第52話 M_YOU
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
終焉の探偵 - 第52話 M_YOU
本文
探偵さんの推理を聞いて、私はハッとした。
マスコミへのリーク。
プロの扇動者。
そんなことが出来る人間を調べることができるとしたら――。
「……ねえ、病院に行きませんか?」
私の提案に、二人が振り向く。
「病院?」
「はい。久我さんなら、マスコミにも顔が利くし、何かわかるかも知れません」
それに、と私は付け加える。
「あのアプリで人気の投稿者でしたし、もしかしたら何か知っているかも」
「そうなのね。もしかしたら有力な情報を持ってるかも知れない」
「ええ、あの人なら、きっとまだ病院にいるはずですから」
前回の事件で意識不明になった、柳田先生のそばに。
梓さんが、少しだけ表情を和らげて頷いた。
「そうね。あの人なら、信頼できるわ」
◇
外の熱気が嘘みたいだった。
病院の廊下は、ひんやりとしていて、消毒液の匂いがした。
静かだ。
外では人が消えているというのに、ここだけ時間が止まっているみたい。
病室のドアをノックして、そっと開ける。
予想通り、彼はそこにいた。
パイプ椅子に座り、眠り続ける柳田先生の手を握っている背中。
久我先輩だ。
「……先輩?」
声をかけると、彼が驚いたように振り返った。
少しやつれた顔。
でも、その瞳は優しかった。
「真弓ちゃん? それに、矢野さんも……どうしたんだい、みんな揃って」
私たちは、外で起きていることを手短に話した。
テレビの中継で人が消えたこと。
「にくゑ」の名前がニュースで拡散されていること。
それを聞いた瞬間、久我先輩の顔色が変わった。
「なんだって……?」
彼は立ち上がり、ブラインドの隙間から外を見た。
「すまない、ずっとここに詰めていたから……外の様子なんて、全然見ていなかった」
悔しそうに拳を握る先輩。
その姿を見て、私は胸が痛くなった。
先生のそばを離れられないくらい、心配していたんだ。
「ライター君。君のコネクションで探れないか?」
探偵さんが切り出す。
「誰がマスコミに『名前』を流したのか。その出処を」
「……分かった。心当たりに片っ端から当たってみる」
久我先輩はスマホを掴むと、血相を変えて病室を出て行った。
バタン、とドアが閉まる。
部屋には、また静寂が戻った。
私は、ベッドに近づいた。
柳田先生は、静かに眠っている。
呼吸器のリズムだけが、彼女が生きている証だ。
綺麗な顔。
前回の事件で、あんなに恐ろしい姿になっていたなんて信じられないくらい。
「……先生」
早く目を覚ましてほしい。
また教室で、嬉しそうにBL史実の話をしてほしい。
こんな、人が消えるニュースなんかじゃなくて。
数分後。
荒い足音と共に、久我先輩が戻ってきた。
「ハァ……ハァ……分かったよ」
先輩は息を整えながら、私たちを見た。
その目は、鋭い「ライターの目」に戻っていた。
「本来、ネタ元の秘匿は絶対なんだけど……昔の貸しを無理やり使って吐かせた」
ゴクリ、と私が唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「情報提供者の名前は、『三宅優』だ」
「三宅……優……」
聞いたことのない名前だ。
けれど、先輩はさらに続けた。
「それと、もう一つ分かったこと――というか矢野さんから話を聞いてから調べていたんだけど……」
先輩はスマホの画面を操作し、あるメモを表示させた。
「以前、僕が『にくゑアプリ』の開発についての意見を求められていた時。開発の初期段階で情報を提供してくれた制作者……そのハンドルネームが確か、『M_YOU』だった」
「エム……ユー?」
「Miyake You……M_YOU。一致する」
先輩の声が、低く響く。
「つまり、この情報の伝播を目論んでいるのは……開発に関わった内部の人間、三宅優である可能性が高い」
ビンゴだ。
探偵さんの推理通り、アプリ側の人間が仕掛けている。
梓さんが、ギリ、と歯を食いしばる音がした。
「そいつね……。そいつが、清音を……! ……場所は!?」
「……それが、分からないんだ」
久我先輩は悔しそうに首を振った。
「彼とはネット上でしかやり取りをしていない。通話もボイスチェンジャーを使っていたし、実際に会ったことは一度もないんだ」
梓さんが絶望したように壁を叩く。
手詰まりかと思われた、その時だった。
「――あっ」
久我先輩が、何かに気づいたように顔を上げた。
「待てよ……。僕、彼に『掲載誌』を送ったな」
「掲載誌?」
「ああ。彼のアプリを取り上げたオカルト雑誌だ。完成したら一部欲しいと言われて……郵送した覚えがある」
先輩はものすごい速さでスマホをタップし始めた。
クラウド上の発送履歴を漁っているらしい。
「あった……これだ!」
画面に表示されたのは、半年前の発送ログ。
そこには『三宅優』の名前と共に、住所が記されていた。
「池袋二丁目……北口の『コーポ・ミヤビ』というアパートだ」
ネットの匿名性に隠れた犯人を、アナログな郵便物が暴き出した瞬間だった。
先輩は、少し自信なさげに付け加えた。
「ただ、これは半年前のデータだ。彼がまだそこに住んでいるという保証は――」
「いるわ」
遮ったのは、梓さんだった。
彼女は、病室の窓――北側を向いている窓を睨みつけていた。
「感じるの……。北の方角から、とてつもない腐臭が漂ってくる」
梓さんの瞳が、人間離れした光を帯びる。
「私の鼻は誤魔化せない。……そのアパートが、穢れの発生源(ソース)よ」
データと、直感。
二つが重なった今、疑う余地はなかった。
「……行きましょう」
私が言うと、久我先輩が「待ってくれ」とコートを掴んだ。
「僕も行く。……いや、行かせてくれ」
先輩は、眠り続ける柳田先生を一瞬だけ振り返り、決意を込めて言った。
「僕の取材相手が、こんな事件を引き起こしているなら……僕にも落とし前をつける責任がある」
その言葉に、私は強く頷いた。
やっぱり、久我先輩は信頼できる大人だ。
「はい! 心強いです!」
こうして私たちは、灼熱の池袋北口へ向かうことになった。
その先に何が待っているのかも知らずに。
――と、その時、スマホが震える。
取り出してみると、サヤカからのLINEが来ていた。
そこには一言。
【たすけて】
とだけ表示があったのだった。
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