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第41話 優しさの辞書と、つなぐ言葉

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/9 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 2,574文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第41話 優しさの辞書と、つなぐ言葉

本文

翌日の昼休み。

 チャイムと同時に、西村が教卓に「箱」をドンと置いた。

 空き箱にマジックで『全員リレー見出し 投票箱』と書かれている。

「はーい注目! 体育祭号の全員リレー、見出しを募集しまーす!」

 西村のよく通る声が、教室の弁当タイムを中断させる。

「採用されたら、紙面でドカンと使われます。今回はただのアイデア出しだから、匿名OK! 文句でもポエムでも何でも書いて!」

「文句は募集してないぞ」

 僕が横から小声で突っ込むと、西村は親指を立ててウィンクした。

 僕はため息をつきながら、クラスのみんなに用紙を配って回る。裏紙を四等分しただけの投票用紙だ。

「安藤、これ何書けばいいの?」

「リレーのイメージとか、キャッチコピーとか。適当でいいよ」

「適当って一番困るんだけど」

 文句を言いながらも、みんな面白がってペンを手に取っている。

 佐伯と桜井は、後ろの席からその様子を見守っていた。

「締め切りは放課後まで! みんなよろしくー!」

 西村が叫んで、僕らの短いランチタイム営業は終わった。

 あとは、魚がかかるのを待つだけだ。

◇

 放課後。

 六月の日は長いけれど、教室には少しずつ茜色が混ざり始めていた。

 部活へ行く生徒たちが去り、静かになった教室。

 後ろの席――机を四つつなげた「編集部(仮)」に、僕らは集まった。

 真ん中には、ずっしりと重くなった投票箱が鎮座している。

「予想より入ってるね」

 佐伯が箱の重さを確認するように持ち上げた。

「私の演説が効いたかな!」

 西村が胸を張る。

「じゃあ、開票しようか」

 桜井が言って、僕らは机を囲んだ。

 窓から差し込む夕日が、机の上に長い影を落とす。昼間とは違う、少し落ち着いた空気だ。

「読み上げるから、サエは仕分けね。採用・保留・却下の三択で」

「……了解」

 佐伯は無言で小さく息を吐いてから、ペンを構えた。

「一枚目! 『激アツ! 運命のバトン!』」

 西村がドラムロールの口真似つきで読み上げると、僕の放課後の気だるさが一気に吹き飛んだ。

「……」

 佐伯が真顔で、その紙を「却下」の山へ滑らせる。

「パチンコ屋のポスターみたいだね」

 僕が言うと、西村が「それ!」と机を叩いた。

「フォントが赤と金に見えるね。まさにポスター」

「でも、熱量はいいと思う。熱量は燃料だから」

 桜井がフォローを入れるが、苦笑いは隠せていない。

「次、二枚目。『秒速で決着!』」

「……煽りすぎ。保留」

「三枚目。『優勝以外はカス』」

「論外。却下」

 佐伯の仕分け作業が続く。

 大半はふざけた回答か、勢いだけの言葉だ。

 けれど、西村の手が、ある一枚で止まった。

「……これ、どう思う?」

 差し出された紙には、乱暴な字でこう書かれていた。

『遅い奴は置いてく 勝負は非情』

 一瞬、テーブルの空気が止まった。

 夕暮れの静けさが、急に重くなる。

 誰かが悪気なく書いただろう言葉。

 昨日の体育で漂っていた、あの嫌な空気の言語化だ。

「……これは、なし」

 桜井が静かに言った。

 怒っている感じはしない。

 ただ、きっぱりと線を引く声だ。

「事実かもしれないけど、紙面にすると刺さるから」

「だよねー。却下!」

 西村が明るく振る舞って、その紙を弾く。

 けれど、佐伯がペンを回しながら言った。

「でも、勝負の感じは残したい。言い方は柔らかくしよう」

 佐伯の言葉に、桜井が手元のメモ帳を引き寄せた。

 さらさらとペンを走らせる。

『勝負→挑戦』

『置いてく→つなぐ』

 そのメモを、僕の方へずらす。

 まるで辞書の書き換えだ。

 僕はそれを見て、思わず口元が緩んだ。

「湊、なにニヤけてんの」

「いや、この変換表、優しさの辞書みたいだなって」

「辞書って言わないで……恥ずかしい」

 桜井が顔を赤くして、メモ帳を隠した。

 つなぐ。

 昨日の体育で、僕が身長差を理由に走る順を変えたのも、結局はそれだったのかもしれない。

 速さを競うんじゃなくて、凸凹を埋める作業。

 思考が、ふと言葉になる。

 僕は手元の紙に、それを書き留めた。

『全員リレーは、競い合うんじゃなくて、補い合うもの』

「……それ、いいね」

 隣から、桜井の声。

 西村と佐伯は、次の紙の仕分けで盛り上がっている。

 その隙をつくように、ふわりと甘い匂いがする距離で、僕のメモを覗き込んでいた。

「え、見てたの?」

「見えちゃった。安藤くん、控えめなのに芯がある」

「そうかな?」

「うん。採用。その言葉、編集として採用します」

 桜井が柔らかく笑う。

 逆光の中で、彼女の輪郭がふわりと輝いて見えた。

 それから僕らは、残りの票もすべて確認した。

 西村が読み上げ、佐伯が仕分け、僕と桜井で言葉を整える。

 くだらない案に笑ったり、鋭い指摘に唸ったり。

 そうして箱が空になる頃には、教室はすっかり夕焼けに染まっていた。

「じゃあ、最終案はこれで決まり」

 作業が一段落したところで、佐伯の声が響いた。

 佐伯が、選び出したキーワードを机の上に並べ直す。

 投票箱から拾い上げた言葉を、僕らが少しだけ整えた形だ。

「これをベースに、安藤くんのメモを混ぜる」

 佐伯が新しい紙に、太いマーカーで書き始めた。

 迷いのない筆致。

『つなぐ挑戦 ~補い合う工夫~』

「コンセプトは安藤くん。ワードはみんな。……悪くないね」

 シンプルで、誰も傷つけない。

 でも、少しだけ前を向ける言葉。

「おー、いいじゃん! サエ、字うまい!」

「当然。読みやすさは大事だから」

 佐伯は完成した紙を、クリアファイルに丁寧に挟んだ。

 編集部の決定稿が入る、共有ファイルだ。

 紙の端が揃う音が、心地よく響く。

「よし、今日の業務終了! 部活見て帰ろーっと」

 西村が大きく伸びをして、鞄を掴んだ。

「お先! サエも行くよ!」

「私は職員室に寄る」

「じゃあ途中まで!」

 台風みたいな二人が教室を出ていくと、急に静けさが戻ってきた。

 残された僕と桜井。

 夕日が長く伸びて、二人の影を重ねている。

「お疲れ様。安藤くんも、ありがとね」

 桜井が僕を見て言う。

 その目は、やっぱり「優等生」の仮面が少し外れていて。

「僕は何もしてないよ。開票しただけ」

「ふふ、またそれ?」

 桜井が笑う。

 窓の外はもう完全にオレンジ色だ。

 ファイルに綴じられた『つなぐ挑戦』の文字が、夕焼けに染まっている。

 昨日のトラブルが、こうして一つの「言葉」に変わった。

 その達成感が、心地よい疲れと一緒に胸に残る。

「……じゃあ、また明日」

「うん。また明日」

 僕らは少しだけ時間をずらして、教室を出た。

 廊下に落ちる夕日の温かさが、明日へつながるバトンみたいに見えた。

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もりぞー

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