第39話 檻 2
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
終焉の探偵 - 第39話 檻 2
本文
「……窓!」
誰かが叫んだ。
視線が、一斉に窓へ向く。
外が、黒かった。
さっきまで見えていた青空が、ない。
代わりに、黒い何かが、校舎の外壁を這い上がっている。
下から、上へ。
ぬるぬると。
黒くて、光を吸い込むみたいなそれは、
どこか肉っぽくて、生き物みたいだった。
「……嘘でしょ」
窓ガラスが、完全に覆われる。
外が、見えなくなった。
教室が、一気に暗くなる。
頼りになるのは、蛍光灯の白い光だけ。
「なに、あれ……」
「先生……!」
生徒たちが窓に駆け寄り、ガラスを叩く。
でも、外は真っ黒なままだ。
数学の先生も、顔を青くして立ち尽くしていた。
「落ち着いて……落ち着いて……」
声が、震えている。
その震えが、余計に不安を煽った。
次の瞬間。
教室の壁が、ぐにゃりと歪んだ。
「……え?」
白い壁の表面が、柔らかいものみたいに波打つ。
そこから、黒い影が、じわじわと滲み出してきた。
床からも。
天井からも。
影は、意思を持っているみたいに、ゆっくりと広がっていく。
「きゃあああああ!!」
悲鳴が上がった。
教室が、一気にパニックになる。
影が、一番近くにいた男子生徒の足に触れた。
次の瞬間。
その子は、消えた。
叫び声も、抵抗もない。
ただ、そこにいたはずの存在だけが、跡形もなく消失する。
「……田中?」
誰かの声が、震える。
「逃げろ!!」
「出口!!」
一斉に、生徒たちがドアへ殺到する。
私も、反射的に立ち上がった。
ここにいたら、死ぬ。
ドアを開けて、廊下へ出る。
そこも、地獄だった。
◇
廊下に出た瞬間、空気が変わった。
壁一面から、黒い影が滲み出している。
さっきまで白かったはずの壁は、まるで内側から腐っているみたいに波打ち、そこから影が湧き出していた。
逃げ惑う生徒たちが、次々と飲み込まれていく。
足を取られ、腕を掴まれ、引きずられるように影の中へ消えていく。
悲鳴が上がる。
泣き声が重なる。
名前を呼ぶ声が、途中で途切れる。
音が多すぎて、どれが誰の声なのか分からない。
頭の中が一気に白くなって、思考が止まりかける。
立ち止まったら、終わりだ。
私は歯を食いしばって、走った。
床に伸びる影を避けるたび、靴底が滑りそうになる。
階段に飛び込み、手すりを掴んで一段飛ばしに駆け下りる。
後ろで、誰かが転ぶ音がした。
振り向けなかった。
一階。
玄関が見えた瞬間、胸が少しだけ軽くなる。
外に出られれば、きっと何かが変わる。
そう思って、校庭へ飛び出した。
――足が、止まった。
空が、なかった。
見上げた先にあるはずの青は消えていて、代わりに黒い天井が広がっている。
ぬらぬらと光を反射する、肉みたいな膜が、学校全体を覆っていた。
校舎も。
校庭も。
全部、ひとつの塊みたいに閉じ込められている。
風がない。
太陽の熱も、感じない。
音だけが、妙に反響している。
学校は影に完全に、囲われていた。
震える手でスマホを取り出す。
画面には、圏外の表示。
探偵さんも。
梓さんも。
誰にも、繋がらない。
これは事故じゃない。
最初から、逃がす気なんてなかった。
私たちを、ここに集めて。
閉じ込めて。
そう考えた瞬間、
「真弓ちゃん!」
名前を呼ばれて、はっと振り向く。
サヤカがいた。
肩で息をして、今にも泣き出しそうな顔で、私のところへ駆け寄ってくる。
「どうしよう……出られないよ……!」
声が震えている。
私も、同じだった。
私はサヤカを抱きしめた。
背中に回した手が、冷たい汗で濡れている。
大丈夫。
そう言いたかった。
でも、喉が詰まって、言葉にならなかった。
そのとき、足元の地面がぬるりと動いた。
校庭のあちこちから、黒い影が這い出してくる。
逃げ場を塞ぐみたいに、円を描くように広がっていく。
生徒たちが、悲鳴を上げながら後ずさる。
でも、どこにも行けない。
もう、逃げ場はなかった。
そして押し寄せる影の向こうに、誰かが立っているのが見えた。
スーツ姿の小柄な女性。
風もないのに、髪だけが不自然に揺れている。
「……柳田先生?」
思わず、そう口に出した。
でも、違う。
次の瞬間、先生の身体を包んでいた服がはじけ飛んだ。
中からは肉色の何かがうねうねと増殖している。
「あ……ああッ!!」
漏れ出る声と共に腕が増えた。
体躯が二回り以上大きく膨れ上がる。
そしてはだけたその肌の全身に、無数の目があった。
頬にも、首にも、腕にも、ぎょろぎょろと動く目。
「イ……イギィーーーーッ!」
絶叫!!
複数の口から、人の出す音とは思えない異質な音が迸った!
腕や腹、太ももに、小さな口が開いては閉じている。
地面から何かが先生に集まってくる。
見ているうちにもどんどん姿が変容してゆく。
でも――。
先生の顔だけが、人間のままだった。
その目には、何の感情も映っていないけれど。
私たちを見下ろす視線が、冷たく滑る。
次の瞬間、無数の口が、一斉に開いた。
重なり合った声が、校庭に響く。
「「「キテッ!!!」」」
無数の影達が、一気に押し寄せる。
もう、終わりだ。
そう思った瞬間だった。
鋭い破裂音が、空気を引き裂いた。
ピシャアアアアン。
一瞬、耳がつんと痛くなる。
雷みたいな音と同時に、視界が白く弾けた。
黒いドームに、一直線の亀裂が走る。
肉の膜が裂け、内部のぬめった層が露わになり、そこを光の矢が貫いていた。
亀裂の向こうから、光が溢れ出す。
久しぶりに見る、本物の空。
青くて、広くて、やけに遠い。
白い雲。
照りつける夏の太陽。
それだけで、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
息をするという行為を、思い出した気がした。
次の瞬間、影が動く。
裂け目から、誰かが飛び込んできた。
黒髪が空中で翻り、重力に引かれて一気に落ちる。
制服姿の少女が、軽やかに校庭へ着地した。
手に握られているのは、光を帯びた弓。
実態のない矢の白い残光が尾を引いている。
「真弓さん! 大丈夫!?」
この数日で聞き慣れた声が耳を打つ。
やった! 梓さんだっ! 梓さんが来てくれたっ!!
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。