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第76話 仕事の、話ね

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/16 📚 シリーズ: 「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 📝 2,953文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録 - 第76話 仕事の、話ね

本文

三年A組。

 教室番号が変わっただけで、空気の匂いはもう違う。

 去年は二階の端だったのが、今年は三階の中央寄り。

 窓の外に見える桜の角度が変わって、花びらが風に舞う軌道も微妙にずれている。

 クラスメイトは同じだ。

 クラス替えなしの持ち上がり。

 それは去年の段階で分かっていたことだから、今さら感慨はない。

 ただ、見慣れた顔ぶれが見慣れない教室に散っている光景は、同じ映画を別のスクリーンで観ているみたいで、少しだけ落ち着かなかった。

 始業式のあとのホームルーム。

 担任が教壇に立って、出席簿をめくった。

「はいはい、静かに。席の確認からするぞ」

 黒板には座席表が貼り出されていた。

 自分の名前を探す。

 窓際の最後列——一番後ろ。

 去年より一つ後ろにずれた。

 窓の外の桜が、手を伸ばせば届きそうなくらい近い。

 悪くない。

 後ろに誰もいないから、背中を気にしなくていい。

 けど、隣の名前を見て、指先が止まった。

 ——桜井すみれ。

 去年は前方の中央寄りにいた桜井が、窓際の最後列。

 僕の、右隣。

 思わず桜井を見ると、席を確認しているところだった。

 座席表を指で辿って、僕と同じ場所に行き着いたらしい。

 一瞬だけこちらを見て、小さく目を丸くした。

 それだけ。

 僕はすぐに視線を戻して、席移動の準備を始めた。

 ◇

 新しい席に着く。

 隣は桜井。

 去年より距離が近い。

 窓からの風が、桜井の髪を揺らして、桜混じりの匂いが一瞬だけ流れてきた。

 新しい教科書のインクと、春の空気。

 西村は前方の中央あたりに座っていた。

 去年とは離れたけれど、振り返ればこちらが見える位置。

 佐伯は廊下側の中列。

 窓際の僕たちとは教室の対角に近い。

 担任が出席簿を閉じて、教室を見回した。

「確認事項だ。三年は卒業文集を作る。

 だから、各クラスから編集委員を出す必要がある」

 教室がざわついた。文集か、と誰かが呟く。

「やりたい奴いるか。四人くらい必要だ」

 一瞬の沈黙。

 佐伯が、迷いなく手を挙げた。

 廊下側から細い腕がすっと伸びる。

 声は出さない。ただ挙げただけ。

 でも、その動きに躊躇がなかったから、教室の空気が少しだけ動いた。

「おー、佐伯。他には」

 西村がひらひらと手を振った。

「はーい。うちもやる」

「よし。あと二人」

 桜井が静かに手を挙げた。

 隣の僕に目だけで「ね?」と問いかけるように。

 僕も手を挙げた。

「桜井と安藤。了解。四人だな。

 放課後に最初の打ち合わせやっとけよ」

 担任があっさり次の連絡事項に移る。

 僕は小さく息を吐いた。

 ——口実が、戻ってきた。

 佐伯が春休み前に言った「文集委員に滑り込めば、口実は残る」。

 あの声がこんなにあっさり現実になった。

 しかも佐伯が真っ先に手を挙げたのは、去年の段階でこうなると見越していたからだろう。

 ちらりと廊下側を見ると、佐伯はもうノートを開いて何か書き込んでいた。

 表情はいつも通りだった。

 ◇

 放課後。

 教室に残ったのは四人。

 初回なので机は動かさず、僕と桜井の席のあたりに椅子を寄せた。

 窓際の最後列。四人分の椅子が、こぢんまりと集まる。

「卒業文集か~」

 西村が椅子の背もたれに腕を乗せて、天井を仰いだ。

「新聞より、なんかこう……重みが違うよね。一回きりだし」

「構成が違う。月刊と一冊では作り方が変わる」

 佐伯が、鞄からクリアファイルを取り出した。

 二年生の時に作った新聞のバックナンバーだ。

 修了式の日に佐伯が持ち帰ったファイルが、春休みを越えてここに戻ってきている。

「高二のバックナンバー、全部ある。号外も含めて」

「サエ、持ってきたの? 初日から?」

「初回打ち合わせで必要になると思ったから」

 西村が「準備良すぎ」と笑った。

 佐伯は「当然の備え」と返した。

 いつものやりとりだ。

 佐伯がバックナンバーを机に並べながら、静かに言った。

「提案がある」

 三人の視線が集まる。

「三年間を年表にするのは退屈。それは他のクラスでもできる」

 佐伯の声は平坦だったけれど、目にはうっすらと熱があった。

「空気の変遷をアーカイブする文集にしたい。

 ……三年間で、この教室の温度がどう変わったか。

 それを残す」

「空気の変遷……」

 桜井が、その言葉を口の中で転がすように繰り返した。

「いいね、それ。

 行事の羅列じゃなくて、あの時教室がどんな温度だったか、みたいなことでしょ?」

 佐伯が頷いた。

「そう。事実だけじゃなくて、質感も残す」

「おー、カッコいいじゃん。うちは賛成」

 西村が手を挙げた。

 僕も頷いた。

 佐伯の提案は、去年の新聞作りの延長線上にある。

 僕たちがやってきたことの、自然な着地点だと思った。

「方針はこれで。役割の割り振りは次回」

 佐伯がノートに何か書き留めた。

 たぶん、今日の決定事項だ。

 相変わらずやることが早い。

 ◇

 打ち合わせが一段落して、西村と佐伯が鞄の中身を整理し始めた。

 その時だった。

 隣の桜井が、こちらに身を乗り出してきた。

 席が隣だから、距離がほとんどない。

 椅子ひとつ分も空いていない。

 制服の袖が僕の腕に触れそうなくらい近い。

「ねえ」

 桜井の声は、教室中央にいるときの「クラスの桜井」の声じゃなかった。

 少しだけトーンが低くて、僕にだけ届けようとしている声。

「ちゃんと、集まれる場所できたよ」

 桜井の目が、僕を真っ直ぐ見ていた。

「……契約、続けられるね」

 僕の指先が一瞬だけ止まった。

 契約更新。

 春休み前に桜井が口にした言葉。

 期間は卒業するその日まで。

 あのとき教室に二人きりで、桜井の耳が赤かったことを、僕はまだ覚えている。

「……うん。続けられる……ね」

「じゃあ、よろしくね」

 桜井が、少しだけ顔を傾けた。

 髪がさらりと肩から流れる。

「安藤くん、またネタ拾いお願いね」

 そこまでは、いつものトーンだった。

 次の一言が、違った。

「私の『専属』なんだから」

 教室の空気が、一瞬だけ止まった。

 僕は思わず桜井の顔を見る。

 桜井も自分の言葉に気づいたように、ほんの一拍遅れて目を見開いた。

「……仕事の、話ね」

 桜井が、自分に言い聞かせるように付け足した。

「……うん。仕事」

 僕も重ねた。

 タイミングが完全に一致した。

 互いに顔を見合わせて、それから同時に視線を逸らした。

 西村が、ぷっ、と吹き出した。

「……無理。ほんと無理。あんたたち、ほんっと無理」

 鞄を肩にかけたまま、口元を手で押さえている。

 目が完全に笑っている。

 佐伯は無言でノートを閉じた。

 何を書いていたのかは分からないけれど、口元がほんのわずかに緩んでいるのが横顔から見えた。

 桜井は軽く咳払いをして、身を引いた。

「……とにかく、よろしくね」

「……うん。よろしく」

 桜井が前を向き直す。

 隣の席。

 腕を伸ばせば届く距離。

 それが一年間、続く。

 僕は机の下で拳を開いたり閉じたりした。

 指先が、じんわりと熱い。

 ◇

 帰り際の並木道で、ポケットのスマホが震えた。

 文集委員のグループLINE。佐伯からだ。

 『初回議事録。添付。確認して』

 添付ファイルを開くと、今日の決定事項が箇条書きにまとめられていた。

 方針、役割仮案、次回の日程。

 打ち合わせが終わってそんなに時間が経っていないのに、もう議事録ができている。

 佐伯らしい。

 その下に、西村が返信していた。

 『仕事はやっ!! サエありがとー!!』

 桜井もスタンプを送っている。猫が拍手しているやつ。

 僕は画面を見つめたまま、少し笑った。

 四人のグループLINEに、新しい通知が灯る。

 高校三年生、最後の高校生活が、もう動き出していた。

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もりぞー

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