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第55話 歪んだ部室

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/29 📚 シリーズ: 終焉の探偵 📝 2,956文字 ✅ 全年齢

あらすじ

終焉の探偵 - 第55話 歪んだ部室

本文

腐臭漂う肉のトンネルを、私たちは滑り落ちていった。

「きゃあああああ!」

 絶叫しながら、粘液にまみれた斜面を転がり落ちる。

 平衡感覚が狂う。上も下も分からない。

 まるで巨大な怪物の食道を、消化されるために運ばれている餌になった気分だった。

 ドサッ、と湿った音を立てて、柔らかい床に放り出される。

「うっ……痛た……」

 全身がべとべとする。

 慌てて身体を起こし、周囲を見渡した瞬間、私は言葉を失った。

「……ここ、は」

 見覚えがあった。

 ありすぎた。

 長机の配置。

 パイプ椅子。

 隅に置かれたホワイトボード。

 窓から差し込む、夕暮れのような赤い光。

「……文芸部の、部室?」

 そう、そこは私の知っている部室だった。

 ――ただし、材質を除けば。

 壁紙の代わりに、赤黒い筋肉の繊維が張り巡らされている。

 床はフローリングではなく、弾力のある皮膚のような質感。

 本棚に並んでいるのは本ではなく、分厚い皮で装丁された「何か」だった。

 そして、部屋全体が、ドクン、ドクンと脈打っている。

「悪趣味ね……演出家の趣味かしら。モテなさそう」

 梓さんが、口元を押さえて呻く。

 彼女はすぐに弓を構え、部屋の隅々に視線を走らせた。

「……清音は、ここにはいない」

 その瞳は鋭く、獲物を探す狩人のようだ。

 けれど、その横顔には隠しきれない焦りが見える。

 愛する人を探して、こんな汚泥の底まで降りてきたのに、まだ手が届かない。

「……はぁ、はぁ……」

 隣で、荒い呼吸音がした。

 探偵さんだ。

 彼は肉でできた机に片手をつき、身体を支えるようにして立っていた。

「探偵さん、大丈夫ですか!?」

「……平気だよ。少し、此岸のルールに逆らいすぎたかな」

 強がってパッキーを取り出そうとする指先が、微かに震えている。

 顔色は紙のように白く、額には脂汗が滲んでいた。

 さっきの複製体たちとの連戦、それに学校での「神の手術」の代償……。

 あの無敵に見えた探偵さんが、明らかに消耗している。

「真弓ちゃん、僕の後ろへ!」

 久我さんが、私を庇うように前に出た。

 彼もまた、戦えない一般人のはずだ。なのに、その傷ついた背中は私を守ろうと必死に張られている。

「なんてことだ……ここを、文芸部の部室に見立てているのか……? 真弓ちゃんか僕の記憶を読まれてる?」

 久我さんは、歪んだ本棚やホワイトボードを見て、愕然とした表情を浮かべた。

 思い出の場所を冒涜された怒りと、得体の知れない空間への恐怖が垣間見える。

 その時。

 部屋中に、あの不快な笑い声が響き渡った。

『アッハハハ! ようこそ、第2ステージへ!』

 壁の肉が震えて、スピーカーのようにM_YOUの声を再生する。

『ここは特別ステージ! どうだい? 素敵だろ? 再生回数も爆上がりだぜぇ!』

「ふざけないで……! サヤカは!? サヤカはどこ!」

 私は叫んだ。

 あの動画のサヤカ。泣き叫んでいた親友。

 彼女を助けるためにここまで来たんだ。

『おっと、焦らないでくれよ。メインヒロインの救出には、まず中ボスを倒さないとなぁ?』

 M_YOUの声が、ニヤリと歪んだ気がした。

『さあ、感動の再会だ! 涙なしには見られないぜぇ?』

 その言葉と同時に。

 私のスマホが、ブブブと震えた。

 動画アプリが、勝手に立ち上がっている。

 画面に映し出されたのは、今、私たちがいる「この場所」の映像だった。

 ――配信されている。

 私たちが、リアルタイムで。

 画面の端で、コメントが滝のように流れていた。

『前のJKたちはどうした? 全滅?』

『運営の演出凝ってるなー』

『グロいの期待』

『次の犠牲者は誰かなー?』

『はやくヤレ』

 視聴者数、15万人突破。

 画面の向こうの誰かも分からない人間たちが、私たちの絶望をポップコーン片手に消費している。

「ふざけないで……!」

 私はスマホを握りしめた。

 サヤカだけじゃない。私たち全員が、この悪趣味なショーの見世物にされている。

『うわ、新しいステージ?』

『これリアルってマ? CGだろw』

『最近の生成AIすごくね? Sora?』

『どーせフェイクだろ』

『プロンプト何入れたらこうなるん?』

『はいはいAI乙。解散』

 視聴者たちは、目の前の地獄を信じていない。

 ただの「よくできた映像」として、冷笑的に消費しているだけだ。

 その時。

 ドォン!! と部屋全体が大きく揺れた。

 壁の肉が赤黒く変色し、血管が怒りのように浮き上がる。

『AIだとォ……!?』

 M_YOUの声が、地を這うような重低音に変わった。

『ふざけるな……ふざけるなよ、お前らァ!!』

 ビリビリと空気が震える。

 それは、作品を愚弄された作者の、純粋な激昂だった。

『これは俺が作ったんだ! 俺の汗と、被検体の血と、本物の絶望で描いた傑作なんだよ! 0と1の計算ごときと一緒にするな!』

 壁から粘液がボタボタと垂れ落ちる。

 三宅の激情に呼応して、部屋そのものが怒っているようだ。

『お前らの薄っぺらい心に本当に刺さるのは、綺麗なCGなんかじゃない! 痛みだ! 悲鳴だ! 取り返しのつかない「リアル」だろうがァッ!!』

 絶叫。

 そのあまりに身勝手で、歪んだ情熱に、私は背筋が凍った。

「……狂ってる」

 私は思わず口元を押さえた。

「自分の作品を見てもらうためなら……リアリティのためなら、人を傷つけてもいいって言うんですか? そんなの……創作者として、完全に歪んでます!」

 私の言葉に、M_YOUは鼻で笑った。

 けれど――。

「……いや。分からなくはないよ」

 隣で、静かな声がした。

 久我さんだった。

「え……?」

 久我さんは、どこか遠い目をして、肉の壁を見つめていた。

「自分の魂を削って生み出したものを、『偽物』と断じられる屈辱。……誰にも届かない虚しさ。リアリティを証明するために、より過激に、より鮮烈な刺激を求めてしまうその焦燥感」

 その瞳に、暗い光が宿る。

「クリエイターなら……誰でも一度は、その闇の淵を覗き込むものさ」

「く、久我さん……?」

 その横顔が、一瞬だけ知らない人のように見えて、私はドキリとした。

「ライターくん、それは違うよ。

 創造者は深淵を覗き込み、深淵に覗き込まれる。

 でも、それに飲まれる創造者は二流でしかないのさ」

 探偵さんの言葉に、先輩はハッとしたような表情を浮かべ、決まりが悪そうな笑顔を浮かべた。

「……ですね。ライターとして、つい感情移入してしまって。……もちろん、許されることじゃないです」

「そ、そうですよね……」

 私は胸を撫で下ろした。

 そうだ、久我さんは優しい人だ。三宅みたいな怪物とは違う。

 ただ、感受性が強すぎるだけなんだ。

『二流!? この俺が二流だって!?

 お前、わかってないよ!!

 それに引き換え、久我先生! あんたは話が分かるなぁ!』

 M_YOUが上機嫌に笑う。

『そうだよ、あんたなら分かるはずだ! 最高の物語には、最高の生贄キャストが必要だってことがなぁ!』

 その言葉と同時に、部屋の奥――部長席の方から、衣擦れの音がした。

 そこには、一人の少女が座っていた。

「……え?」

 スケッチブックに向かい、熱心にペンを動かしている。

 小柄な背中。

 跳ねたボブカット。

 私のよく知っている、可愛い後輩。

「……千晶、ちゃん?」

 名前を呼ぶと、少女がゆっくりと振り向いた。

 その姿を見た梓さんの顔色が変わる。

「……そんな!?」

 少女はパアァ、と花が咲くような笑顔を浮かべる。

「あ、真弓先輩! 遅いですよー」

 あの頃と変わらない。

 影に飲まれて梓さんに消されたはずの、千晶ちゃんがそこにいた。

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作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

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