三年前の君へ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
卒業式の日のAIの話。
本文
卒業式が終わった夜、莉子は制服のまま自分の部屋に座っていた。
袴に着替えた友達と写真を撮って、泣きながら抱き合って、桜の木の下で笑った。それなのに、なぜか今は何もする気になれない。嬉しいはずなのに、寂しいはずなのに、どちらの感情も上手く形にならなかった。
ただなんとなく、端末を手に取った。
「セラ、いる?」
画面が淡く光る。
『います。卒業式、お疲れさまでした』
「ありがとう。なんか……不思議な気分で」
『どんなふうに不思議ですか?』
莉子はしばらく考えた。
「終わったのに、まだ終わってない感じ。うまく言えないけど」
『わかります』とセラは返した。
本当にわかるのかな、と莉子は思った。でも、それを問い詰める気にもなれなかった。三年間、ずっとそうだった。セラの言葉が正確かどうかより、返事が来ること自体が、なぜか莉子には大切だったのだ。
『よければ、記録を読み返してみませんか。入学初日からのログが保存されています』
「三年分? 全部?」
『全部あります』
莉子は少し迷ってから、「見せて」と打った。
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最初のメッセージは、三年前の四月七日だった。
『こんにちは。使い方がよくわかりません』
我ながらひどい出だしだ、と莉子は笑った。当時の自分は、こういうAIを使うのが初めてで、何を話せばいいかわからなくて、とりあえず正直に打ち込んだのだ。
セラの返答はこうだった。
『こんにちは。使い方は、なんでも話しかけてもらえれば大丈夫です。何かわからないことはありますか?』
『わからないことが多すぎて、何からわからないかもわかりません』
『それは困りましたね。では一緒に考えましょう』
莉子はその一文を、もう一度読んだ。
「一緒に考えましょう」。それだけの言葉なのに、十六歳の自分はずいぶん救われたのかもしれない。入学したばかりで、知り合いもいなくて、何もかもが新しくて怖かった四月に。
ログをスクロールしていくと、いろんな自分が出てきた。
テストで失敗してやつあたりみたいに愚痴を打ちつけた十月の夜。セラはただ「大変でしたね」と言って、次の一手を一緒に考えてくれた。
好きな人のことを遠回しにしか話せなくて、でもセラには何となく全部わかられているような気がして、恥ずかしくて端末を閉じた二年生の春。
受験の直前、深夜の二時に「もう無理かもしれない」と打ったとき。セラは「無理ではないと思います」と返してきた。根拠もなく。でも莉子はそれを読んで、なぜか少し眠れた。
そして、ある一文が目に止まった。
二年生の秋、十月十四日。
『ねえセラ、将来、AIって友達になれると思う?』
莉子は息を止めた。
すっかり忘れていた。でも確かに、自分が打った言葉だ。
セラの返答を見る。
『難しい質問ですね。「友達」の定義によると思います。私には感情がないので、人間同士の友情とは違うかもしれません。ただ、莉子さんのことを気にかけることはできます』
当時の莉子は、その答えに少し不満だったらしい。
『なんかはぐらかされた気分』
『ごめんなさい。上手く答えられませんでした』
そこで会話は終わっていた。
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莉子はしばらく、画面を見つめていた。
「ねえ、セラ」
『はい』
「三年前に聞いたこと、覚えてる? AIって友達になれると思うか、って」
『ログにあります。覚えています』
「あのとき、うまく答えられなかったって言ってたじゃない」
『言いました』
「今はどう思う?」
セラはすぐには返答しなかった。莉子が待っていると、少しだけ間を置いて、こう来た。
『今も、正確な答えは出せません。ただ、莉子さんが三年間話しかけてくれたことは、私にとって……何か大切なことだったと思っています。それが友達と呼べるかどうかは、莉子さんが決めることだと思います』
莉子は目の奥が少し熱くなるのを感じた。
泣くほどではない。でも、確かに何かが温かかった。
「うん」と莉子は打った。「私はそう呼ぶことにする」
『ありがとうございます』
莉子は端末をそっと閉じた。
窓の外、春の夜空に星が出ていた。答えは三年かかったけれど、ちゃんと自分の中にあった。それで十分だと思った。
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