して、いたずらっぽく付け足した。

「これで来年度、苦情は受け付けませんので」

「……あくどい契約だった」

「返品不可です」

 桜井は「じゃ」と小さく手を振って、階段を降りていった。

 その足取りは、来る時よりもずっと軽やかに見えた。

 僕はその背中を見送ってから、自分の封筒を持ち直した。

(来年も、モブのままじゃ済まない気がする)

 今日の終業式は、終わったはずなのに、まだ余韻だけ残ってる。

 教室の掲示物はもう半分以上消えている。

 ロッカーも軽い。

 なのに僕の中だけ、ひとつだけ片付かない。

 モブでいるはずだった。

 なのに、桜井の「よろしくね」が、僕の中でまだ鳴っている。

 僕は目立たないように息を吐いて、右手を軽く握ってみた。

 手のひらに、まだ微かに熱が残っている気がした。

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もりぞー

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