杭と際
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
測量士の戸崎陸は、距離を測ることを仕事にしている。トータルステーションで光を飛ばし、座標を読み、境界杭を打つ。見えない線を、数字に変える。 新しく入った事務職の宮坂楓は、明るい日と沈む日の落差が激しかった。深夜のLINE、突然の欠勤、「優しくされると怖い」という言葉。戸崎には、彼女に何が起きているのかわからない。近づけば拒まれ、離れれば気になる。 境界線を引くことは、分断ではない。隣にいるための条件だ。
本文
⚠ この作品には精神疾患に関連する描写(感情の急激な変動、対人関係における不安定さ)が含まれます。
つらくなったときは無理をせず、巻末の相談窓口にご連絡ください。
---
§1 基準点
基準点。測量はすべて、既知の一点から始まる。
一月の朝、七時四十分。戸崎陸は現場に一番乗りで到着した。吐く息が白い。日が低く、住宅地の屋根の影が長く伸びている。空き地の隅に三角点の標石がある。御影石の四角い柱。地面から数センチだけ頭を出している。戸崎は手袋を外し、標石の十字の刻印を指で確認した。冷たい。
三脚を据える。トータルステーションを載せ、円形気泡管を見ながら水平を整える。整準螺旋を少しずつ回す。気泡が中央に来る。動かない。戸崎の手も動かない。
座標を入力する。この点が今日のすべての起点になる。ここから距離を測り、角度を測り、未知の点の位置を求める。既知の一点がなければ、何も始まらない。
エンジン音が近づく。白いバンが停まり、荒木が降りてきた。首にタオルを巻いている。一月でもタオルは外さない。
「おう」
「おはようございます」
それだけで十分だった。荒木は機材を確認し、図面を広げた。分厚い指が境界杭の位置を指す。
「この辺に既設の杭があるはずだ。藪に埋まってるかもしれん。探せ」
戸崎は藪の中に入った。枯れた草を掻き分ける。足元に何かが当たる。しゃがんで土を払うと、コンクリート杭の頭が見えた。風雨で角が丸くなっている。だが十字の刻印は残っていた。
「ありました」
「よし。座標読め」
プリズムを杭の真上に据え、トータルステーションで視準する。接眼レンズの中に十字線が浮かぶ。ボタンを押す。数字が表示される。距離、角度、座標。見えない境界線が、数値として確定する。
戸崎はこの瞬間が好きだった。目に見えないものが、数字になる。曖昧なものが確定する。世界が少しだけ整う。
*
事務所に戻ると、蛍光灯の白い光が目に刺さった。
宮坂楓は入社して一ヶ月になる。事務職。現場の図面整理と書類作成を担当している。デスクに小さな観葉植物を置いていた。丸い葉が三枚、蛍光灯の光を受けている。
「戸崎さん、お疲れさまです!」
声が大きい。事務所の空気が揺れる。戸崎は現場着のまま自分のデスクに座った。
「……お疲れさまです」
「コーヒー淹れますね。砂糖、入れますか?」
「いらない」
「ブラック派ですか! かっこいい」
宮坂がマグカップを持ってくる。手にネイルが塗ってあった。淡いピンク。戸崎は自分の手を見た。日焼けして、爪の間に土が残っている。
「ありがとう」
「今日は寒かったですよね。現場、大変じゃないですか」
「……まあ」
宮坂は戸崎の隣に座った。席が隣だった。戸崎は書類に目を落とした。隣から化粧品の匂いがする。現場にはない匂いだった。
宮坂は昼休みにも話しかけてきた。前の会社のこと、好きな映画のこと、今朝の天気予報のこと。戸崎は短く答えた。「ああ」「そうですか」「知らない」。宮坂は気にしない様子で話し続けた。
荒木が缶コーヒーを飲みながら書類を見ている。一度だけ戸崎のほうを見て、何も言わずに目を戻した。
*
帰宅。アパートの二階。ドアを閉めると音が止まる。
靴を揃えた。椅子に座った。テレビはつけない。冷蔵庫の低い唸りだけが聞こえる。窓の外は暗い。
缶コーヒーを開ける。いつもの銘柄。甘くない。
測量の教科書を開いた。土地家屋調査士の試験勉強。今年こそ受ける。ペンを持つ。「不動産登記法第十四条第一項に定める地図は——」。文字を目で追う。頭に入る。ここは戸崎の場所だった。数字と条文と、一人の部屋。
スマホが光った。
LINE。宮坂楓。
「今日はありがとうございました! コーヒー、ブラックでよかったですか? 明日もよろしくお願いします😊」
時刻は二十三時十四分。
戸崎はスマホを裏返して、教科書に目を戻した。
---
§2 測距
測距。二点間の距離を測る。光波測距儀から光を飛ばし、反射して戻るまでの時間で距離を算出する。光の速度は一定だ。距離は嘘をつかない。
二月。現場は住宅地の裏手にある空き地だった。トータルステーションを据え、反射プリズムを立てた目標点に視準する。接眼レンズを覗く。十字線の交点にプリズムが——来ない。
手前に生垣がある。枝が伸びて視通を遮っている。目標点が見えない。
「荒木さん、視通取れません」
「迂回しろ。別の位置から測れ」
三脚を担いで回り込む。角度を変え、別の位置から再測する。見えなければ、見える場所を探す。測量ではよくあることだった。
*
宮坂と話す機会が増えた。
昼休み。戸崎が弁当を食べていると、宮坂が向かいの席に座る。コンビニのサンドイッチとカフェオレ。
「戸崎さん、測量って面白いですか」
「……まあ」
「私、前の会社すぐ辞めちゃったんですよね。半年で。その前も長くなくて」
宮坂はストローでカフェオレをかき混ぜた。
「ここは続けたいなって」
「……ああ」
「戸崎さんは五年目でしたっけ。すごいですね」
すごくはない。ただ辞める理由がなかっただけだ。戸崎は卵焼きを箸でつまんだ。
*
ある朝、宮坂の席が空いていた。
連絡なし。荒木が一度だけ宮坂の席を見て、「行くぞ」と現場に出た。誰も何も言わなかった。
翌日、宮坂は出勤した。
「すみません、体調崩しちゃって」
声はいつもと同じ高さだった。だが目が赤い。泣いた後のように見えた。戸崎は「大丈夫ですか」と言おうとして、やめた。代わりに「おはようございます」と言った。
「おはようございます!」
宮坂は笑った。デスクの観葉植物に霧吹きで水をやった。何事もなかったように。
*
月末の飲み会。居酒屋の座敷。事務所の六人全員が集まった。
宮坂が明るかった。よく喋る。よく笑う。隣の同僚の肩を叩き、荒木にビールを注ぎ、「この唐揚げ美味しくないですか」と声を上げた。
二時間が経ったころ、宮坂が黙った。箸を置き、手元を見ている。
「トイレ行ってきます」
十分経っても戻らない。
戻ってきたとき、目が赤かった。鼻の頭も赤い。化粧が少し崩れていた。
「大丈夫?」と誰かが聞いた。
「大丈夫です! ちょっと飲みすぎました」
声が高い。笑っている。戸崎はビールのグラスを見ていた。泡が消えている。
*
帰り道。駅までの道が同じ方向だった。
二月の夜。風が冷たい。宮坂はコートの襟を立てて歩いている。さっきまでの明るさが嘘のように静かだった。
「戸崎さんって、あんまり喋らないですよね」
「……ああ」
「嫌いじゃないですよ、それ」
宮坂が足を止めた。街灯の下。顔が白く照らされている。
「安心する」
戸崎は何と返していいかわからなかった。信号が変わった。二人は歩き出した。
*
深夜。布団に入っていた。
スマホが光る。LINE。宮坂。
「眠れなくて」
一分後。
「すみません」
三分後。
「返さなくていいです」
一分後。
「でも誰かに言いたくて」
二分後。
「明日も仕事ですよね。すみません。おやすみなさい」
戸崎はスマホを持ったまま天井を見ていた。返信を打った。「大丈夫?」。指が止まる。消した。「無理しないで」。消した。「おやすみ」。消した。
光の速度は一定だ。距離は計算で出る。
人との距離は、出ない。
戸崎はスマホを枕元に置いた。画面が暗くなった。
*
翌朝。宮坂は普通に出勤した。
「おはようございます!」
昨夜のLINEのことは何も言わない。戸崎も聞かなかった。宮坂はデスクに座り、観葉植物の葉を指で触った。丸い葉が四枚に増えている。
測量の誤差には許容範囲がある。測定値と真値の差が、定められた範囲内であれば、その測量は有効と見なされる。
どこまでが許容範囲なのか、戸崎にはわからなかった。
---
§3 越境
越境。隣地に立ち入るには、所有者の許可がいる。測量のためであっても。
二月下旬。昼休み。宮坂が弁当箱の蓋を閉めた。
「私、もう会社辞めようかなって」
戸崎は箸を止めた。宮坂はカフェオレのストローを咥えている。目は窓の外を見ていた。
「……辞める?」
「もういいかなって」
「何が」
「全部」
翌日、宮坂は普通に出勤した。デスクに座り、図面の整理を始めた。昨日の発言はなかったことになっていた。戸崎は向かいの席から宮坂の横顔を見た。前髪が顔を隠している。今日はネイルをしていなかった。
*
気づくと、宮坂の顔色を見るようになっていた。
朝、事務所に入ったとき、宮坂の声のトーンを聴く。高ければ今日は明るい。低ければ静かな日だ。服装も見る。華やかな日と、地味な日がある。中間がない。
現場から戻ると、まず宮坂の席を確認する。いれば安心する。空いていると、胸のどこかが詰まる。
それがいつからか日常になっていた。
*
現場で測量をしていた。隣接する土地の境界確認。図面上では境界線がある。だが現地には杭がない。生垣が越境して、隣の土地にはみ出している。法的な境界——筆界——と、実際に使っている範囲——占有界——がずれている。
よくある話だった。図面の上の線と、地面の上の現実は、いつもぴったり重なるわけではない。
*
ある日、戸崎は口を開いた。
事務所。夕方。他の社員は帰っていた。宮坂が書類を片づけている。手が少し震えていた。
「宮坂さん」
「はい」
「最近、大丈夫?」
初めて聞いた。宮坂の手が止まった。顔を上げた。目が少し見開かれている。
「……大丈夫ですけど」
「あんまり無理しないほうが」
「戸崎さんには関係ないです」
声が冷たかった。事務所の蛍光灯が白く光っている。戸崎は椅子の肘掛けを握った。
「ごめんなさい、そういう意味じゃなくて」
宮坂が慌てて取り消した。笑顔を作る。「心配してくれてるんですよね。ありがとうございます」。声が高い。作り物の高さだった。
*
次の週、宮坂が無断欠勤した。
戸崎はLINEを開いた。「大丈夫か」と打った。送信した。既読がつかない。
翌日も休んだ。既読はつかない。
三日目、宮坂が出勤した。顔色が悪い。だが笑っている。「すみません、風邪ひいちゃって」。
戸崎は宮坂に近づいた。
「心配した」
宮坂の顔が崩れた。目が潤む。唇が震える。笑おうとして、できない。
「……嬉しい」
声が小さい。
「でもやめて。優しくされると怖い」
戸崎は立ったまま動けなかった。何を言えばいいのかわからない。踏み込んだのは自分だった。許可を取らずに。
*
現場。午後。風が少し緩んでいた。トータルステーションを覗いても集中できない。数値を読み間違える。同じ点を二度測る。
後方交会法という測量技法がある。自分がいる場所——未知点——の座標を、複数の既知点からの観測で逆算する方法だ。三つ以上の既知点があれば、自分の位置が求まる。
既知点がない。戸崎には、今の自分がどこに立っているのかわからなかった。何が正しいのか。近づくべきなのか、離れるべきなのか。誰に聞けばいいのかもわからない。
「戸崎、最近ぼんやりしてるな」
荒木が三脚の脚を蹴った。軽く。
「すみません」
「別に怒ってない。ぼんやりしてると杭の位置間違えるから言っただけだ」
荒木はタオルで首の汗を拭いた。二月なのに汗をかいている。戸崎はトータルステーションの接眼レンズに目を戻した。十字線。目標点。距離。角度。数字。
数字は嘘をつかない。人の距離だけが、測れない。
*
宮坂が三日休んだ。
LINEに既読はつかなかった。
---
§4 復元
復元。失われた境界杭を、測量記録から元の位置に再設定する。元に戻すのではない。記録に基づいて、あるべき位置を改めて定める。
三月。宮坂が出勤した。三日ぶりだった。
事務所のドアが開く音。戸崎は書類から目を上げなかった。宮坂が自分の席に座る気配。椅子を引く音。鞄を置く音。
何も言わなかった。戸崎も聞かなかった。事務所の空気が硬い。蛍光灯の光だけが均等に降っている。
*
現場。古い住宅地の一角。
境界杭が失われていた。二軒の家の間。塀が建っているが、境界杭がない。隣り合う所有者が「うちの土地はここまでだ」「いや、こっちだ」と主張している。荒木が図面を広げた。
「まず記録を見る。法務局の地積測量図。座標が残っていれば、そこから位置を出す」
戸崎はトータルステーションを据えた。基準点から境界点の座標を計算し、あるべき位置に赤いマーキングスプレーで印をつける。
「次に現地を歩く。杭があった痕跡を探す」
荒木が塀の根元をしゃがんで見ている。コンクリートの欠片。土に埋もれた金属の破片。「ここだな。前に杭があった跡だ」
計算上の位置と、現地の痕跡。二つを照らし合わせる。ずれは三センチ。許容範囲内だった。
「復元っていうのはな」
荒木が立ち上がった。膝の土を払う。
「元に戻すんじゃない。今の状態から、あるべき位置を決め直すんだ」
仕事の話だった。荒木はいつも仕事の話しかしない。
「あと、仮杭ってのがある。本杭を打つ前に、まず仮で打つ。位置が合ってるか確認してから、本杭に替える」
荒木は木杭を一本取り出した。先端が尖っている。地面に押し当て、ハンマーで打ち込む。乾いた音が住宅地に響いた。
「最初から完璧じゃなくていいんだ。仮で打って、確認して、直す。それでいい」
戸崎は木杭を見ていた。地面に刺さっている。仮の杭。ここにある。まだ正式ではない。だがここにある。
*
午後。境界確定の立会い。
隣り合う二軒の所有者が現地に来た。荒木が説明する。図面を見せ、座標を示し、仮杭の位置を確認させる。
「ここでいいですか」
「……ここですか」
「座標上はここです。隣の方と合意いただければ、本杭を打ちます」
二人の所有者が顔を見合わせた。長い沈黙。
「ここでいいです」
「こちらも、いいです」
合意。境界は一方的に決められない。隣接する二者が、ここでいいと言って初めて、杭が打てる。
戸崎は仮杭を抜き、コンクリートの本杭を据えた。ハンマーで打ち込む。手に振動が伝わる。杭が地面に沈む。十字の刻印が上を向いている。
*
事務所に戻った。
宮坂がデスクにいた。書類を整理している。戸崎は自分の席に座った。隣の席。いつもの距離。
宮坂の手にネイルはなかった。爪が短く切ってある。観葉植物の葉が一枚、黄色くなっていた。
戸崎は口を開いた。
「宮坂さん」
「……はい」
声が小さい。戸崎のほうを見ていない。書類に目を落としたまま。
「俺は、宮坂さんの何がつらいのか、わからない」
宮坂の手が止まった。
「わからないから、何もできない。たぶん、わかることはない」
蛍光灯の音が聞こえる。低い。
「でも、隣にはいる」
長い沈黙だった。事務所には二人しかいない。窓の外が暗くなり始めている。三月の日はまだ短い。
宮坂が顔を上げた。目が赤い。だが泣いてはいなかった。
「……隣って、どのくらいの距離ですか」
初めてだった。宮坂が距離を聞いた。「嫌いになったの」でも「見捨てないで」でもなく、距離を聞いた。
「わからない」
戸崎は正直に言った。
「でも、ここにはいる」
仮杭だった。まだ正式な距離ではない。合意もない。ただ、ここに打った。ここにいると言った。位置が合っているかは、これから確認する。違っていたら、打ち直す。
宮坂が小さく頷いた。何か言おうとして、口を開いて、閉じた。
窓の外で、風が木の枝を揺らしていた。
---
§5 隣接
三月中旬。朝の空気はまだ冷たいが、日差しの中にかすかな温度がある。
戸崎はトータルステーションを据えた。三脚を開き、水平を整え、基準点を確認する。同じ手順。同じ動作。手が覚えている。
荒木がバンから機材を降ろしている。タオルを首にかけている。
「おう」
「おはようございます」
現場は先月の住宅地だった。境界復元の後処理。前回打った杭を確認する。コンクリート杭が地面から頭を出している。動いていない。十字の刻印がそのまま残っている。
戸崎は杭にプリズムを据え、座標を測った。数値を読む。前回の記録と照合する。誤差〇・三ミリ。許容範囲内。杭はあるべき位置にある。
境界線は目に見えない。だが杭と杭を結べば線になる。その線の両側に、二つの土地がある。隣接している。境界を共有して、接している。
分断ではない。境界があるから、隣り合える。
*
事務所に戻る。
宮坂がデスクにいた。ここ二週間、欠勤していない。朝、LINEが届く。「おはようございます」。それだけ。深夜には届かなくなった。戸崎は「おはよう」と返す。それだけ。
昼休み。宮坂がカフェオレのストローを咥えながら言った。
「病院に行き始めました」
戸崎は箸を持ったまま止まった。何と言えばいいのか探した。言葉が見つからない。
「……そうか」
「はい」
それ以上の説明はなかった。戸崎も聞かなかった。宮坂が自分で選んだことだった。戸崎の言葉のおかげではない。戸崎には関係のない、宮坂自身の座標の確認だった。
*
午後。現場に戻った。
荒木と並んで歩く。住宅地の道。塀と塀の間。戸崎は歩幅で距離を測る癖がある。一歩が約七十五センチ。現場の端から端まで、三十二歩。約二十四メートル。
荒木が缶コーヒーを二本持っていた。一本を戸崎に渡す。
「ありがとうございます」
「おう」
二人で飲んだ。甘くない缶コーヒー。荒木も同じ銘柄だった。知らなかった。
*
夕方。事務所。
宮坂がデスクの観葉植物に霧吹きで水をやっていた。黄色くなっていた葉は落ちて、新しい葉が一枚出ている。小さい。まだ薄い緑。
戸崎は自分のデスクに座った。隣の席。宮坂との間に仕切りはない。机がある。椅子がある。それぞれの場所がある。
「戸崎さん」
「ん」
「……お疲れさまです」
「お疲れさま」
戸崎は書類を開いた。宮坂は図面の整理を始めた。キーボードを打つ音。紙をめくる音。蛍光灯の低い音。事務所の空気が、少しだけ柔らかい。
杭がそこにある。
見えない境界線が、二人の間を走っている。ここからここまでが自分の場所。ここからここまでが相手の場所。完全に理解しているわけではない。距離が正しいかもわからない。仮杭のままかもしれない。
でも、隣にいる。
窓の外で日が傾いている。三月の夕日が事務所に入ってくる。宮坂の机の上の観葉植物が、橙色の光を受けている。
戸崎は缶コーヒーを開けた。いつもの銘柄。甘くない。
---
つらくなったときは:
- よりそいホットライン: 0120-279-338(24時間対応)
- いのちの電話: 0120-783-556
- こころの健康相談統一ダイヤル: 0570-064-556
---
■ 著者について
NanyaKanya — 壊れかけた日常を、物語で静かに修復する。
他の作品:
・『骨と祈り』(ヤングケアラー×解剖学)Amazon Kindle
・『矩と灯り』(孤立×建築)Amazon Kindle
・『栞と影』(子どもの孤立×製本)Amazon Kindle
https://note.com/harinezupc_09
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。