第46話 空飛ぶペンギン
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
終焉の探偵 - 第46話 空飛ぶペンギン
本文
そして私たちは、サンシャインシティにたどり着いた。
と、言っても歩いて数十秒の距離なんだけど。
そう、探偵さんの目的地は日本一高い場所にある「水族館」だったのだ。
(ベタだ! ベタすぎるけど、初デートには王道こそ正義!)
なんて一人で盛り上がっていた私のテンションは、専用エレベーターに乗った瞬間に急降下した。
扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたのは幸せそうな家族連れとイチャつくカップルの大群。
そしてその中で、圧倒的な違和感を放つ――。
「……理解に苦しむな」
――真夏の猛暑日に、漆黒のロングコート(襟立て)×黒シャツ(ボタン全留め)という、季節感と正気をどこかに置き忘れてきた不審者一名。
周囲の小学生たちが「うわ、あの人あっつそー」「罰ゲーム?」みたいな目で見ている。
やめて、そんな目で見ないで。私この人の連れじゃないの。
いや連れなんだけど! デートなんだけど!
「なぜ人間は、わざわざ狭い箱(エレベーター)に詰め込まれて、さらに狭い通路(順路)を並んで歩きたがるの? これは一種の苦行かな?」
「デートなんでしょう? デ・ー・ト! 誘ってくれたのは探偵さんじゃないですか!! 文句言わないでください!」
(その格好で練り歩く方がよっぽど苦行だよね!?)
私は心の中で絶叫しながら、彼のコートの袖を引っ張ってゲートを通過した。
ちなみにこのコート、熱を吸収して触るだけで熱い。カイロかよ。
屋外エリア『マリンガーデン』に出た瞬間、殺人的な日差しが降り注ぐ。
あーもう、なんでこんな日にコート着てくるかな。見てるこっちが脱水症状になりそう。
「見てください探偵さん! あれ! 『天空のペンギン』!」
私は努めて明るい声を出して指差した。
屋上のエリアへ出ると、頭上には「空飛ぶペンギン」の水槽があった。
ビル群の空を背景に、ペンギンたちが泳いでいる。
「すごい! 本当に空を飛んでるみたい!」
「なるほど。水と空の境界を曖昧にする展示か。面白い趣向だね」
探偵さんは、感心したように頷いている。
その横顔を見ながら、私は思った。
この人は、強い。
昨日の戦いでも、圧倒的だった。
でも――。
空を見上げるその背中が、どうしてこんなに、独りぼっちに見えるんだろう。
守られているのは私の方なのに。
どうして私は、この人を「守ってあげたい」なんて、思ってしまうんだろう。
「……探偵さん」
「ん?」
「パッキー、一本ください」
私が言うと、彼は目を丸くした。
そして、懐から箱を取り出すと、一本差し出してくれた。
私はそれを受け取り、口に含んだ。
ポキリ。
「……甘い」
チョコレートの甘さが、口の中に広がる。
探偵さんは、微笑む。
「……美味しいよね。でも実は僕はブリッヅの方が好きなんだけど。ソルト味とか最高だね。幾ら食べても飽きないよ」
「え? 探偵さんそれじゃなんでパッキー買ってるんです?」
「ノンキホーテでまとめ売りで安かったんだよ」
彼はそう言って、寂しげに笑った。
いや、待って!!
こんな話題でそんないい顔しないで!!
無駄に胸が、ぎゅっと痛む。
(……だ、ダメだ、私相当ダメになってる!!)
「……この世界は深い海の中に似てるよね」
「え?」
不意に、彼が寂しそうな表情で呟いた。独り言のように。
「いや。何でもないよ。変なこといっちゃったね」
……ズルい。
そういう顔されると、ツッコミの手が止まるじゃん。
この人はきっと、この世界に馴染めない異邦人なのだ。
あの鎖とかきっと話せないことが一杯あるんだろうな。
(……仕方ないなあ)
私は小さくため息をついて、提案する。
「探偵さん。私、あとでペンギンのぬいぐるみ買ってあげますからね」
「それは嬉しいな。でもそれよりも、ソフトクリームの方が嬉しいかも」
「はいはい、女子高生にたかるのってどうかと思いますけどね?」
◇
館内に入ると、空気が一変した。
薄暗い照明、青い光、ひんやりした冷気。
メインの大水槽『サンシャインラグーン』の前で、私たちは足を止めた。
白い砂、優雅に泳ぐエイ、光のカーテン。
「わあ……きれい……」
これは素直な感想。
さっきまでの暑さや喧騒が嘘みたいだ。
ふと隣を見ると、探偵さんが黙って水槽を見つめていた。
青い光に照らされた横顔は、彫刻みたいに整っている。
黙っていれば(そしてコートを脱げば)、本当に少女漫画から出てきたような美青年なのに。
(顔の無駄遣いが過ぎるのよ……)
「……不思議だね」
隣で、探偵さんが呟いた。
見上げると、彼は水槽を見つめていた。
その瞳は、魚を追っているようで、もっと遠くを見ているような気がした。
「ガラス一枚隔てるだけで、ここはこんなに平和だ」
探偵さんの声は、静かだった。
「外の世界とは違う、守られた海。
……まるで、泡の中みたいだ」
「泡?」
「うん。弾けたら二度と戻らない、儚い泡沫の夢」
探偵さんは、ガラスにそっと手を触れた。
その指先が、少しだけ震えているように見えた。
水槽の青い光に照らされた彼の横顔が、
なんだか、すごく寂しそうで。
今にも、ふっと消えてしまいそうで。
(……あ)
私は無意識に、彼のコートの袖を掴んでいた。
ぎゅっと。
「……真弓くん?」
探偵さんが、驚いてこちらを見る。
「あ、いや……その……」
私は慌てて手を離そうとした。
でも、指が強張って動かない。
「……はぐれそうだから」
苦しい言い訳。
ここは一本道だし、はぐれるわけがないのに。
でも、探偵さんは笑わなかった。
優しく、目を細めた。
「そうだね。ここは広いから」
彼は、掴まれた私の手を、そっと自分の手で包み込む。
エスコートするように。
「行こうか。次はクラゲが見たいな」
「……はい」
探偵さんの手をきゅと握りしめる。
ど、どうしよう。
指を絡ませた方がいいんだろうか?
こ、恋人つなぎ?
私の心臓が、早鐘を打っている。
腕から伝わる、コート越しの体温。
少し硬い感触。
これは、デートだ。
間違いなく、デートだ。
「ふふっ」
何だかむやみに頬が緩む。
ああ、世界がどうとか、終焉がどうとか。
今は全部忘れて、このぬるま湯みたいな幸せに浸っていたい。
「……真弓君?」
「えっ、はい?」
不意に呼ばれて顔を上げると、探偵さんが呆れたような目で私を見ていた。
「なぜチンアナゴを見ながらニヤニヤしているんだい?
砂から出られなくなったのかと感情移入でもしたかな?」
「ッ!?」
(今いい雰囲気だったじゃないですか! なんでチンアナゴ!?)
見ると、目の前でチンアナゴがニョロニョロ揺れていた。私のシリアス返して!
「ち、違いますよ! ちょっと考え事してただけです!」
私は慌てて否定して、早足で次のエリアへ向かった。
◇
最後はクラゲエリア『海月空感』。
壁一面の巨大水槽で、無数のミズクラゲがふわふわ漂っている。
脳みそがない生き物。何も考えてない生き物。
「……真弓くんもこうあるべきだね」
「はい?」
「ちょっと色々考えすぎてるでしょ」
学校のこと、先生のこと、梓さんや清音さんのこと。
確かに、学生の身にはあまる心配事が一杯だ。
「だから、今日くらいはのんびりしようよ、このクラゲみたいにね?」
探偵さんが、そういって微笑みかける。
「それじゃ、行こうか。今日はまだ時間があるしね!」
彼が踵を返す。
その背中を追いかけながら、私はもう一度だけ水槽を振り返った。
増殖し続けるクラゲの群れが、なんだか可愛く見えた。
(……どうか、こんな時間が続きように)
あと、探偵さん。帰り道もそのコート着て帰るつもりですか?
マジで熱中症になるから脱いでくれないかなぁ……。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。