第70話 二人の記憶と、四人の写真の表紙画像

第70話 二人の記憶と、四人の写真

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/14 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 4,029文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第70話 二人の記憶と、四人の写真

本文

期末テストが終わった。

 テスト期間の一週間は、あっけないくらい早く過ぎた。

 あの放課後に完成させた新聞も、テスト明けに配られて、教室の後ろのコルクボードに貼り出されている。

 十二月の最終週。答案返却も終わり、教室には冬休み前特有の弛緩した空気が流れていた。

 黒板には先生が書いた「冬休みの課題一覧」がびっしりと並んでいるが、誰もメモを取っていない。そういう日だ。

「打ち上げ! 打ち上げしよう!」

 西村が、四時間目の終了チャイムと同時に声を上げた。

「テスト明けの打ち上げ! イルミネーション見に行こ! 駅前、今年もやってるってインスタで見た!」

「……打ち上げにイルミネーション?」

「テスト頑張ったご褒美に、きれいなもの見るの。最高でしょ」

 西村の理屈は毎度シンプルだ。やりたいからやる。理由は後からつける。

「サエも行くよね?」

「……今日?」

「善は急げ、ってやつ」

「急いでるのは善意じゃなくて千夏の衝動だと思うけど」

 佐伯が淡々と返したが、ペンケースをカバンにしまう手は止まらなかった。

 つまり、行く気はあるらしい。

「すみれは?」

「うん、行く行く。安藤くんも行くよね?」

 桜井が、当然のように僕の方を向いた。

 選択肢を与えない笑顔だ。

「……まあ、予定はないけど」

「決まり!」

 西村が拳を突き上げる。

 僕は内心、少しだけ身構えていた。

 駅前のイルミネーション。去年も行った場所だ。

 ただし去年は、二人だった。

 ◇

 夕方、五時半。

 駅前ロータリーは、去年と同じ白い光で埋め尽くされていた。

 街路樹に巻きついたLEDが枝の形をなぞり、駅ビルのガラス面にはスノーフレークのプロジェクションが映し出されている。

 簡易ツリーも健在だ。去年よりひと回り大きくなった気がする。

「おー! めっちゃきれい!」

 西村がスマホを掲げた。改札を出て三秒で撮影を始めている。

「駅ビルの投影、力入ってるね。ツリーとの色の組み合わせも計算されてる」

 佐伯が冷静に分析する。イルミネーションを見ても感動の前に構造が出てくるのが、この人らしい。

「去年は二人で行ったんでしょ? 今年はうちらも混ぜてよね」

 西村が、カメラを構えたまま振り返った。

 心臓が跳ねた。

「去年は取材だったの!」

 桜井が、僕より先に声を上げた。

 声が半音高い。

「あー、はいはい。取材ね。二人きりの取材ね」

「千夏、その言い方やめて」

「間違ってないよ」

 佐伯がぼそりと援護射撃を入れる。味方のふりをした砲弾だ。

「凛ちゃんまで……!」

 桜井がマフラーの中に顔を沈めた。

 耳の先端が、イルミネーションの白い光の下でも分かるくらい色づいている。

 僕は視線をツリーに逃がした。

 去年のことを思い出す。まいにスーパーの袋ごと置き去りにされたこと。桜井の「ガードマン」という雑な肩書き。缶ココアの熱さ。「共犯者が必要なの」という、冬の空気によく通る声。

 あれは確かに、取材だった。

 取材だったのだと、僕も思っておきたい。

「はい、そこ並んで!」

 西村が、突然僕と桜井の肩をそれぞれ掴んだ。

「え、なに」

「ツリーバックでツーショット撮るの! ほら、もうちょい寄って!」

「いや、別に僕は——」

「寄る!」

 西村に背中を押され、桜井との距離が半歩詰まった。

 コートの袖が触れる距離。桜井はマフラーに顔を埋めたまま、抵抗しなかった。

「千夏、強引すぎ……」

「はいチーズ!」

 パシャ、と軽い音。

「もう一枚! 湊、顔死んでるからもうちょい自然に!」

「自然にって言われて自然にできる人間いないだろ」

「すみれー、もうちょい湊の方に寄ってー」

「……これ以上は無理だよ」

 桜井の声がマフラーの中でくぐもる。

 でも、離れようとはしなかった。

 佐伯は僕たちから少し離れた場所に立って、自分のスマホを構えていた。

 ツーショットではなく、西村が写真を撮っている僕たちを含めた全体を、引きの構図で撮っている。

 記録者のポジション。

 被写体の中に入らず、でも確実に残す。

「サエも入りなよ!」

 西村が佐伯の腕を引っ張った。

「……いい。私は撮る側で」

「ダメ。四人で撮るの。タイマーあるでしょ」

 佐伯は一瞬だけ逡巡したが、西村の手を振り払わなかった。

 西村がスマホをツリー横のポールに立てかけ、タイマーをセットする。

「十秒! 走って!」

 西村が佐伯を引きずるように列に加わる。

 左から、佐伯、西村、桜井、僕。

 タイマーのカウントダウンが点滅する。

 佐伯は姿勢を正したまま、正面を見ている。

 西村はピースサイン。桜井はどこに手を置けばいいか迷っているみたいに、コートの裾を握っていた。

 パシャ。

「よし! いい感じ!」

 西村が回収したスマホの画面を覗き込む。四人が横一列に並んだ、少しぎこちない集合写真。

「……悪くない」

 佐伯が画面を一瞥して、静かに言った。

 ◇

 人の波に流されながら、駅ビル二階のデッキに上がった。

 去年と同じ場所だ。手すりに沿った青と白のライトが点滅し、眼下のロータリーには車のテールライトが赤い川を作っている。

 去年は、桜井と二人で端っこに避難した場所。

 今年は、四人で真ん中あたりに立っている。

「あったかいの飲みたーい」

 西村が自販機の方を指差す。佐伯が「カフェオレ」とだけ言って財布を取り出した。

「桜井さん、ココアでいい?」

 気づいたら、口が動いていた。

 桜井が目を丸くする。

「え、いいの?」

「自販機、すぐそこだし」

 去年は桜井が二缶買ってきた。「はい、給料」と言って。今年は、僕が行く番だ。

 四人でいるなら、友達に飲み物を買うだけの話だ。それだけの話のはずなのに、自販機に向かう足取りが妙に早い。

 温かい缶ココアを二つ——一つは自分の分——買って、戻る。

 佐伯と西村はカフェオレの缶で手を温めながら、デッキの手すりに肘をついていた。

「はい」

 桜井に缶を差し出す。

「ありがとう」

 桜井が受け取って、笑った。

 特別なことではない、という顔。いつもの笑み。

 それだけだ。

 それだけなのに、缶を渡した右手が、ポケットに戻しても熱を持っていた。

「……去年と逆だね」

 桜井が、缶を両手で包み込みながら呟いた。

「去年は、私が買ってきたでしょ」

「覚えてるんだ」

「当たり前じゃん。『現物支給かよ』って言ったの、安藤くんだよ」

 僕のセリフまで正確に覚えている。

 指摘する気力はなかった。僕だって、「はい、給料」を覚えているのだから。

「今年は安藤くんがおごってくれるんだ。出世したね」

「出世というか、去年の返済というか」

「じゃあ来年はまた私の番だね」

 来年。

 その一語が、胸のどこかに落ちて、小さな波紋を作った。

 桜井は来年の話を、さも当然のようにする。

 来年もこの場所にいること。来年も僕がここにいること。それが前提になっている。

 視線を逸らす。

 イルミネーションの白い光が、冬の空気に滲んでぼやけて見えた。

「あ、ねえ見て。この角度だと、ツリーの上のほうの飾りが星に見える」

 桜井が手すりから少し身を乗り出した。

 コートの裾が揺れて、ココアの缶が傾く。

「こぼすよ」

「大丈夫、持ってるし」

 大丈夫じゃない持ち方をしている。

 僕は何も言わず、桜井のコートの裾を軽く引いた。

 引きすぎないように。でも、手すりから落ちない程度に。

 桜井が振り返る。

 少し驚いた顔。でもすぐに、ふっと目尻が下がった。

「……ガードマン、健在だね」

「契約更新したんで」

 桜井が「何それ」と小さく笑った。

 去年、桜井が言った「独占契約」の延長線上にある言葉だ。たぶん桜井も分かっている。分かっていて、笑っている。

 少し離れた場所で、佐伯がスマホの画面を見つめていた。

 さっき撮った集合写真を確認しているらしい。

「……文集に使えるかも」

 佐伯の呟きは、イルミネーションの喧騒にほとんどかき消された。

 でも僕の耳には、不思議と届いた。

 ◇

 デッキを降り、駅の南口から住宅街へ向かう帰り道。

 いつの間にか、隊列が分かれていた。

 西村と佐伯が前を歩き、僕と桜井が少し後ろ。

 西村が佐伯の腕を取って何か話しかけているのが見える。佐伯は迷惑そうな顔をしているが、振り払わない。

 冬の夜道は暗い。街灯がぽつぽつと並び、吐く息だけが白く浮かぶ。

「……去年より、賑やかだったね」

 桜井が、前を歩く二人の背中を見ながら言った。

「……うん。でも、去年も悪くなかったよ」

 僕が答えると、桜井の歩みが一瞬止まった。

 半歩。ほんの半歩だけ遅れて、また歩き出す。

 横を見ると、桜井はマフラーに顔を埋めていた。

 目から上だけが見えている。街灯の光が、その瞳に小さく映り込んでいた。

「……うん」

 マフラーの奥から、くぐもった声。

「去年も、よかった」

 それだけ言って、桜井は少しだけ歩く速度を上げた。

 僕の半歩前に出て、追いつかせないくらいの距離を保つ。

 でも、離れていくわけでもなかった。

 マフラーから覗く耳が、街灯の下で赤い。

 寒さのせいだと、思っておくことにした。

 前を歩く佐伯が、ふと右手をコートのポケットに入れた。

 何かに触れたのか、歩みが一瞬だけ止まる。

 すぐにまた歩き出して、何事もなかったように前を向いた。

 ポケットの中に何があったのか、僕には分からない。

 ただ、佐伯の横顔が、ほんの一瞬だけ柔らかくなったように見えた。

「ねー、年末どうする? 初詣とか行かない?」

 西村の声が、夜の住宅街に響く。

「気が早いよ、千夏」

「いいじゃん。四人で行こうよ、初詣!」

「……予定を確認してから答える」

「サエ、それ『行く』って意味でしょ」

「……好きに解釈して」

 前方で続く軽い口喧嘩を聞きながら、僕はポケットの中のスマホに触れた。

 去年は、二人だけの時間だった。

 今年は、四人の思い出になった。

 どちらがいいかなんて、比べるものじゃない。

 ただ——隣にいるのが同じ人なら、どちらでも悪くない。

 桜井が、半歩前を歩いている。

 マフラーに顔を埋めたまま、時々こちらを振り返る。目が合うと、すぐに前を向く。

 その仕草が繰り返されるたびに、ポケットの中の右手が少しだけ熱くなった。

 名前はまだつけない。

 つけたら、この距離が変わってしまう。

 でも、来年もここにいるだろうという予感だけが、冬の夜道を歩く足取りを、少しだけ軽くしていた。

ジャンル・タグ

, , , , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 3 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

もりぞー

👥 フォロワー: 1人

作者ページを見る