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第67話 いつもの、でしょ?

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/14 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 2,465文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第67話 いつもの、でしょ?

本文

修学旅行から二週間。

 十二月の空気は容赦なく冷たく、放課後の教室は暖房が切れた瞬間から冷蔵庫へと変貌する。

「じゃあ、ファミレス行く?」

 西村がノートを乱雑にバッグへ押し込みながら提案した。

「うん。お腹空いたね」

 桜井が素直に頷く。

「サエも来るでしょ?」

「……まあ、今日は予定もないから」

 佐伯が淡々と返す。

 そして、三人の視線が示し合わせたように僕へ集まった。

「……安藤くんも来るよね?」

 桜井が、小首をかしげて言う。

 疑問形だが、そこには『来ない選択肢なんてないよね』という無言の圧力が含まれている気がする。

「うん、行くよ」

 僕が頷くと、桜井は「よかった」と花が咲くように笑った。

 ◇

 ファミレスに到着したのは、夕方の五時過ぎ。

 店内はまだ空席が目立ち、窓際の四人掛けテーブルを難なく確保できた。

 なんとなく定位置になりつつある配置。

 窓側に僕と佐伯。通路側に桜井と西村。

「じゃあうち、ドリンクバー取ってくるー」

 西村が軽い腰を上げると、桜井も「あ、私も行く」と続いた。

「安藤くんは?」

「あ、いや。僕はあとで」

「じゃあサエは?」

「私も後でいい」

 佐伯がメニューに視線を落としたまま答える。

 桜井と西村が、きゃっきゃと軽い足取りでドリンクバーのコーナーへ向かう。

 その背中を見送ってから、佐伯がふぅ、と小さく息を吐いた。

「……修学旅行の疲れ、まだ引きずってる?」

「疲れというより、テスト勉強という現実に戻るのが面倒」

「分かる」

 僕も正直、同感だった。

 修学旅行の三日間は、あまりに非日常の濃度が高すぎた。

 祭りのあと、無理やり平熱の日常に戻されたような感覚。

 悪くはない。

 けれど、どこかピースが足りないような――。

 その時だった。

「はい、安藤くん」

 戻ってきた桜井が、事もなげに僕の前にグラスを置いた。

「……え?」

「ドリンクバー。ついでに持ってきたよ」

 グラスの中身を見る。

 薄い黄金色の液体に、控えめに浮いた氷。

 ……ジンジャーエールだ。

「いつもの、でしょ?」

 桜井が、少し得意そうに笑う。

 僕の思考が、一瞬止まった。

「……なんで分かったの?」

「だって安藤くん、ドリンクバーだといつもジンジャーエール選んでるでしょ。しかも氷少なめで」

 桜井は自分のグラスにストローを差しながら、今日の天気の話でもするかのように続けた。

「文化祭の打ち上げの時も、前にみんなで来た時もそうだったから」

「……よく見てるね」

「見てるっていうか、なんとなく覚えてただけ」

 桜井は特に深い意味もなさそうに、ストローでジュースをくるくると回している。

 その横で、西村がニヤニヤしながら席についた。

「すみれさぁ、湊の好み把握しすぎじゃない?」

「え、そう? ……普通でしょ、友達なら」

 桜井はきょとんとしている。

 その「普通」という単語に、僕の脳が引っかかる。

 これ、普通か?

「……湊への『解像度』が、異常に高いね」

 佐伯が、感情の読めない声で言った。

 その冷静な瞳が、僕と桜井を交互に見ている。

「湊のドリンクの種別だけならまだしも、氷の量まで正確に記憶してる。そこまでいくと、もう癖だよ」

「えっ、そんな大げさな……」

 桜井が少し戸惑ったように瞬きをする。

「大げさじゃないって。サエの言う通り。うちだって、湊がジンジャーエール派なのは知ってたけど、氷少なめなんて細かいとこまで気にしたことないし」

 西村がテーブルに肘をつき、楽しそうに身を乗り出した。

「すみれと湊、なんかもう通じ合ってるねー」

「通じ合ってないよ! ただ、視界に入ったから覚えてただけで……」

 桜井の声が少し高くなる。

「……桜井さん、ありがとう」

 このままでは収拾がつかない。

 僕はあえて冷静さを装って礼を言い、ジンジャーエールに口をつけた。

 ピリッとした刺激が喉を駆け抜ける。

 氷が少ないおかげで、味が薄まっていない。

 炭酸の強さもちょうどいい。

 ……僕が自分でサーバーから注ぐのと、同じだ。

 桜井は僕が飲むのを見て、ほっとしたように目尻を下げた。

「よかった。間違ってなかった」

 その無防備な笑顔が、妙に胸の奥深いところに刺さる。

 なんでもない気遣い。

 なんでもない笑顔。

 なのに、どうしてこんなに落ち着かないんだ、僕は。

 僕はグラスを見つめたまま、桜井から視線を逸らした。

 隣で、佐伯がボソリと呟く。

「……完敗。反論の余地がない」

 その声は、誰に向けたものでもなく。

 ただ、圧倒的な事実を前にした静かな敗北宣言のようだった。

 西村が「ん? サエなんか言った?」と反応したが、佐伯は「独り言」と短く切り捨てた。

 僕はジンジャーエールをちびちびと飲みながら、窓の外へ目を向けた。

 夕暮れの街が、オレンジ色に染まっている。

 その色がやけに眩しくて、僕はグラスに視線を戻した。

 ◇

 ファミレスを出たのは、七時を回った頃。

 西村と桜井は駅の方へ、佐伯は反対方向へ。

 僕は一人、家までの夜道を歩き出した。

 冬の夜の訪れは早い。

 等間隔に並んだ街灯が、アスファルトに僕の影を長く落としている。

 ポケットに手を突っ込み、白く濁る息を吐き出す。

(……なんとなく覚えてた、ね)

 桜井の言葉が、頭の中でリフレインする。

 彼女はたぶん、気づいていない。

 他人の些細な好みを覚えていることが、傍から見てどれだけ特別に映るか。

 佐伯が「解像度が高い」と言ったのも、西村が「通じ合ってる」とからかったのも、そういうことだ。

 ……そして、僕も。

 たぶん、桜井のことを同じくらいの解像度で見ている。

 彼女が迷わずオレンジジュースを選ぶこと。

 ストローの袋を丁寧に結ぶ癖。

 紙ナプキンを必ず四つ折りにすること。

 全部、知っている。

 この距離感が、心地いい。

 でも同時に、怖い。

 これ以上近づいたら、決定的な何かが変わってしまう気がする。

 今のこの、四人で笑っていられるバランスが崩れる気がする。

 だから、僕は「観察係」でいる。

 近すぎず、遠すぎず。

 桜井は物語の「主役」で、僕はその一番近くにいる裏方。

 その一線を超えたら、この関係は終わる。

 だから、ここで止めておく。

 この距離感が一番安全だ。

 ――たぶん。

 自分にそう言い聞かせて、僕は夜道を歩き続けた。

 冷たい風が、熱を持った頬を冷やすように撫でていった。

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もりぞー

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