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第58話 「背景」が見えるのは、君だけだから

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/12 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 2,765文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第58話 「背景」が見えるのは、君だけだから

本文

十月に入り、放課後の空気は急速に秋めいてきた。

 窓の外が薄暗くなるのが早い。

 文化祭まであと二週間。校舎全体が段ボールとペンキの匂いに包まれ、どこかのクラスが練習する合唱の声が微かに響いている。

 そんな浮ついた空気の中、僕たち新聞係、またの名を「編集部(仮)」の四人は、いつもの空き教室に避難していた。

 クラスでは今頃、全員参加の段ボール加工作業が佳境を迎えているはずだが、僕たちは担任の先生から「新聞発行のための特別活動」という名目で許可を取って、ここに避難している。

 サボりではない。これもまた、重要な役割だ。

「――結論から言うと、文化祭特集号の構成案は二択かな」

 佐伯が、ホワイトボードにカツカツとマーカーを走らせる。

 彼女は振り返らず、背中越しに断言した。

「文化祭のあとに出すなら、感想より答え合わせだね。結果と反省が一番読まれる」

 佐伯は「A」「B」と大きく文字を書いた。

「案A『行列が伸びた時間帯と売れ筋まとめ』、案B『交代で詰まった瞬間と対策』。……来年の役に立つからね」

 相変わらずの切れ味だ。

 先日、僕を「湊」と呼び捨てにするという爆弾を投下して以来、佐伯の仕切りがやけにキレている気がする。

 ちなみにクラスの男子には「あれはただ短い方で呼びたかっただけだよ」と説明してある。まあ、誰も信じていない感じがするけど……。

「うわ、ガチのやつじゃん。夢がないねー」

 西村が頬杖をつきながら、退屈そうにペンを回す。

「サエさぁ、お祭りだよ? 終わったあとにシフトの反省会みたいな記事読みたくないって。ねえ、すみれは?」

 西村がパスを回す。

 静かにプリントを眺めていた桜井が、顔を上げた。

 彼女は少しだけ視線を伏せ、言いづらそうに口を開く。

「……私は、その、体験レポートみたいなのがいいかなって」

「レポート?」

「うん。……実はね、去年、私あんまり回れなかったから」

 桜井は苦笑いをした。

 整った顔立ちに、微かな陰りが落ちる。

「クラスの受付とか、お手伝いとかしてたら、あっという間に終わっちゃって。……だから今年は、ちゃんと見て回りたいなって。数字じゃなくて、みんながどんな顔で楽しんでいたか、その空気感を残せたら素敵だなって」

 しん、と場が静まる。

 桜井がそんな顔をすると、見ている僕たちのほうに罪悪感が湧いてくる。反則だ。

 佐伯も一瞬だけペンを止めて、ほんのわずかに息を吐いた。

「……そうだね。採用」

 佐伯が即答した。

「えっ、早! サエ、すみれに甘くない?」

 西村が目を丸くするが、佐伯は涼しい顔で「空気感も貴重な記録だからね」とノートに書き込む。

 まあ、今の空気で拒否はできないよな……。

「まぁ、いっか。よし決まり! 今年のテーマは『全エリア制覇』。取材ってことにして、全部回ろ!」

 西村が両手を叩いて宣言する。

 その宣言を聞いた瞬間、僕の中のやる気が一度死んだ。

「全エリア? 非効率的だよ」

 佐伯が眉をひそめる。

「全部で四十二個ある。取材時間を一件十分としても七時間。開催期間が二日間あるとはいえ、全て確認できるか分からないよ」

「そこをなんとかするのが、サエの手腕でしょーが」

「……計算してみるけどさ」

 佐伯はブツブツと計算していたが、ふと、その口元が微かに緩んだ。

 どうやら、変なスイッチが入ったらしい。彼女の瞳に熱が灯る。

「仕方ないな……最短で回るルートを作るよ」

 よし、流れは決まった。

 問題は、誰がどう動くかだ。

「じゃあ、役割分担だけど」

 西村が仕切る。

「私は『リーダー』ね。サエのルートの管理と、全体の時間管理をやるから」

 まあ、西村がいるなら佐伯の暴走は止まるだろう。

「あ、ちょっといい?」

 柔らかい声が遮った。

 桜井だ。

 彼女は作業の手を止め、佐伯を真っ直ぐに見つめた。

「写真は、凛ちゃんにお願いしたいな。凛ちゃんの撮る写真、構図が綺麗で好きなの。構図の切り取り方が上手いっていうか」

「……私は広報委員としての経験もあるからね。了解したよ」

 佐伯があっさり頷く。

 口元が、ほんの少しだけ緩んだように見えた。

「ありがとう。……じゃあ、記事の文章は私が書くね。私、どうしても書きたいテーマがあるから」

「テーマ?」

「うん。文化祭って、キラキラしてるところだけが全部じゃないでしょ?キラキラ以外の空気も拾いたいんだ」

 桜井はそこで言葉を切り、ゆっくりと僕の方を向いた。

 大きな瞳が、逃げようとしていた僕を捕まえる。

「……だから、写真に添える一言、安藤くんにお願いしたいな」

 唐突な指名に、空気がピクリと反応する。

「……僕?」

 思わず聞き返す。

 佐伯が怪訝そうに口を挟んだ。

「待って。文章なら私でも書けるよ。写真とセットのほうが、まとめやすいと思うけど」

「ううん、違うの凛ちゃん」

 桜井は、ふわりと笑った。

 けれどその笑顔は、佐伯の言葉を優しく、しかし断固として拒絶していた。

「凛ちゃんの文章は『正しい』の。でも、私が欲しいのは『背景』なの」

「……どういうことなのかな?」

「えーと、つまり」

 桜井は紙の端を指で押さえたまま、僕を見た。

「安藤くんはいつも、教室の隅っこまで見てるでしょ?」

 その言葉で、僕は桜井のエッセイに引きずり込まれた“最初の日”を思い出す。

 『安藤くんって、そういうの、よく気づいてるでしょ』と、当時も言われていたっけ……。

「キラキラした場所だけじゃなくて、誰も見ていない『背景』に気づけるのは……安藤くんだけだから」

 彼女は一歩、僕に近づく。

 有無を言わせない「圧」が、笑顔の裏から滲み出ていた。

「この記事の『背景』は、安藤くんじゃないと困るの。……ダメ、かな?」

 桜井は僕の顔を覗き込むように見て、首を少しだけ傾げた。

 口調は「お願い」なのに、空気はもう決まっているみたいだった。

 佐伯は「……そう見える根拠があるなら、受け入れるよ」と、眉を少し寄せたまま引き下がった。

 西村はニヤニヤしてこちらを見ている。

 僕は小さく息を吐いた。

 さっき思い出した僕と桜井の始まりが、背中を押してくる。

 あの時から桜井は、こういう場面では意外と強引だ。

 そして僕は、その強引さに弱い。

 それに。

『安全地帯で解説してるだけじゃ、一番いいとこは持ってけねえぞ』

 陸の言葉が、言い訳を探す僕の脳裏をよぎる。

 一番いいところなんて、想像できない。

 けど、「背景」としてついていくだけなら、僕の性分にも合っている……はずだ。

「……分かった。その『背景』、僕が拾ってみるよ」

 僕が観念して答えると、桜井はぱあっと花が咲くように破顔した。

「ふふ、ありがとう! 頼りにしてるね、安藤くん」

 その笑顔を見て、佐伯がボソリと「……非効率だと思うけどな」と呟いたのが聞こえたが、僕は聞かなかったことにした。

 こうして、文化祭当日の取材班が決まった。

 撮影係、佐伯。

 リーダー、西村。

 記事担当、桜井。

 そして背景担当、僕。

 役割分担は決まった。

 僕の胃が持つかどうかを除けば。

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もりぞー

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