検索できないこと
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと不登校の話。
本文
「ねえ、なんで学校って怖いんだろう」
中学二年生の夏休み、莉子はスマートフォンに向かってそうつぶやいた。外は眩しいくらいに晴れているのに、カーテンは三週間、開けていない。エアコンの音だけが部屋を満たしていた。
AIはすぐに答えを返してくれると思っていた。いつもそうだから。歴史の年号も、数学の公式も、明日の天気も、料理のレシピも、なんでも教えてくれる。だから今度も、すらすらと理由を並べてくれるはずだと思っていた。「集団生活のプレッシャー」とか、「評価への不安」とか、そういう、誰かが書いたような言葉で。
でも今回は、少し間があった。
『それを教えてもらう前に、ひとつ聞いてもいいですか』
「……なに」
『莉子さんにとって、学校の「怖くなかった日」って、いつですか?』
莉子は画面を見つめたまま、固まった。怖くなかった日。そんなこと、考えたことがなかった。ずっと、怖い理由ばかり探していたから。怖い理由なら、いくらでも出てきた。朝のホームルームで名前を呼ばれる瞬間。廊下ですれ違うグループの視線。給食のとき、誰と座るかを決めなければいけない、あの数秒間。
でも怖くなかった日、か。
記憶をたぐり寄せると、ひとつだけ浮かんだ。小五の理科の授業で、育てたホウセンカが咲いた朝。誰よりも早く気づいて、隣の席の子に「見て、咲いてる」と言ったら、一緒に「わあ」と声を上げてくれた、あの瞬間。
「……小学校のとき。花が咲いたのを、友達と見た日」
『それ、もう少し教えてもらえますか』
莉子は少し迷ってから、指を動かした。ホウセンカのこと。ピンク色の小さな花びらが、朝の光の中でぱっと開いていたこと。隣の席の子の名前が朝倉さんだったこと。そのあと二人で給食のおかわりを競争したこと。朝倉さんがコーンスープを二杯飲んで、お腹が痛くなって、保健室に行ったこと。
どうでもいいような話を、止まらなくなるまで話した。
AIは答えを返すたびに、怖い理由ではなく、そっちを掘り下げてきた。朝倉さんはどんな人だったか。ほかに好きだった授業はあったか。学校の帰り道、どんな景色が好きだったか。
『莉子さんが話してくれたこと、全部、学校の中にあったことですね』
その一文を読んだとき、莉子はなぜか胸の奥がじんとした。
そうか、と思った。怖いものも、好きだったものも、同じ場所にあった。
それだけのことなのに、なんだか泣きそうになった。泣かなかったけれど。
翌朝、莉子はカーテンを少しだけ開けた。
光が床に細長く伸びて、埃がきらきら舞っていた。きれいだと思った。こんなふうに光が見えたのは、久しぶりだった。
スマートフォンを手に取って、莉子はまたAIに話しかけた。
「昨日さ、ちゃんと眠れたよ」
『それは良かったです』
短い返事だった。でも莉子には、その短さがちょうどよかった。大げさに喜ばれても、きっと困っていた。
莉子は窓の外を見た。入道雲が、青い空にもくもくと広がっている。夏はまだ、たっぷり残っていた。
今日は、カーテンをもう少し開けてみようと思った。
窓の外で、蝉が鳴いていた。
-----
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。