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第45話 図書館の結界と、ファミレスの定位置

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/9 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 4,146文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第45話 図書館の結界と、ファミレスの定位置

本文

体育祭の「号外」は、勢いで出し切った。

 けれど、学期末に出す新聞はそうはいかない。

 写真の整理というのは、だいたい「終わった」と思ったあとに、本当の審査が始まる。

 今、まさにそんな感じだ。

(この一枚、良い)

(でも、紙面に置くと主張が強い)

(じゃあこれ……いや、こっちか)

 脳内の審査員がやたらと厳しい。

 そのくせ、判断基準は曖昧だ。体育祭のときの熱気が、僕の感覚を少し狂わせているのかもしれない。

 ふと時計を見る。

 今から出ると、待ち合わせの時間を少し過ぎそうだった。

 ポケットの中でスマホが震えた。

『先についたし、席取っとくね 穴場の続きだよ』

 桜井からのメッセージ。

 穴場の続き、という言い方が桜井らしい。

『今出る 少し遅れるかも ごめん』

 短く返して、僕はノートPCを閉じた。

 メモリーカードと、選定候補の写真をバッグに放り込む。

(期末前に何やってるんだって話だけど)

(期末前だから、やってるんだよな)

 妙に納得して、僕は駅へと走った。

◇

 日曜の図書館は、深海みたいに静かに混んでいた。

 静かに、というのがポイントだ。

 人口密度は高いのに、音だけがフィルターかかったみたいに消えている。

 椅子を引く音すら、全員で相談して音量を下げているような空間。

 自習席の列を抜け、奥の長机を探す。

 見つけた瞬間、視線が吸い寄せられた。

 桜井が、いた。

 いつもの制服ではない、緩いニットの私服姿。

 髪を高い位置で束ねたポニーテールが、窓からの光を透かしている。

 無防備に晒されたうなじが、教室の「優等生・桜井すみれ」とは違う、オフの空気感を漂わせていた。

 そして。

 なぜか桜井の席の隣の椅子に、バッグが鎮座している。

 図書館、隣の席というシチュエーションで一年の終わりの記憶がよみがえってくる。

(……えっと)

 あの時も、席は隣だった。

 ただ、別にそこが僕の席だと決まってるわけじゃない。

 けれど、そのバッグの置き方は雄弁だった。

 ここは予約済みです。関係者以外、立入禁止。

 そんな「結界」が張られているみたいだ。

 桜井が顔を上げた。

 僕と目が合うと、ふわりと表情が緩む。

「安藤くん、来た」

「遅れてごめん」

「ううん、大丈夫。……ちょっとだけ遅かったね」

 責めていない口調なのに、言葉の先端が少しだけ尖っている。

 刺すときの桜井は静かだ。

 図書館の空気に馴染みすぎていて、逃げ場がない。

「そのバッグって……?」

「席、取ってた」

「……ここ、僕が座るってことになってるの?」

「なってるよ?」

 言い切ったあと、桜井はふいっと視線を窓の外へ逃がした。

 その横顔が妙に真面目で、僕はふざけて返す隙を失う。

「これは占領では……」

「占領じゃなくて、確保だよ。確保」

 桜井は悪戯っぽく口角を上げると、バッグを持ち上げて自分の足元に置いた。

 ぽん、と空いた座面を掌で叩く。

 座れ、という無言の合図だ。

 僕が腰を下ろすと、彼女は何事もなかったように教科書を開き直した。

「写真、持ってきた?」

「持ってきたよ。遅刻の原因だけど」

「原因なんだ?」

「勉強からの現実逃避にはちょうどいいアイテムだから」

「ふふ。それ、分かる」

 桜井が短く笑って、ペンを握る。

 そのとき、反対側の椅子が引かれた。

「予定より五分遅刻した、ごめん」

 佐伯だ。

「遅れた人がもう一人増えた」

「私は誤差の範囲だよ」

「誤差って便利な言葉だよな」

「便利な言葉は、説明がいらないから」

 佐伯が淡々と言い切り、どさりと参考書を積んだ。

 そのドライなやり取りを、桜井が横から拾う。

「物は言いよう、だね」

「……うん」

 僕の返事が短くなったのは、たぶん図書館のせいだ。

 桜井との距離が、学校の机よりも近いせいではない。たぶん。

 佐伯が机の上を見回し、僕と桜井の配置を確認する。

「席、編集のときと同じだね、合理的」

「ほら」

 桜井が小声で言う。

 勝ち誇った感じはないのに、勝ちを確定させてくるトーンだ。

「何がほらなの」

「隣のほうが、相談しやすいでしょ」

「相談するつもりだったの?」

「……するつもりで取った」

 取った、という言い切り。

 席は物じゃないのに、彼女の中ではすでに所有権が発生しているらしい。

 佐伯がプリントを机に広げた。

「期末まで、残り十日だね」

「言葉で殴らないで」

「事実だから」

「事実で殴るのが一番痛いんだよね……」

 僕がぼやくと、桜井がノートの端を指でとんとん叩いた。

 静かに笑っている。

「じゃ、そろそろ勉強する?」

「そうだね。……写真は、休憩のときにでも」

「了解。まずは現実を見ようか」

「現実、見たくないなぁ……」

 僕はため息交じりにノートを開き、英語の長文読解を始めた。

 カリカリ、というペンの音だけが響く。

 静寂の中で、思考だけが滑っていく。

 ふと、視線を感じた。

 顔を動かさず、目線だけを横に向ける。

 桜井が、僕のノートを覗き込んでいた。

 近い。

 彼女のシャンプーの匂いが、古本の匂いに混ざって漂ってくる。

「……安藤くんの字、落ち着くよね」

「急に何」

「なんでだろうね?」

「それは僕が聞きたいよ……」

「私には、ちょうどいい字なんだよ、きっと」

 ちょうどいい。

 どうとでも捉えられるその言葉が、耳の奥に残る。

 覗き込む彼女のまつ毛が、瞬きのたびに震えているのが見えた。

 桜井自身も、口にしてから少し不思議そうな顔をした。

 単なる事実を述べただけ、という顔で小首を傾げている。

「……だから、隣で見ててもいい?」

「見てないで勉強しよう」

「ふふ。即答」

 桜井は視線を戻すと、付箋にさらさらと何かを書き、僕のノートの端に貼り付けた。

 「落とした」のではなく、明確な意思を持って「貼った」音だった。

(あの時の図書室でも、こんなことあったな……)

 文字を見る。

『集中できてる?』

(……できてないのがバレてる)

 顔を向けると、桜井は何事もなかった顔で問題集に戻っている。

 声を出せない代わりに、文字で刺してくる。

 このアナログな通信手段が、デジタルのメッセージよりも温度を含んでいる気がして、僕は少しだけ居住まいを正した。

 自分の付箋を一枚剥がし、短く返す。

『頑張ります』

 桜井のペン先が一瞬止まって、また動いた。

 止まった理由は分からない。

 けれど、机の上の空気が、ふわりと甘い成分を含んだ気がした。

 そのタイミングで、今度は別方向から椅子が引かれた。

「見ーつけた。遅刻しちゃったよ!」

 西村だ。

 図書館という空間に似合わない、極彩色のテンポで現れる。

「声」

 僕が言うと、西村は口元を手で押さえ、わざとらしく囁いた。

「静音モードですぅ」

「わざとらしい……」

「褒め言葉、あざっす」

 西村が空いている椅子に座ろうとして、僕と桜井の配置を見た。

 にやり、と口元が歪む。

「あれ、相変わらず夫婦席?」

「夫婦席じゃないよ」

 桜井が小声で即否定する。

 普段なら流すところを、珍しく反応が速い。

 食い気味だった。

「たまたまだよ」

 僕が付け足すと、桜井がすがるような目で僕を見た。

 ごまかして、と目が言っている気がする。

「はいはい。たまたまね、たまたま」

 西村がニヤニヤしながら、鞄を下ろす。

「で、湊。静かなハーレム形成中じゃん」

「図書館でハーレムって何だよ」

「静かだと余計に背徳感ない?」

 西村の囁きが、全然静かじゃない。

 すぐ背後から、咳払いが一つ、重たく落ちてきた。

「お静かにお願いします」

 司書さんの笑顔。

 笑顔の形をした、絶対零度の圧力。

 西村が反射的に背筋を伸ばした。

「すみません。反省します」

 反省の速度だけは速い。

 だが、その有効期限はカップ麺より短い。

 西村が限界そうな顔で小声をもらす。

「ここ、私には向いてないね」

「確かにね」

 思わず即同意してしまう。

「やっぱりきつかった。というか、もう無理。窒息する」

「限界早いね」

「だって静かすぎるもん。文字が私を殴ってくる」

 僕は机の上を片付けながら、桜井を見る。

 桜井は問題集を閉じて、少しだけ口元をゆるめて頷いた。

「移動しようか」

「……賛成。ここ、西村と相性悪いね」

 佐伯が結論を置く。

 結局、僕たちは静寂から追い出されるように、席を立つことになった。

◇

 駅前のファミレスは、適度な喧騒に満ちていた。

 食器が触れ合う音、注文を繰り返す声。

 図書館の静けさと180度違うけど、ここでは心地よいBGMになる。

 四人掛けのボックス席。

 奥に佐伯と西村。

 手前に、僕と桜井。

 座る流れで、桜井は何の迷いもなく僕の隣を選んだ。

(……偶然、だよな?)

 そう思って、この件はいったん棚上げした。

 どうせ考えても結論は出ない。

 西村がドリンクバーのメニューを開きながら、ニヤリと笑う。

「はい、やっぱり湊ハーレムじゃん」

「さっきと同じネタだし。……いつもの編集部じゃん」

 僕はため息混じりに即答した。

 色気のない返しをしておかないと、西村の燃料になるからだ。

「なんか、編集部って呼び方定着したよね~。ほんとは(仮)がつくけど!」

 西村が茶化すように言う。

 佐伯が水を一口飲み、冷静に分析を入れる。

「席の並び、図書館のままだね。意図的かな?」

「意図的じゃない」

 僕が言う。

「意図的じゃ、ないよ」

 桜井も重ねる。

「一致してるじゃん」

 西村が笑う。

 僕は視線だけで隣を見た。

 桜井はストローの袋を丁寧に折りながら、何でもない顔をしている。

 だが、その肩は僕の肩と触れるか触れないか、ギリギリの距離にある。

(……何でもない顔が、上手すぎる)

 この数センチの隙間だけ、他人が入り込めない密度になっている気がした。

 西村が僕のノートを指でちょんと叩く。

「で、勉強会ね。サエ先生、今日の授業は?」

「先生ではないけど」

「先生だよ。最適とか合理とか言ってくるし」

「言ってないよ。今日は現実を言ってるだけ」

「現実がいちばん痛いんだってば」

 佐伯が容赦なくプリントを机に広げる。

「前提ね。期末まで十日だから」

「また殴った!」

「殴ってないよ。確認しただけ」

「確認がボディブローになってる……」

 西村が机に突っ伏す。

 その様子を見て、桜井が笑いを飲み込むように口元を隠した。

「ふふっ」

 楽しそうな声が、すぐ隣で弾ける。

 僕もつられて、少しだけ頬が緩むのが分かった。

 ハーレムなんて華やかなものじゃない。

 ただ、この騒がしくて、合理的で、少しだけ距離の近い空間が、今の僕の定位置になりつつある。

(……まあ、いっか)

 僕は桜井が開いた教科書の、ちょうどいい文字を眺めながら、ペンを回した。

 期末前の憂鬱さは、ファミレスの喧騒に紛れて、どこかへ消えていった。

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もりぞー

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