レシピ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIとレシピの話。
本文
母が死んで、一年が経った。
今日は母の誕生日だった。生きていれば、六十三歳になるはずだった。
冬菜は仕事から帰るなり、スーパーの袋を台所に置いて、エプロンをつけた。かかえと大根。厚揚げ。だし昆布。みりんと醤油。材料は全部、メモ通りに買ってきた。母の古いノートに、几帳面な字で書いてあったレシピを、そのまま書き写したメモだ。
去年も、一昨年も、同じものを作った。でもどうしても、同じ味にならない。
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最初にAIに相談したのは、半年前のことだった。
『かかえと大根の煮物がうまく作れません。母のレシピ通りにやっているのに、なぜか味が違うんです』
AIはていねいに聞いてきた。だしの取り方は。火加減は。煮る時間は。冬菜は一つひとつ答えた。するとAIは、いくつかの改善案を出してくれた。だしは昆布とかつおを合わせてみては。砂糖をひとつまみ加えると丸みが出る。落とし蓋を使うと味が均一に染みる。
試した。全部試した。
近づいた気はした。でも、やっぱり何かが違った。
その「何か」が何なのか、冬菜にはわからなかった。
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今夜も、鍋の前に立ちながら、スマートフォンを取り出した。
『今日も作っています。かかえと大根の煮物。母の誕生日なので』
すぐに返信が来た。
『今日は特別な日ですね。前回からまた何か変えてみましたか?』
『だしを少し濃いめにしてみました。あと、かかえを下茹でする時間を長くしました』
『それは良いと思います。味見はしてみましたか?』
冬菜は木べらで煮汁をすくって、口に運んだ。甘くて、少ししょっぱくて、だしの香りがした。悪くない。でも。
『悪くないんです。でも、お母さんの味じゃない気がして』
しばらく間があった。
『冬菜さん、少し聞いてもいいですか。お母さんの煮物を食べていたのは、いつ頃のことですか?』
思いがけない質問だった。冬菜は鍋の火を弱めて、椅子に腰を下ろした。
『子どもの頃から、ずっと。でも特によく覚えているのは、小学生のときかな。学校から帰ると、台所からいいにおいがして。鍋の蓋を勝手に開けて、母に怒られながら味見してました』
『それはいい記憶ですね。寒い日でしたか?』
『そう、冬が多かったと思います。外から帰ってきて、手が冷たくて。台所だけ暖かかった』
また少し間があった。
『レシピには書けないことが、料理にはたくさんあると思います。寒さから帰ってきたこと。お母さんがそこにいたこと。怒られながら味見した記憶。そういうものが全部混ざって、あの味になっていたのかもしれません』
冬菜は画面を見つめたまま、動けなかった。
『だとしたら、同じ味にならなくて当然なんです。でも冬菜さんが今夜作る煮物は、冬菜さんだけのレシピで作られた煮物です。それはそれで、本物だと思います』
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鍋から、湯気が上がっていた。
冬菜は立ち上がって、木べらでそっとかかえをひっくり返した。飴色に染まった大根が、だしの中でゆっくり揺れた。
泣くつもりはなかったのに、目が熱くなった。
器に盛って、テーブルに置いた。母の写真の前にも、一つ。
いただきます、と小さく言って、箸をつけた。
やっぱり、お母さんの味じゃなかった。
でも、おいしかった。
ちゃんと、おいしかった。
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