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第33話 匿名の引力と、鋭すぎる観測者

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/7 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 3,369文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第33話 匿名の引力と、鋭すぎる観測者

本文

新学期の休み時間は、落ち着かない。

 席が変わって、距離がリセットされて。

 みんなが手探りで「盛り上がれる話題」を探している。

 そして、その日の最初の火種は。

 いちばん軽そうな顔をして、いちばん危ない場所へ転がっていった。

「ねえ、知ってる? 最近話題の、あのブログのやつ」

「ああ、主役になれなかった人たちの高校生活、ってやつ?」

 そのタイトルが出た瞬間、僕の胃のあたりが勝手にきゅっと縮み上がった。

(……それって)

 たぶん、桜井のやつだ。

 去年から彼女が密かに書いている匿名エッセイ。

 知ってるのは僕と西村だけ。

 僕は「本文を見ない」と決めていて、西村は「見ている」。

 この差が、今の僕らの役割分担として機能している。

 僕は教科書を適当に開き、活字の上を視線だけ滑らせる作業に戻った。

 モブの鎧は沈黙だ。

 ここで不用意に顔を上げれば、見えない線が繋がってしまう。

「この前の駅前の回、マジでやばくなかった?」

「分かる。あの終わり方がずるいんだよ。読んだあと、いつもの帰り道がちょっと違って見える感じ」

 好き勝手に語る声が、教室の空気を軽く持ち上げる。

 匿名というのは、強い。

 作者の顔が見えないぶん、読者は遠慮なく自分の理想を投影する。

 勝手に神格化し、共感し、そして──遠慮なく事故も起こす。

 僕はページをめくるふりを続けた。

 心臓だけが、余計なテンポを刻む。

 反射的に桜井のほうを見そうになって、理性がブレーキをかけた。

 その代わり、視界の端で捉える。

 桜井が談笑の輪の中で、笑顔を貼り付けたまま、スカートを掴む指先にぎゅっと力を入れたのを。

 それだけ。

 それだけで、彼女が平気じゃないのは分かった気がした。

(大丈夫。まだ、大丈夫だ)

 そう自分に言い聞かせた直後。

 隣でページをめくる音が、ふつりと止まった。

 佐伯が、会話の盛り上がりを一度だけ見た。

 興味本位ではない。

 状況を、情報として取り込む目だった。

「それ、この前の『土曜日の更新分』の話だよね」

 声がすっと通って、ざわつきが一瞬だけ凪いだ。

「え、佐伯さんも読んでるの?」

「意外、そういうの興味なさそうなのに」

 話題の中心になりたがっていた女子たちが、意外そうに身を乗り出す。

 佐伯は表情を変えず、平然と続けた。

「前の学校にいた時、SNSでたまたま流れてきた。……文章が、上手い」

 感想は短い。だけど、妙に刺さる重さがあった。

「どこらへんが? 雰囲気?」

 誰かが聞くと、佐伯は少しだけ宙を見て、正確な言葉を選び出した。

「視点の位置がいい。外側から見ているのに、解像度が高い」

「あと、情報の切り取り方が綺麗。……余計なノイズを消して、次に誘導してる」

 教室の温度が、じわっと上がる。

 ただの雑談が、批評の熱を帯びる。

 褒め言葉のはずなのに。

 僕は、嫌な方向の予感だけを拾ってしまう。

(やめろ、その具体的な褒め方は……)

 それは、「作者への興味」を加速させる燃料だ。

 視界の端で、桜井の背筋が強張ったのが見えた。

 西村は何も言わない。言わないまま、目だけで教室の気流を読んでいる。

 その判断の速さが、僕には警報に見えた。

「作者、絶対大人じゃない? 高校生にあんなの書ける?」

「いや、でも感性が最近の高校生っぽくない?」

 予感的中。

 作者の輪郭を特定しようとする方向へ、空気が流れ始める。

 僕は今朝、ふとタイムラインで見かけたリンクを思い出した。

 タイトルだけが視界に入って、僕は開かないままスマホを伏せた。

(……読まなくてよかった)

 中身を知らないからこそ。

 僕は今、作者の味方でも読者の味方でもない、フラットな顔をしていられる。

「……面白いでいいじゃん」

 僕は教科書から目を上げないまま、独り言のように言葉を置いた。

 声は小さく。

 でも、教室の雑音に埋もれず、拾われるギリギリの音量で。

「匿名なんだからさ。作者が誰かを当てるのって、野暮だろ」

「面白いなら、それで終わりでいいんじゃないかな」

 一瞬、空気が止まる。

 水を差したわけじゃない。熱の方向を変えただけだ。

 その隙を見逃さず、西村がカットインしてくる。

「そうそう! 作者当てってさ、当てた瞬間に一番冷めるやつじゃん」

「なにそれ」

「マジックの種明かしと一緒。しかも万が一当たって、本人が近くにいたりしたら地獄絵図でしょ」

 西村の言い方は軽い。

 軽いのに、的確な釘だけが刺さっていく。

 教室の誰かが「あーね」と笑った。

 その笑いに乗って、張り詰めていた緊張感が霧散する。

「確かに。面白いのは変わんないしな」

「作者、今ごろどっかの学校でニヤニヤしてるかもね」

 危ない流れが、笑い話で薄まっていく。

 その瞬間、視線が刺さった。

 桜井と、ほんの一秒だけ目が合った。

 彼女は、完璧な笑顔のまま。

 机の陰で、人さし指を一度だけ折った。

 小さく。

 まるで、暗号みたいに。

(……警戒レベル、一段下げ。ありがと)

 そう読めた。

 僕は返事の代わりに、シャーペンを一回だけカチッと鳴らした。

 小さい合図。

 二人だけ分かるテンポ。

 けれど。

 隣から、無視できない視線の圧が来た。

「……今の、わざと?」

 佐伯凛が、頬杖をついたまま僕を観察している。

「何が?」

「話題を誘導した。『正体』の特定から、作品の『評価』へ」

 声に感情の色はない。

 ただ事実を確認するような、フラットな響き。

 なのに、図星を突かれているのが痛いほど分かる。

「偶然だよ」

「偶然にしては、タイミングが良すぎる。……火消しみたいだった」

 佐伯はそれだけ呟いて、視線を自分のノートに戻した。

 僕は内心冷や汗をかいた。

 少なくとも。

 今年の隣の席は、気が抜けない。

◇

 放課後、教室がほどけていく。

 帰宅組と部活組と、春の雑談組に分裂して。

 僕はその端で、鞄の口を閉めるタイミングを測っていた。

 視界の隅で、西村が桜井の袖を軽く引くのが見えた。

 二人は示し合わせたように教室の外へ出ていく。

 西村の口が早い。桜井は頷く回数だけが増えている。

 見ないふりをして、僕も教室を出た。

 昇降口へ向かう廊下。

 背中にふわりと影が落ちた。

「……安藤くん」

 振り返ると、桜井がいた。

 近すぎない、それでいて周りの喧騒に溶ける、絶妙な声で話す。

「さっきの」

 それだけ言って、桜井は一瞬、言葉を詰まらせた。

 詰まらせたまま、僕の指先に視線を落とす。

 一年の時の終業式、あの熱い握手の記憶が蘇る。

 心臓が、勝手に不整脈を起こす。

「……ありがと」

 言葉は短い。

 けれど、そこには確かな体温が込められていた。

「……気をつけないとね」

 何が、とは言わなくても通じる。

「うん。見てる人が多いのはうれしいけど……気をつけるね」

 桜井は、冗談めかして言って、困ったように笑った。

 その笑顔が、少しだけ無理をして貼り付けているように見えて、僕は目を逸らさないように意識した。

「春休み、お互い静かだったね」

「まぁ、休みだしね」

「ふふ。充電期間ってことだね」

 桜井がふと顔を下に向けた。

「……クラス、離れたらどうしようかなって思ったら、なんか指が止まっちゃった」

 桜井が、独り言みたいに小さくこぼした。

「……僕も。似たようなもんだよ」

「そっか。よかった、私だけじゃなくて」

 桜井はそう言って、すぐにいつもの余裕ある表情に戻る。

 それでも、纏う空気は少しだけ慎重だった。

 さっき教室で漂った“作者特定”の気配が、まだ彼女の肌に残っているのかもしれない。

 桜井は廊下の前後の人影をさりげなく確認してから、さらに声を潜めた。

「……忘れてないよね」

「何を?」

「私の、観察係。……休み中静かだったから、契約切れちゃったのかなと思って」

 冗談みたいなセリフなのに、上目遣いの瞳だけは冗談じゃなかった。

 不安と確認と、少しだけ期待が混ざっているように見えた。

 僕は息を整えて、余計な言い訳を削ぎ落とす。

「忘れてないよ」

 桜井の肩が、ほんの少しだけ緩んだ。

「よし」

 その一言のあと。

 彼女はすれ違いざま、僕の鞄の肩紐に指先をそっと触れさせて、すぐに離した。

 スタンプを押すみたいに、一回だけ。

「今日は合格。……助かりました」

 触れそうで触れない距離。

 でも、心臓には直接届く温度。

「じゃ。明日も、観察係よろしくね」

「努力目標にしとく」

「あ、逃げた」

 桜井は小さく笑って、今度こそ振り返らずに歩き出した。

 その背中が、少しだけ軽くなっているように見えた。

 匿名は強い。

 だからこそ、脆くて怖い。

 そして今年は。

 その強さと怖さのすぐ隣で、僕は定期的に“更新確認”をされながら生きることになるらしい。

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もりぞー

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