第43話 終焉の探偵 2の表紙画像

第43話 終焉の探偵 2

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/17 📚 シリーズ: 終焉の探偵 📝 4,034文字 ✅ 全年齢

あらすじ

終焉の探偵 - 第43話 終焉の探偵 2

本文

探偵さんの鎖が、ぴたりと止まった。

 鋭く光っていた鎖の先端が、先生の喉元すれすれで静止している。

 きっと少しでも動けば、簡単に命を断てる距離だ。

「……久我」

 探偵さんの声は低く、冷静だった。

 けれど、その奥に、わずかな苛立ちと焦りが滲んでいる。

「そこをどけ」

「嫌だ」

 久我さんは、一歩も引かなかった。

 両手を広げ、柳田先生を背に庇う。

「まだ……中にいるんだ」

 声が、震えている。

 でも、目は逸らさない。

「さっき、見ただろ……? 一瞬だけ……」

 探偵さんの視線が、柳田先生に向く。

 無数の目と口が蠢く、その中心。

「……それは、最期の残光でしかないかも知れない」

 淡々とした声。

 でも、言い切るほどの強さはない。

「違う!」

 久我さんが、叫んだ。

「僕の声が、届いたんだ! 名前を呼んだら……ちゃんと、反応した!」

 探偵さんの眉が、わずかにひそめられる。

「……希望と現実を、混同するな」

「混同なんかじゃない!」

 久我さんの声が、裏返る。

「分かるんだ……あの人は……まだ……まだ、戻れる……!」

 そのとき。

 ぐちり、と嫌な音がした。

 柳田先生の身体から、黒い影が滲み出す。

 触手が、地面を這う。

 校舎が、再び脈打った。

 ――どくん。

 低く、重い鼓動。

 探偵さんが、舌打ちをする。

「……時間がない」

 鎖を、わずかに引き戻す。

「浸食と同化は時間と共に進む」

「それでも!」

 久我さんは、退かなかった。

「それでも、諦めたくない! はるかさんを……失いたくない!」

 久我さんの目から、涙が溢れた。

「……お願いだ……」

 その声は、あまりにも弱くて。

 あまりにも、人間だった。

 探偵さんは、黙った。

 鎖が、かすかに鳴る。

 緊張が、空気を張り詰めさせる。

 その沈黙を破ったのは――。

「……探偵さん」

 梓さんだった。

 一歩前に出て、静かに言う。

「私も……見ました」

 探偵さんが、視線を向ける。

「先生が、一瞬だけ……人間に戻ったのを」

 梓さんの声は、落ち着いている。

 でも、確信があった。

「神様と同化した人間が、意識を取り戻すなんて……理論上は、ありえない」

 視線を、柳田先生に向ける。

「でも……起きた」

 探偵さんが、ゆっくり息を吐いた。

「異界の銀鎖チェイン・オブ・ザ・ビヨンドよ――契約を回収し、沈黙せよ」

 声は低く、祈りみたいだった。

 そしてまたどこからともなく女性の声が響く。

『神性干渉権限ディヴァイン・オーソリティ、遮断。

 漏出神性ディバイン・リーク、収束確認。

 次元干渉封印ディメンション・シール、再適用』

 探偵さんが両手を広げると、鎖がゆっくりと宙に浮かぶ。

 銀色だった鎖は、次第に色を失い、白く、骨のような質感へと変わっていく。

 金属じゃない。

 これは、契約だ。

 探偵さんの身体に、鎖が巻きつく。

 腕に。

 胸に。

 首に。

 ぎし、と嫌な音がして、探偵さんの背中が反る。

「……っ」

 短いうめき声。

 でも、止まらない。

 光が、探偵さんの身体から剥がれていく。

 まるで、神性を削ぎ落とすみたいに。

 私は、直感的に理解していた。

 これは、代償だ。

 人が神の領域に踏み込むための、等価交換。

 やがて鎖は溶け込むようにコートの内側に消えていった。

「はぁ……はぁ……」

 肩を落とし、探偵さんは荒い息を吐きながらいう。

「……五分です」

 探偵さんの言葉に久我さんが、顔を上げる。

「五分以内に……柳田先生の意識を、完全に取り戻してください」

 低く、はっきりした声。

「できなければ……僕が、終わらせます」

 久我さんは、一瞬だけ目を閉じて――

 強く、頷いた。

「……ありがとう」

 久我さんは、柳田先生のもとへ駆け寄る。

 鎖に縛られ、地面に倒れたままの先生。

 無数の目が、ぎょろぎょろと久我さんを見る。

 でも、久我さんは怯まない。

 膝をつき、そっと声をかける。

「はるかさん……」

 優しい声。

「僕だよ。樹だよ」

 手を、伸ばす。

 柳田先生の手の甲には、小さな口があった。

 それが、ぴくりと動き、噛みつこうとする。

 それでも、久我さんは離さなかった。

「……一緒に、帰ろう」

 声が、震える。

「二人で……また……」

 そのとき。

 柳田先生の顔が、わずかに動いた。

 無数の目の奥。

 本物の目が、ゆっくりと開く。

「……き……」

 掠れた、か細い声。

「……樹、さん……」

 確かに、そう言った。

 ◇

 その名前が呼ばれた瞬間だった。

 校庭の空気が、軋んだ。

 見えない膜が引き裂かれるみたいに、世界がきしりと歪む。

 どくん、と校舎が大きく脈打ち、地面の下で何かが目を覚ました。

 ――影が、気づいた。

 久我さんの声に。

 人間の感情に。

 柳田先生の身体が、びくりと跳ねる。

 無数の目が一斉に瞬き、口が開閉する。

 喜びとも、怒りともつかない反応。

「……樹、さん……」

 か細い声が、もう一度。

 その瞬間、影が暴れ出した。

 地面が裂け、黒い肉の触手が噴き出す。

 校舎の壁がめくれ、内側の赤黒い層が露わになる。

「彼女の意識が、人以外の部分に引っ張られている……」

 久我さんが苦しげに呟く。

「文献では、こんなケースでは、人の部分だけを取り出すことが出来れば……可能性があるとあったが……」

 世界が、拒絶しているみたいだった。

 人を神から取り戻そうとする行為を。

 探偵さんが、一歩前に出た。

「僕が……人以外の部分を切除しましょう」

 探偵さんは、懐からパッキーを取り出した。

 いつもと同じ、ふざけたお菓子。

 でも今は、違う。

 聖なる剣にするように、それを額につけ、上段に構える。

 次の瞬間、探偵さんの腕が振るわれた。

 パッキーの走る線に沿って、蜘蛛めいた体が切除されてゆく。

 ――分離。

 ――切除。

「……痛いです」

 静かな声。

「でも、あなたを“人間に戻す”には……これしかないらしい」

 そしてまたパッキーが、振り下ろされた。

 切り落とされたのは、腕に開いた小さな口。

 音は、なかった。

 ただ、空間がずれた。

 ぽとり、と何かが落ちる。

 肉でも血でもない、影の塊。

 それが地面に触れた瞬間、灰みたいに崩れて消える。

 後に残るのは人に似た何か。

 探偵さんは、無表情に腕を振るう。

 次は、太もも。

 腹部。

 肩。

 腕が振られるたび、世界が一瞬だけ静止する。

 時間そのものを切っているみたいだった。

「……っ……あ……」

 柳田先生の喉から、声が漏れる。

 苦痛の声。

 でも、叫びにはならない。

 それは、神の一部が剥がされる音だった。

 無数の目が、順番に消えていく。

 ひとつ消えるたび、校舎が軋む。

 どくん。

 どくん。

 鼓動が、乱れていく。

 探偵さんの顔色が、みるみる悪くなる。

 額から汗が落ち、呼吸が荒くなる。

 それでも、止めない。

 止めたら、境界が閉じる。

 最後に残ったのは――頬にあった、小さな目。

 それだけが、探偵さんを見ていた。

 憎しみでも、敵意でもない。

 ただ、神の視線。

 探偵さんの手が、わずかに震える。

「……これで、最後」

 腕が、振り下ろされた。

 目が、落ちる。

 その瞬間、柳田先生の身体から、黒い影が一気に剥がれ落ちた。

 ――風が吹いた。

 さっきまで存在しなかった、本物の風。

 校庭を覆っていた影が、悲鳴を上げるように霧散する。

 校舎の肉の壁が、ひび割れ、崩れていく。

 そこに残ったのは――。

 糸一本まとっていない、ひとりの女性。

 柳田はるか先生。

 探偵さんが、腕を下ろした。

 次の瞬間、探偵さんの膝が折れた。

「……っ」

 地面に手をつき、必死に呼吸をする。

 世界が、元に戻ろうとしている。

 久我さんが、駆け寄った。

「はるかさん……!」

 柳田先生を抱き起こす。

 目は閉じているけど、呼吸はある。

 生きている。

 静かな時間。

 そして――。

 柳田先生のまぶたが、ゆっくりと動いた。

 開いた目は、間違いなく、人間のものだった。

「……樹……さん……?」

 その声を聞いた瞬間、久我さんの顔が崩れる。

「……はるかさん……!」

 涙が落ちる。

 抱きしめる腕が、震える。

 神話が、終わった。

 人間の世界が、戻ってきた。

「本当に……こんなことがあるなんて……」

 梓さんが弓を下ろし、二人を見守っている。

「ふぅ……とりあえず、これで一幕は……終了……かな……」

 ため息と共に探偵さんは膝をつく。

 でも――そのまま……探偵さんが、地面に向かって倒れこんでしまった。

「探偵さん!!」

 とっさに駆け寄り、倒れ込もうとする探偵さんを抱き留める。

 ちょっと重いっ! ……でも、うん、息がある。

 ただ、深く、沈んでいる。

 どうしたの? 何か、そんなに無理をしたの?

 私は、探偵さんの手を握った。

「……ごめん……ちょっと……眠らせて……ね」

 ごにょごにょと呟くように言葉を浮かべる探偵さんの身体を、私はしっかりと抱きしめた。

 氷みたいに冷たい。

 すぅすぅと寝息が聞こえ始めた。

 良かった……探偵さん、生きている。

「……ありがとうございます」

 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

 神様にか。

 探偵さんにか。

 それとも――この世界にか。

 空は、青かった。

 向こうでは久我さんが、先生に服をかけて抱きしめている。

 遠くから緊急車両が近づいてくる音。

 サヤカと梓さんが、私たちに駆け寄ってくる。

「探偵さん……探偵さん……」

 夏の太陽が、何事もなかったみたいに輝いている。

 明日がどうなるかはわからないけど、どうやら今日は終わったみたい。

 私に体重を預けて目を閉じている探偵さんを見ていると、とくん、と鼓動が一つ大きく鳴った。

 とくん、とくん、とくん。

 なんだろう。この気持ち。

 この人、もしかしたら人間じゃないかも知れないのに。

 なんだろう、この鼓動は。

 私は抱きしめている黒いコートの探偵さんの、次第に戻ってくる体温を感じながら、何故だか不思議な幸福感に包まれていたのだった。

 終焉の探偵 第一部 邂逅編 完

 ◇◇◇

 終焉の探偵、Chapter 8、そして第一部完結です。

 女子高生と黒衣の探偵さんが紡ぐ都市型怪奇奇譚いかがでしたでしょうか?

 面白そう、続きみたいな、と思った貴方!

 是非応援の♡を!

 そしてコメントも大歓迎です。むしろコメントが大歓迎です。

 なるべくきっちりレスしますので、お気軽にコメントしてくださいね!!

 ちなみに、カクヨムコンに参加してますので、☆でレビューとても嬉しいです!

 それが作者のやる気に直結いたします!

 ちなみに次回は閑話。

 「銀の鎖と夏の水」をお送りします。

 真夏の池袋。あまりの暑さに銭湯に赴く探偵さん。果たして彼は汗を流すことができるのか!!

 書いてて超楽しかった短編でございます。

ジャンル・タグ

, , , , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 2 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

👥 フォロワー: 2人

作者ページを見る