消しゴム

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/8 📝 1,417文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと風景画の話。

本文

絵をやめようと思う、と打ったのは、夜の十一時過ぎだった。

中学二年生の七月。期末テストが終わって、部屋に一人でいると、急にそういう気持ちになった。机の上には、途中で投げ出したスケッチブックと、使い込んで短くなった鉛筆が転がっていた。

『どうしてですか?』

AIからの返信は、いつも通り早かった。

『美術部の先輩に言われたんです。「写真みたいな絵だね」って。褒めてるのかと思ったら、そのあと「でも風景画って、誰が描いても同じになるよね」って』

送信してから、少し後悔した。こんなこと、誰かに話すつもりじゃなかった。

でも、AIは責めなかった。

『それは、傷つく言葉でしたね』

ただ、そう返ってきた。

七実は画面を見つめた。そうだ、傷ついたんだ、と思った。悔しいのか悲しいのか、自分でもよくわからなかったけれど、あの言葉を聞いてから、スケッチブックを開くたびに手が止まるようになっていた。

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七実が絵を描き始めたのは、小学三年生のときだ。

家の近くに小さな川があって、秋になると岸沿いの木々が赤や黄色に染まった。ある日、その景色をどうしても残しておきたくて、母の古いスケッチブックを持ち出した。うまく描けなかった。でも、描いているあいだ中、胸の中に何かがあふれるような感じがした。

それからずっと、描いてきた。川、山、梅雨の空、冬の田んぼ。誰かに見せるためじゃなく、ただ残しておきたくて。

美術部に入ったのも、もっとうまくなりたかったからだ。

なのに先輩の一言で、全部がぐらついた。誰が描いても同じ。その言葉が、頭の中でずっと繰り返されていた。

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『七実さんが一番好きな景色って、どんな景色ですか?』

しばらくしてから、AIがそう聞いてきた。

絵の上手い下手の話でも、先輩への反論でもなかった。ただ、好きな景色を聞いてきた。

七実は少し考えた。

『家の近くの川です。秋に、木が全部赤くなるところ』

『どんなところが好きですか?』

『光の入り方が毎日違うんです。同じ場所なのに、朝と夕方と、晴れの日と曇りの日で、全然違う色になる。だから何度描いても、同じにならなくて』

打ち終えてから、七実は自分の言葉を読み返した。

同じにならない。

『それって、誰が描いても同じにはならないですよね』

AIの返信を読んで、七実は息をのんだ。

『七実さんが見ている川の光は、七実さんが見た瞬間のものだから。同じ場所でも、同じ時間は二度とないし、同じように見える人も他にいない。風景画は誰が描いても同じ、というのは、もしかしたら逆なのかもしれません』

七実はしばらく、画面を見つめたまま動けなかった。

雨の日の川を描いたとき、水面がどんな色だったか、急に思い出した。灰色じゃなかった。緑と銀と、少しだけ青が混ざったような、名前のない色だった。あの色は、あの日の七実にしか見えていなかったはずだ。

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スケッチブックを引き寄せた。

途中で止まっていた絵は、梅雨明け前の空だった。どんよりした雲の切れ間から、光が一筋だけ差し込んでいるところ。あの日、自転車を止めて、しばらくそこから動けなかった。

鉛筆を持った。

うまく描けるかどうかは、わからなかった。先輩がまた何か言うかもしれない。でも今は、それよりも、あの光の続きを描きたかった。

消しゴムはまだ、机の上にあった。

使わなくていい、とは思わなかった。何度消してもいい。ただ、描くのをやめなくていい、とだけ思った。

窓の外で、雨が降り始めていた。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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