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第47話 デートの終わり

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/21 📚 シリーズ: 終焉の探偵 📝 2,602文字 ✅ 全年齢

あらすじ

終焉の探偵 - 第47話 デートの終わり

本文

自動ドアが開くと同時に、むっとした熱気が全身にまとわりついた。

 サンシャイン水族館の出口。

 さっきまで包まれていた青く涼やかな静寂は、夏の暴力的な日差しと都会の喧騒にかき消されていく。

 それはまるで、探偵さんが言った通り。

 儚い泡が弾けて、夢から覚めてしまったみたいだった。

「……暑いね」

 探偵さんは黒いコートを羽織ったまま、涼しい顔でそう言った。手にはいつの間にか、新しい箱のパッキーが握られている。

 さっき、水槽の前で見せたあの儚げな表情はもうどこにもない。いつもの、食えない探偵さんに戻っている。

 少しだけ、胸がちくりとした。

 あの横顔は、私だけが見た幻だったんだろうか。

 エレベーターに乗って一階まで降りる。

「これからどうします?」

「うん、ここには色々なアミューズメント施設もあるし、その辺りをブラブラしてもいいよね」

「ニャンジャタウンとかですよね。あそこ楽しいんですよ!」

「そうなんだ、行ったことがないから興味があるな」

「それじゃ、今から行きません? 中で餃子とかも食べれますし!」

 ――はっ! デートで餃子ってどうなんだろ?

 かなりミスチョイスでは!?

 恐る恐る探偵さんに目をやると、興味津々の表情で私を見つめ返している。

「餃子! いいねぇ、餃子! 実はまだ食べたことがないんだ!」

「そうなんですか? 餃子食べたことがない人って相当に珍しいと思いますよ?」

「知識としてなら知っているよ。小麦粉を練った皮で肉や野菜を包んで加熱する……この調理法は、世界中で普遍的に見られる食文化の収斂進化だからね」

 探偵さんは、手にしたパッキーを指揮棒のようにくるりと回して見せた。  スイッチが入ったのか、その口調が少しだけ早くなる。

「例えばロシアには『ペリメニ』という、シベリア発祥の料理がある。形は日本の餃子に似ているけれど、サワークリームをたっぷりかけて食べるのが特徴だ。冬の保存食としても優秀らしい」

「へ、へぇ……サワークリームですか」

「イタリアなら『ラビオリ』、ネパールなら『モモ』、ポーランドなら『ピエロギ』。南米にだって『エンパナーダ』という揚げ餃子のような料理がある。人類は皆、何かを皮で包むことに情熱を注いできたわけだね。実に興味深い」

 次々と出てくる料理名に、私は目を丸くした。

「す、すごい……めっちゃ詳しいじゃないですか! なのに食べたことないんですか?」

「ああ。あくまで知識だけなんだよね、残念なことに」

 探偵さんは、ふふっと自嘲気味に笑うと、ポリリとパッキーを齧った。

「概念や歴史は理解していても、その『味』というクオリアは僕にとって未知数なんだよ」

「……ごめんなさい、何いってるのかわかんないです」

「まぁ簡単にいうと、君が誘ってくれた『ギョーザ』という未体験の有機物が、僕にどんな刺激を与えてくれるのか……非常に楽しみだね!」

 そう言って微笑む探偵さんの顔は、なんだか初めて遊園地に連れてこられた子供みたいに無邪気で。  私は「ニンニクの匂い、大丈夫かな……」なんて小さな悩みが、どうでもよくなってしまった。

「ふふ、わかりました。じゃあ、世界一美味しい餃子、食べさせてあげますね!」

「期待しているよ、ワトソンくん」

 それじゃニャンジャタウンに行こうかな、と足を進めていると、不意に声がかかった。

「――真弓さん」

 振り返ると人混みの中に、最近になって見慣れた姿があった。

 ラフなTシャツにジーンズ姿。ポニーテールを揺らして、梓さんが立っていた。

「梓さん!」

 私が駆け寄ると、梓さんはふわりと優しく微笑んだ。

 こっちが嬉しくなるような、暖かな表情だ。

「今日はデートなの? 探偵さんと」

 梓さんの視線が、私と、その後ろにいる探偵さんを行き来する。

 その瞳に、少しだけ悪戯っぽい色が混じった気がした。

「え、あ、その……」

「ふふ。顔、赤いよ」

 梓さんは、私の頬にそっと触れた。その指先が少し冷たくて、火照った肌に気持ちいい。

 彼女はもう、私にとって『謎の追跡者』じゃない。

 運命を共有する、大切な友達だ。

「……邪魔してごめん。でも、ちょっといいかな?」

「は、はい。何でしょう?」

 私の答えに梓さんは安堵したように息をつくと、私の後ろに立つ探偵さんへ向き直った。

 その瞬間、纏う空気が少しだけ引き締まる。

 敵意ではない。けれど、油断ならない相手に対する、一線引いた顔つきだ。

「探偵さん。……真弓さんを連れ出してくださって、ありがとうございます」

「やあ、梓くん。君も来ればよかったのに。空飛ぶペンギンは中々興味深かったよ」

「私は結構です。……それに、貴方は正体不明ですし」

 探偵さんが差し出したパッキーの箱を、梓さんは静かに手で制した。

 探偵さんは「おや」と肩をすくめ、自分でポリリと齧る。

 梓さんは呆れたようにそれを見つめながらも、その言葉遣いには彼への敬意――あるいは警戒からくる距離感が滲んでいた。

「それより、真弓さん」

 梓さんが、私の顔を真っ直ぐに見た。

 その瞳が、真剣な光を帯びている。

「え、はい」

「さっき、久我さんから連絡があったの」

 梓さんの言葉に、心臓が跳ねた。

 また、何かが起きたんじゃないか。そんな不安がよぎる。

 けれど、梓さんの口から出た言葉は、予想外のものだった。

「柳田先生が、目を覚ましたって」

「え……?」

 一瞬、言葉の意味が分からなかった。

 あの戦いで、異形と化して、最後には倒れてしまった先生。

 命は助かったと聞いていたけれど、もう二度と話せないかもしれないとも思っていた。

「先生が……意識を取り戻したんですか!?」

「ええ。久我さんも、今は落ち着いていると言っていたわ」

 胸の奥が、熱くなる。

 よかった。本当によかった。

「だから、これからお見舞いに行こうと思うの。真弓さんも、一緒にどう?」

「行きます! 行きたいです!」

 私は食い気味に頷いた。

 先生に会いたい。無事な姿を見て、謝りたいし、お礼も言いたい。

「ふふ、そう言うと思った」

 梓さんが微笑む。

 そして、探偵さんの方を向いた。

「探偵さんも、ご一緒していただけますね?」

「もちろん。感動の再会だ、見届けさせてもらうよ。餃子はまたの機会だね」

 探偵さんは、またポリリとパッキーを齧った。

 その表情からは、何を考えているのか読み取れない。

 でも、今はそんなことどうでもよかった。

 先生が目覚めた。

 その希望の光だけで、今の私には十分だった。

「行きましょう、梓さん!」

「ええ」

 私たちは陽炎の揺らめく街へと歩き出した。

 柳田先生の待つ、病院へと。

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作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

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