第40話 奇跡
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あらすじ
終焉の探偵 - 第40話 奇跡
本文
「真弓さん! 大丈夫!?」
その声で、絶望の淵から現実に引き戻された。
梓さんだっ!
梓さんは一瞬も迷わず、弦を引く。収束する光。
弓を引き絞る腕に、無駄な動きはない。
放たれた光の矢が、別の場所へ突き刺さる。
黒い膜が裂け、嫌な水音みたいな音を立てて亀裂が広がる。
三本目。
四本目。
次々に穿たれる裂け目。
ドーム全体が、悲鳴を上げるみたいに軋み始めた。
ミシミシミシ……。
歯を食いしばるような、不快な音。
そして、
――バリィン。
硬質な水晶が砕けるような音とともに、ドームの一部が崩れ落ちた。
校門の上。
黒い肉の天井に、大きな穴が開く。
光が差し込む。向こう側に、街が見えた。
信号。
ビル。
人が生きている世界。
「逃げて!!」
梓さんの声が、校庭に響く。
「校門から出られる! 早く!!」
一瞬の沈黙のあと、生徒たちが一斉に動き出した。
悲鳴と怒号を上げながら、我先にと校門へ向かって走る。
押され、ぶつかり、転びそうになりながら、巨大な人の波ができていく。
私も、走ろうとした。
「サヤカ!」
隣にいるはずのサヤカの姿を探す。
でも、人の背中に遮られて、どこにも見えない。
「サヤカ! どこ!?」
叫んだ声は、すぐに飲み込まれた。
悲鳴と足音にかき消されて、届かない。
人の流れに押されて、気がつくと私は校門のすぐ手前まで来ていた。
外の光が、やけに眩しい。
アスファルトの色。
信号機の音。
遠くで鳴るクラクション。
――外だ。
校門を一歩越えれば、もう学校の外。
あの黒い影も、触手も、届かない場所。
誰かに背中を押されて、足が前に出る。
半ば、突き飛ばされるみたいに。
……助かる。
その言葉が、頭に浮かんだ。
その瞬間。
「……真弓ちゃん……」
かすれた声。
気のせいだ。
こんな状況で、聞こえるはずがない。
でも。
「……どこ……?」
確かに、聞こえた。
サヤカの声だった。
足が、止まった。
人の流れは止まらない。
私の身体だけが、前に運ばれそうになる。
振り返る。
校庭の奥は、まだ影に覆われている。
黒い触手が、地面を這い回っている。
サヤカの姿は、見えない。
胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
ここから戻ったら、どうなるか。
考えなくても分かる。
助からないかもしれない。
戻ったら、今度こそ。
頭の中で、声がする。
行け。
今なら間に合う。
戻る必要なんてない。
私は、一度だけ、目を閉じた。
サヤカは、いつも先に教室に来ていた。
アプリの話をして。
くだらない動画を見せてきて。
笑っていた。
私は、歯を食いしばった。
怖い。
すごく、怖い。
それでも。
校門を越えかけていた足を、引き戻す。
人の流れから、無理やり身体を引き抜いた。
「ちょっ……危ないよ!」
知らない誰かの声。
私は答えなかった。
ただ、踵を返す。
逃げる人たちとは、逆方向へ。
影の中へ。
「サヤカ!!」
叫びながら、走り出す。
返事はない。
でも、止まらなかった。
――もし。
もし、これで終わっても。
置いていくよりは、マシだ。
人の流れに押されて、私は逆方向へ流されていく。
その時だった。
足元の地面が、ぬるりと盛り上がった。
黒い影が、地面を破って這い出してくる。
さっきより濃く、さっきより速い。
まるで、焦っているみたいに。
影が、逃げ遅れた生徒の足首を掴んだ。
「きゃあ!」
短い悲鳴。
引きずられるように倒れ、そのまま地面の中へ沈んでいく。
水に引き込まれるみたいに、抵抗も虚しく。
「やめて!!」
喉が裂けるほど叫んだ。
でも、影は止まらない。
影の中に踏み込んだ瞬間、足元が滑った。
ぬるり、とした感触。
思わず体勢を崩して、膝をつく。
「……っ!」
すぐ近くで、悲鳴が聞こえた。
「やだ、やだ……!」
サヤカだ。
視線を上げると、少し先でサヤカが転んでいた。
人に押されて倒れたらしい。
立ち上がろうとしているのに、足がもつれてうまく動かない。
その背後。
地面が、盛り上がっている。
黒い影が、じわじわと形を作りながら這い出してきていた。
触手みたいなものが、空気を探るように揺れている。
「サヤカ!!」
叫びながら、駆け寄る。
でも、影の動きの方が早い。
触手が、サヤカの足首に絡みついた。
「きゃっ!」
サヤカの身体が、引きずられる。
「やだ! なにこれ! 離して!!」
頭が真っ白になる。
考えるより先に、身体が動いていた。
私はサヤカの腕を掴んで、思い切り引いた。
「立って!! 早く!!」
「無理、足が……!」
触手が、さらに絡みつく。
ぬるぬるして、気持ち悪い。
腕が、震える。
力が、足りない。
それでも、離さなかった。
「お願いだから、立って!!」
声が、裏返る。
その瞬間、サヤカが必死に足を動かした。
転びながら、引きずられながら、なんとか体勢を立て直す。
私は、ほとんど体重を預けられる形で、サヤカを引き起こした。
二人とも、よろける。
その次の瞬間、光が影を射貫く!
私は、サヤカの手を離さなかった。
逃げる。
ただ、それだけ。
後ろで、地面がうねる音がする。
振り返らなかった。
「ごめん……ごめん……」
サヤカが、泣きながら言う。
「ごめん、真弓……」
「いいから、走って!!」
息が、苦しい。
足が、もつれそうになる。
でも、手だけは、絶対に離さなかった。
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