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第90話 エピローグ 初恋

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/3 📚 シリーズ: 終焉の探偵 📝 5,908文字 ✅ 全年齢

あらすじ

終焉の探偵 - 第90話 エピローグ 初恋

本文

夏休みも終わり、いつもの日々。

 5時間目の現代文。教壇に立つ柳田先生は、いつものように頬を上気させ、教科書そっちのけで歴史上の『熱い友情』について語っていた。

「――というわけで、この時代の武将たちの手紙のやり取りは、実に熱烈なんですねぇ。尊いですねぇ」

 ――相変わらず絶好調だ。

 窓の外には、突き抜けるような青空と入道雲。

 蝉の声がうるさいくらいに降り注ぐ、平和な9月の午後。

「先生、もうチャイム鳴ってますよー」

 男子生徒のツッコミに、先生はハッとして時計を見た。

「あら、ごめんなさい! ついつい熱が入っちゃって……。あ、そうだ。最後に一つ連絡事項があります」

 先生は出席簿を閉じると、嬉しそうに私たちを見回した。

「明日、このクラスに転校生が来ます。それも二人!」

「えー、この時期に二人も?」

「はい、何でも村を代表して東京の文化を学ぶんですって。何だか留学生みたいですよね」

「男子? 女子?」

 教室がざわめく。先生は人差し指を唇に当ててバチンとウィンクした。

「二人とも、とっても綺麗な女の子ですよ。二人は遠い親戚同士だそうです。みんな、仲良くしてあげてね」

 私の胸が、トクン、と跳ねた。

 転校生。田舎から。二人。

 私は思わず声を上げていた。

「先生、その子達、村ってどこから転校してくるんですか?」

「えーっと、虚木村。あら虚木さんと同じ名前ね。そういえば一人の名字も同じです。ご親戚かなにかなのかしら」

 ああ、あの村からやってくるんだ!

 それじゃ、一人は清音さんだ! 懐かしいなぁ。

 でも、もう一人は誰なんだろう?

 同い年だと美穗ちゃんだけど、何となく違う気がする。

 うんそれが誰でも、なぜかきっと仲良くなれるそんな予感がするよ!

「うふふふ、それじゃそろそろホームルームを終りますね?」

 何だか妙に浮かれてる柳田先生。

 クラスの皆もそう思ったのだろう、最前列の子が手を上げた。

「先生、何かいいことあったんですか?」

「うふふ、わかる? わかっちゃいます!?」

 くねくねと体をくねらせながら、先生が浮かれポンチな様子を見せる。

「実は、実はですね、わたくし柳田はるかにもついに春がやってきまして! この秋には久我はるかになる予定なんですよー」

 おおっ、とざわめく教室。

 そ、そっか。久我さんと付き合っているって噂は本当だったのか!

 私は視線でこちらに合図を送るサヤカと目配せしあった。

 後で部室に行ったら、問い詰めないとだね!

「号令! 起立、礼!」

「さよーならー」

 そして楽しい放課後が始まる。

◇

 授業が終わると、私はサヤカと一緒に文芸部の部室へ向かった。

 二人で並んで廊下を歩く。

「ねー真弓、聞いた? 駅前に新しいパンケーキ屋できたんだって」

「またパンケーキ? サヤカ、先週も行ってなかった?」

「別腹なの! 明日行こうよ、もうすぐ文化祭だし!」

「それ、全然行く理由になってないから!」

 他愛のない会話。廊下に響く笑い声。

 もっと楽しい話題もあるが、我慢我慢。

 部室についてからのお楽しみだ!

 部室のドアを開けると、いつものインクと紙の匂いがした。

「あ、真弓センパイ! サヤカセンパイ! お疲れ様です!」

 机に向かっていた後輩が、パッと顔を上げて手を振った。

 ボブカットが可愛らしい、挿絵担当の千晶ちゃんだ。

「千晶ちゃん、早いね。また絵描いてたの?」

「はいっ! 真弓センパイの新作、イメージが湧いてきちゃって!」

 千晶ちゃんがスケッチブックを広げる。そこには、繊細なタッチで描かれた幻想的な風景があった。

 元気だ。笑ってる。ペンを握る指も、白い肌も、どこにも傷なんてない。

(……あれ?)

 ふと、胸の奥に違和感が走る。

 当たり前の光景なのに、どうして私は、千晶ちゃんがここにいるだけでこんなにホッとしているんだろう。

「やあ、みんな揃ってるね」

 そこへ、ノックもなしにドアが開いた。

 ジャケット姿の青年、というには年を取っている男性――OBの久我さんが、コンビニの袋を提げて入ってくる。

「あ、久我さん! またサボりですか?」

「人聞きが悪いなぁ。取材の合間の息抜きだよ。はい、これ差し入れ」

 久我さんは苦笑しながら、冷えた缶コーヒーを配ってくれた。

「それから、これも」

 差し出されたのは一冊の文庫本。作者は藤瀬伊織、とある。

 聞いたことあるホラー作家さんだ。何でまた?

「友人が新刊出してね。送ってくれたんだ。自分でも買ってたから、これは余っちゃってさ」

 久我さんのお友達だったんだ!?

 その表情は穏やかで、毒気がない。久我さん、ライターとしてはパッとしないかもしれないけれど、私たちにとっては頼れる優しい先輩。友人が作家で新刊出してるのに、全然嫉妬した様子もなくて心から喜んでいる。器の大きいいい人だと思う。

「そういえば聞いたよ。明日、転校生が来るんだって?」

「久我さん、情報早すぎません?」

「はるか……いや、柳田先生から聞いてね。なんでも、僕が昔取材した村の子たちらしいんだ」

 久我さんは懐かしそうに目を細めた。

「いいところだよ、あそこは。何もなくて、静かで……友人も住んでてね。まあ、僕にはちょっと退屈すぎて、物語のネタにはならなかったけどね」

 そう言って笑う久我さんの顔には、ただ笑顔があった。

 そう、ただの、平和な世界の住人。

 なんで、こんなこと思うんだろう?

 私は自分の思考に小首を傾げながら、口を開いた。

「ネタにならなかったって言いますけどぉ」

 私はニヤニヤしながら、久我さんの顔を覗き込んだ。

「一番大きなネタ、捕まえたんじゃないですか? 先生が教室でノロけてましたよ、『秋には久我はるかになります!』って」

「ぶっ!」

 久我さんがコーヒーを吹き出しそうになる。

 サヤカと千晶ちゃんも「おめでとうございますー!」と手を叩いた。

「は、はるかさん……生徒の前で言っちゃったのか……」

「顔真っ赤ですよ久我先輩! いやー、春ですねぇ」

「うるさいなぁ。……まあ、なるようになったってことだよ。彼女には敵わないからね」

 照れくさそうに頭をかく久我さんを見て、私たちは顔を見合わせて笑った。

 机を囲んで、みんなでワイワイと話す。

 話題はいつしか、そんなおめでたい流れから、恋バナへと移っていった。

「で、真弓センパイはどうなんですか? 先輩も春、来てないんですか?」

 千晶ちゃんが身を乗り出してくる。

「そうだよ真弓。あんたガード固いんだもん。理想高すぎなんじゃない?」

「そ、そんなことないよ……」

 言い淀む私に、サヤカが視線を落とした。私の鞄から顔を出している、赤い箱のお菓子を見て首を傾げる。

「ていうかさ、真弓。最近いつもそれ買ってない? パッキー」

「え?」

「前はそんなにお菓子食べる方じゃなかったのに。夏休み終わってから、ずっとそれ持ってる気がする」

「あ……」

 私は手元の箱を見た。

 チョコのかかった棒状のスナック菓子。

 言われてみれば、そうだ。コンビニに行くと、なぜか無意識にカゴに入れてしまっている。

「……なんでだろ。自分でもよく分かんないんだけど、これ持ってると、なんか落ち着くんだよね」

「もしかして、好きな人の好物とか!? 匂わせですかセンパイ!?」

「ち、違うよ! 好きな人なんていないってば!」

 私が慌てて否定すると、みんながえーっと声を揃えた。

「じゃあ、芸能人で言うと誰ですか? タイプくらいあるでしょ?」

「芸能人っていうか……」

 私はパッキーの箱をいじりながら、なんとなく、頭の中に浮かんだイメージを言葉にした。

「……黒いコートが似合う人、かな」

「え? コート? この真夏に?」

 サヤカが素っ頓狂な声を上げる。

「うん。なんかね、真夏でも長袖の黒いコート着てて、ちょっと暑苦しいんだけど……でも、涼しい顔してるの」

 自分でも何を言っているのか分からない。

 空想上の人物。私の脳内が生み出した、架空のキャラクター。

「ちょっと変な人で……いっつもパッキーばっかり食べてて。住所不定で、公園に住んでて、段ボールハウス作るのが得意で……」

「ちょっと真弓ちゃん!? それただのダメ男じゃん!」

 久我さんが吹き出した。部室に爆笑が渦巻く。

 私も一緒になって笑った。

「あはは、そうですよね。ダメ男ですよね」

 おかしいな。

 笑っているのに、胸の奥がチクリとする。

「でもね、いざという時は、誰よりも頼りになって。私がピンチの時は、どこからでも駆けつけてくれて。お姫様抱っこして、ビルの上を飛んでくれたりして……」

「はいはい、ラノベの読みすぎー」

 サヤカが呆れたように手を振る。

「……優しい目をしてるの。どこか遠くを見てて、寂しそうで……でも、私のことを見るときだけは、困ったみたいに笑ってくれるの」

 言葉にするたび、心が温かくなる。

 会ったこともない人なのに。名前すら知らないのに。

 その人を想うだけで、世界で一番守られているような気持ちになる。

「真弓センパイ、すっごく嬉しそうな顔してますよ?」

「えっ、そう?」

「完全に恋する乙女の顔です! で、それは実在するんですか?」

 千晶ちゃんの問いに、私は首を振った。

「ううん。……私、まだ恋とかしたことないし」

 そう。私は恋を知らない。

 この胸の痛みも、切なさも、きっと気のせいだ。

「憧れるなぁ、そういうの。いつか、そんな人が現れるといいな」

 私は精一杯、明るく笑ってみせた。

 窓の外から風が吹き込み、カーテンが揺れる。

 どこかで、銀の鎖が鳴るような音がした気がした。

 ――ガタンッ。

 私は無意識に、椅子を蹴って立ち上がっていた。

「え、真弓センパイ?」

「どうしたの、急に」

 みんなが驚いた顔で私を見ている。

 心臓が、早鐘を打っていた。

 ここにいてはいけない気がした。

 何かを、確認しに行かなければいけない。今すぐに。

「ご、ごめん! 私、ちょっと用事思い出した!」

「えっ、用事って?」

「すぐ戻るから! ……ううん、今日は先に帰ってて!」

 私は鞄を掴むと、逃げるように部室を飛び出した。

 背後で「あ、待ってよ真弓!」というサヤカの声がしたけれど、振り返らなかった。

 廊下を走る。階段を駆け下りる。

 上履きのまま昇降口を抜け、ローファーに履き替えるのももどかしく、晩夏の光の中へ飛び出した。

◇

 暑い。

 息が切れる。

 汗が頬を伝う。

 ――私、何やってるんだろ。

 誰を探しているの?

 黒いコートの人なんて、いるわけないのに。あんなのは私の妄想なのに。

 でも、足が止まらない。

 西口公園、グローバルリング。

 円形のモニュメントの中央で、噴水が高く吹き上がっている。

 水遊びをする子供たちの歓声。

(――恵みの雨だね)

 脳裏に、ずぶ濡れになった男の人の笑顔がよぎる。

 暑苦しいコートを着たまま、バシャバシャと水を浴びていた、常識知らずな人。

 私はそれを見て、呆れて、でも……笑っていたはずだ。

 噴水の周りをぐるりと見回す。

 ベンチに座る老人。待ち合わせのサラリーマン。鳩。

 黒いコートの姿は、どこにもない。

「……っ」

 私はまた走った。

 黄昏の光が降り注ぐ、サンシャイン通り。

 私は制服のスカートを翻して、人混みの中を走っていた。

「はぁ、はぁ……」

 確か、ここで……ううん、いつ? 誰と?

 行き倒れている変な人を、私が助けたような気がする。

「……いない」

 麦茶。そうだ麦茶を買わなきゃ!

 湧き上がってくる訳のわからない衝動を押し殺し、視線の先にそびえ立つランドマークに向かって走り出す。

 高速道路の下をくぐり、サンシャインシティを見上げる。

 高い、高いビルの屋上。水族館。

 青い光。揺らめく水槽。

 二人でクラゲを見た気がする。

 隣で、「外の世界とは違う、守られた海。……まるで、泡の中みたいだ」と呟く寂しげな声を聞いた気がする。

 雑踏の中、似たような背格好の人を探す。でも真夏に黒コートの男性なんている訳がない。わかってはいても探さずにはいられない。心臓が跳ね、追いかけて、追い越して――別人だと気づいて、落胆する。

 その繰り返し。

 一時間、二時間。

 私は馬鹿みたいに、夏の池袋を彷徨い続けた。

 汗だくになって、足が棒のようになって。

 やがて私は、東池袋公園の入り口で足を止めた。

 夕暮れが、街を茜色に染め始めていた。

 影が長く伸びる。

「……私、変だ」

 膝に手をついて、荒い息を整える。

 誰もいない。

 私の探している「誰か」なんて、最初からこの世界には存在しないんだ。

 夢と現実の区別がつかなくなってるなんて、受験勉強のしすぎかな。

 柳田先生の浮かれ話にあてられたのかもしれない。

 私は重たい足を引きずって、公園の奥へ進んだ。

 木陰のベンチ。

 ここには前、何かがあったような気がする。段ボールハウスのような、秘密基地のような何かが。

 でも、今はただの空き地だ。

 ドサリ、とベンチに座り込む。

 喉が渇いた。お腹も空いた。

 鞄の中から、ガサリと音がした。

 コンビニの袋。部室で話題になったパッキーだ。

「……いただきます」

 誰にともなく呟いて、一本、取り出す。

 夕日にかざすと、チョコが少し溶けて光っている。

 ポリリ。

 一口、囓った。

「…………」

 口の中に広がる、チープで、でも懐かしい甘さ。

 ほんの少し、塩っぱいような気もする。

 高級なチョコなんかよりずっと、胸に染み渡る味。

 その瞬間。

 ドッ、と。

 堰を切ったように、感情が溢れ出した。

「……あ、れ?」

 ポロリ、と目から雫が落ちた。

「なんで……」

 さっきまで、あんなに笑っていたのに。

 友達と話して、先輩を冷やかして、楽しい放課後だったのに。

 一人になった途端、世界にたった一人ぼっちにされたような孤独が襲ってくる。

「なんで……泣いてるんだろ……」

 悲しいことなんて何もないのに。

 みんな生きてて、笑ってて、世界はこんなにも平和で。

 幸せなはずなのに。

 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるみたいに痛い。

 まるで、自分の魂の半分を、二度と会えない場所に置いてきてしまったような喪失感。

「う……うぅ……っ!」

 涙が止まらない。

 誰かが足りない。

 一番大切な、誰かが。

 誰かがいっていた言葉が不意に脳裏をよぎる。

 ――初恋は叶わない。

 初恋。

 私は恋をしていたのかな?

 いつ? 誰と?

 確かに、誰かを好きになった気がする。

「あ……ああああっ……」

 私は膝を抱えて、公園のベンチで声を上げて泣いた。

 子供みたいに、しゃくりあげて泣いた。

 涙で視界が歪んで何も見えない。

 頬を伝った雫が地面に落ち、まだらな模様をつくった。

 風が吹き抜ける。

(そんなに泣かないで? せっかくの美人さんが台無しだよ?)

 ――不意に声が聞こえたような気がした。

 懐かしい、誰かの声が。

 秋の風が吹く。誰かが、泣いている私の頭を、優しく撫でてくれたような気がした。

 頬を伝う涙の理由を、私はきっと永遠に思い出せない。

 ただ、私の中に――甘いチョコレートの匂いだけが、いつまでも――

 何故だろう。

 夏の終わりと共に――私はきっとこれで初恋が終ってしまったのだと、そう感じたのだった。

【終焉の探偵 エピローグ 初恋 完】

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作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

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